俺の女に手を出すな!

「畜生! あそこまでしてどうしてやらせてくれないんだよ」


 暗くなった街の裏路地の一角で、ヨレヨレのジャケットを着た二十を過ぎの若者、いや不良が愚痴を流していた。


「バーで話しかけてオーケーしたくせに。何であそこまでいって、やらせてくれねえんだよ。優しくしてくれ、とか言い出して、うぜえから殴ったら急に嫌だとか、言いやがって。近くの男に駆け寄って助けを求める程の事かよ」


 庇った男にも何発か殴り付けて黙らせようとした。


「あの程度の喧嘩で警察を呼ぶんじゃねえよ。腑抜けが」


 もっと殴って、土下座させて命乞いさせようとしたが、パトカーの音を聞いてその場を逃れた。

 タバコを取り出してライターで火を付けて一吸いして言う。


「あー、女とやりてえ」


「なら、妾とはどうじゃ?」


「なに?」


 返事のあった方向を見て、不良が振り向くと、バニーガールがいた。

 黒のロンググローブにロングブーツと布の面積が多いが、赤いマントをバックにした身体の艶めかしい曲線が黒光りしていて、むしろ余計にエロい。

 胸元から背面にかけて大きく開き、ハイレグ部分も際どい角度でカットされている。

 シースルーの上着を羽織っていて派手だが、強気な顔にむしろマッチしている。


「あちっ」


 あまりの美しさに驚いて落としたタバコが足に落ちて悲鳴を上げる。

 だが、すぐに取り繕って声をかけてきたバニーガールに答える。


「ああ、俺とやりてえのか?」

「そうじゃ、といったろう」


 少しおかしなしゃべり方だが、不良は気に入らなかった。 

 ソシャゲーで傲慢ちきなキャラがこんなしゃべり方をしていたし、ベッドの上でどん案風に喘ぐか、泣くか想像しただけで興奮する。


「なら、行こうか」


 ラブホテルに連れて行こうと不良はバニーガールの肩に腕を回そうとした。


「待つのじゃ」


 だが、バニーガール、兎姫は檜扇を当てて男の手を止めた。


「その前に、キスして欲しいのじゃ」


 手をはねのけられた不良は一瞬、血が上ったが、キスを求められて欲情で顔がいやらしい笑顔になる。


「いいぜ、じゃあ早速」


 キスをしようと男は顔を近づけていく。

 だが、兎姫の表情は徐々に固くなっていった。

 街で適当な獲物、ろくでなしで、死ぬ程の精気を吸い取ったとしても誰も気にしない男から精気を得ようとした。

 その点で、兎姫が引っかけた不良は最適だった。

 だが、下心丸出しの表情が気に入らないし、吐き出す息はタバコと酒の匂いで最悪だ。

 精気も剣司と比べれば不味そうに見え、生理的に気持ち悪い。


「剣司」


 兎姫の頭の中に剣司の顔が、精気を操るのが下手だがひたむきで、必死な剣司の顔がよぎった。

 そして、目の前に迫る不良の唇に兎姫の全身が嫌悪感を抱き悪寒が走り、無意識に檜扇を立てた。


「ぶっ」


「やはり止めじゃ」


 唇が触れる寸前で、剣司を思い出した兎姫は檜扇を男の顔に打ち付け止めた。


「急用を思い出した。妾は帰る」


「……おい!」


 背を向けて立ち去ろうとする兎姫に不良は手を伸ばし、肩をつかんで止める。


「ここまでして帰る事はないだろう」


「離せ」


 兎姫は手を叩いて不良の手を肩からはねのけて拒む。


「つけあがりやがって!」


 一度ならず二度も叩いた女が許せず不良は兎姫に右手で拳を作り襲い掛かった。

 幾ら傲慢ちきでも所詮は女。

 一発殴って組み伏せて、犯せば大人しくなるとふんでの事だ。


「痴れ者め!」


 兎姫は檜扇を広げ、迫る不良に向け光線を出そうとした。


「止めろ!」


 だが光線を発射する直前に間に入る影があった。


「俺の女に手を出すな!」


 その影は不良の懐に入ると、顎に向かって掌を食らわせた。


「がはっ」


 いきなり乱入してきた影に突き上げられた不良は仰け反って背中から倒れた。


「大丈夫か兎姫!」

「剣司、か」


 割り込んできた剣司に兎姫は声をかけた。


「酷い格好じゃな」


 あちこちゴミが付いている上に汗で濡れた小袖に、裾が泥で汚れた朝葱色の袴。

 とてもよい格好とは言えない。


「あちこち探し回ったからな」


 兎姫の攻撃で気を失った後、気が付いた剣司は残された兎姫の精気から追いかけてきた。

 元々、精気を探知する術には慣れていないが、舞を取り戻すためには得意不得意など言っていられなかった。

 途中で途切れて、探し直したりして時間がかかったが、ようやく見つけ出した。


「今度こそ、逃がさないからな。帰るぞ」


「ほほほっ、どうしようかのう」


 帰ろうとする剣司を兎姫は面白そうに笑うだけだった。


「おい! 待てやテメエら!」


 去ろうとする二人に不良は立ち上がってすごんだ。


「このまま帰らせねえぞ!」


 右の拳を振り上げ剣司に殴りかかった。

 だが、剣司は素早く避けた上に、腕を引っ張り引き寄せると、腹に拳を喰らわせた。


「げはっ」


 ボディーブローを喰らった不良は激痛で悲鳴を上げるが、剣司はまだ許さない。

 掴んだ腕を曲げて関節を極め、押さえつける。


「いてててててっ! 折れる! 止めて!」


 不慮言うの悲鳴が裏路地に流れる。

 幸い一般人には聞こえなかったが、不良の仲間が聞きつけ集まってくる。


「おい、どうした」


「あ、てめえ、俺たちの仲間に何しやがる」


「見ろ、こいつ刀を持っているぞ」


「このところ仲間を切り刻んでいたのはこいつか」


 すぐさま十数人の不良が集まり、剣司を囲んだ。

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