第28話 発達障害と双子

「発達と診断を受けてもう十年か・・・」


翌日、チア部の練習を終えて家に帰る途中、たくみはそうつぶやいた。小学一年生でたくみに自閉症スペクトラムの診断が下りてから、私とたくみは二人でお互いに助け合ってきた。


私がチアを続ける理由、それはたくみの存在があるからこそだったりする。


「たくみ、今日どうする?」


「どうするって、あにが?」


「家ついて、ご飯食べる?」


「俺今日病院」


「じゃあ、一緒にいこ」


「そのあとで飯にするべ」


「うん」


しばらく前から、あいちゃんはパパのところで生活している。今はふたりっきりだからこそ、お互いにうまくやれるのかもしれない。




私はチアを踊っていると、時々たくみのことを考えたりする。普通の人と違い、発達障害を持っているといろいろなことに難があったりする。


さらに見た目は普通の人に見えるため、目に見えない障害の発達障害は本人の努力不足などと非難されがちになる。私にできることは何かな・・・っていつも練習を終えると考えてしまう。今日もそう。でもこういう時、必ず・・・。


「ぎゅっ」


「あんだ」


「たくみ、だいすき」


夕暮れ時、17時を回ってふたりっきり。そんな私たちだからこそ、ハグしたりして愛を伝えてる。今は片思いでも、いつかはきっと。


ポンポンを両手に持った瞬間、夕陽に照らされて光り輝く金色のテープ。ハーフアップにつけた赤いリボンと踊っている時にひらりと舞い上がるブルーのプリーツスカートも、今はたくみの横でふわっとするだけ。いつからか、瀬奈と明里も理解をしてくれて、2人で帰ってって言うようになった。その時から、たくみと帰ることが増えた。


たくみにとって、助けを求められる人がいることがどんなに大切か。それが今の私、愛央の使命。


「ねぇたくみ」


「あに」


「今年からさ、チアのポンポン変わったじゃん」


「あぁ確かにな。それがあじした?」


「赤のポンポンって、元気が出るけどあまり映えないなぁって」


「まー確かに赤って情熱を感じさせる色だからなぁ・・・野球とか、そういう応援には向いてると俺は思うけど」


「今手に持ってる金のポンポンって、すっごいたくみみたいに輝くよね」


私はそう言ってたくみの前に立ってポンポンを思いっきりきらきらっと振った。夕陽に照らされて光り輝くポンポンの音は、決してたくみを応援するためじゃない。この輝きは、たくみにもあるという意味を示したかったの。


「両手に持ってるからこそ、余計輝いて見えるのは気のせい?」


「気のせいじゃないよ。だって、このポンポンの輝き方、横にいる私のお兄ちゃん・・・。たくみだもん!!」


「・・・え俺なんだ」


「うん」


そう話しながら帰ってくると、たくみに少し笑顔が見えた。疲れているのか、最近笑顔を見せないたくみ。それでも、私が輝いて見えたのか、笑ってくれた。


病院に行って、帰ってくるとあいちゃんがパパの部屋から降りてきてた。今日は月に一度の家族でご飯を食べる日。私はチアのユニフォームに着替えてポンポンを両手に持つと、たくみの目をポンポンで隠し、ダイニングに連れて行った。


「はよ開けろ。暗いんじゃ」


「行くよ!」


「あい!」


「せーの!」


「これ・・・俺と愛央いるじゃん」


「たくみの誕生日!Fooooo〜!!」


「あ!だからチアの格好してんの!?」


「そう!!」


そう言って私はたくみにぎゅーっとハグをした。いつもしているはずなのに、今日は特別感が増していた。


翌日、私の誕生日。いつものメイクをしてたくみのところに行くと、メガネをかけてパソコンを触っていた。


「おはよ〜。むぎゅー♡」


「お誕生日おめでとう。大人っぽくなった?」


「えっ、分かるの?」


そう私が言うと、たくみは立ち上がって、私の髪を触った。セクハラじゃない。いつもハーフアップにするこの髪を、たくみはどうするつもりなのかな?


「たまにはポニテにしてみなね」


「ポニテ?なんで?たくみの専属チアリーダーになる時、いつも赤のユニフォームとリボンに金色のポンポンを持って、髪はハーフアップにするって決めてるでしょ?」


「大会前に慣れて」


優しい口調で言ったたくみは、続けてこういった。


「春の大会に出ることになったって聞いたでしょ?」


「聞いた」


「大会規定だと、1人だけ髪型が違うってのはダメらしい。うちの部はみんなポニテにしてるだろ、だけど愛央だけハーフアップにすると大会だったら失格になるかもしれない。だから、ポニテに慣れておいて欲しいわけ」


「ふぅん。そうなんだ」


髪をセットしたたくみは、すぐにパソコンに戻ってしまった。私はいつものようにたくみのチア専用の赤いユニフォームへ着替え、両手にポンポンを持つと、たくみの所に行って横に座った。


「横でずっと応援してる。どんな時でもたくみのこと、愛央は応援するよ」


私はポンポンを軽く鳴らしてそう伝えた。するとたくみは、こう話を始めた。


「ありがと。・・・俺思うんだよ」


「なに?」


「発達の人って、辛かったりだとか周りの人に頼れないってことが多いべ?」


「うん」


「そういった時、たとえば愛央に好きな人がいて、応援する。ってのは当たり前でしょ?」


「うん」


「だけど、発達の人って理解されにくいから人一倍努力しても認められない。でも、理解してくれる人がいて、やっとうまく行くって思う。愛央は専属のチアリーダーになるって宣言してから10年経って、両手からポンポンを離さないけど、それはじゃあなんで離さない?」


「たくみのこと、応援したいから。チアは確かに可愛いしモテるっていうけど、私がチアをやる理由は、たくみが辛かったりして心が折れたりしても、ポンポンを振って、声を出してたくみの応援をすることで、たくみを元気にして、辛くても大丈夫な心を作りたいから」


「でしょ?」


「うん。でもそれがどうしたの?」


「逆に俺が辛くていっぱい落ち込んだり、泣いたりしても頑張る理由、それこそお前のような頼れる人がいるから。怒られてばかりだと、人を避けるようになる。そんな中でも、愛央のように天使とまでは行かないけど、自分を認めてくれる人。応援まではしなくても、支えてくれる人がいるからこそ頑張れるって思う。逆にそういう人がいなかったら、俺はもう既にこの世にいない」


「確かに。私、たくみの応援でがんばれーっ!って言ってない。無理しちゃダメ!とか、ファイト!って言ってる」


「言ってもいいんだけどね、ただ頑張ってるのにさらに頑張れって言うのもおかしいって愛央も思ってるんでしょ?」


「うん。だからたくみの顔色を見てポンポンの見せ方を変えたり、頑張りすぎかなって思ったら、休んでって伝えるようにしてる。辛いのを見てるだけで、私も辛い気持ちになるし。たくみが頑張ってるのを見て私がポンポンを振ってても、意味無いじゃん。応援って、その人の気持ちに伝わらなきゃ意味がないと思う。たとえそれが、チアリーダーの私であってもね」


ぎゅっと握りしめたポンポンを思いっきり振るのが、チアの応援。でも、大好きなたくみだからこそ、もっと大切な応援があるって気づいた。

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