第23話 シャルルの誤算

 北西部と北部を繋ぐ南北の二本の街道の南側、それを遮断する石造りの高い壁の上に立ち、壁の東側に陣取る軍勢を睥睨する。東の都から派遣されてきた我々への討伐軍だ。


「父上、調子は如何ですか?」


 傍らに立つ息子が問う。かつて貴族と諍いを起こし、逃亡生活を送る中で得た息子だ。名をハイデルという。悲しむべきことに自分には及ばないものの、幸いにして都にいる並の魔術師よりはずっと強力に育った。巨大なゴーレムも二体まで操れる。


「概ね好調よ。多少の誤算はあったが、大勢に影響のない範囲だ」


「敵のゴーレムは今の所、五体ですか。一体は少し見劣りするサイズですが、何故でしょう」


「単に術者の力不足だろう。ロウグが四体、それから半端者の術者が一体。儂等のようにゴーレムを扱う魔術師はもう、あちらには居らんのだ」


 逃亡生活が始まった後も、幸いにして学院には儂と連絡を取り助けてくれる仲間が幾人か存在した。元から反貴族意識の強さで繋がっていた仲間達だった。彼らは儂に都、主に学院の様子について教えてくれ、こちらからは年々荒んでいく市井の様子について手紙に書き綴ったり、時には洛外で顔を合わせて話したりした。

 当初は無目的に行われていたやり取りだったが、十年程前の段階で学院内や洛外、特にその遠方における不満が煮詰まってきたのを感じ取り、これならば革命でも起こせるのではないかと悪ふざけで口にしたところから、この計画は始まった。

 友人達が学院内で力のある、それでいて現体制に不満を抱えていそうな若い魔術師を捕まえて、過激な冗談の体で語ってみたところ、案外熱のある同意が返ってくる場合が多かったと聞き、純粋に暇だったというのもあって、具体的な計画を練ってみた。当時は僻地に匿われ、時折魔術を用いた手助けなどしながら大半の時間はすることもなく過ごしていたのだ。


 本腰を入れて案じてみると、計画の起点は北西が良いと直ぐに結論が出た。都から遠く特に不満の強い南西か北西かを比較し、二本の隘路と一つの港のみで他地域と繋がる北西の方が適しているのは明白だった。非常に守りやすいし、内側には広く平野も広がっている。

 最初はそこを抑えて戦力を養い、更に都へ攻め上る計画だったが、思考が具体化するにつれむしろ、北西地域だけで独立してやっていくのが良いのではないかと考えるようになった。

 都に魔術師を集住させ、必要に応じて地方へ派遣する。そのやり方を完全に否定するつもりはない。人材の育成や魔術の研究、それに特定の魔術師がそれぞれの土地と密接に結び付き中央の意向に背く可能性等を考えると、王の膝下で一括して管理するのが良いとは思う。ただ、同時にそのやり方で治めるには国土が広すぎるのだ。


 北西や南西の村落が魔物に襲われたとして、その知らせが都に入り魔術師が派遣されてくるまで一月以上を要してしまう。

 場合によってはその期間を村の外へ避難して過ごしたり、田畑を荒らされたりするわけである。

 派遣された魔術師がしくじりでもすれば、更に期間は倍増だ。

 この国はもう少し小分けにされて、幾つかの小国へ分離するのが良いのだろう。

 そう考えるに至ったのである。


 それからは北西へ生活の拠点を変え、もぐりの魔術師として僅かな対価のみを得ながらひっそりと人助けをして回り、同時に学院では仲間達が不満分子を集めて回って、決起の準備を整えた。

 幸か不幸か、世間の不景気は進むばかりであり、洛中の貴族の振る舞いも然程変わるところはなく、何もかも順調だった。

 都から一斉に、引き抜いた魔術師を北西へと移動させて、二本の街道と港を押さえる。同時に樹海から引っ張り出したとびきりの魔物を餌にして敵方最上位の戦力となるエデン、或いはロウグを誘き出し、その始末を以て反乱開始の合図とする。後は派遣されるだろう軍勢を撃退し、合わせて洛中の暴動も煽って王家の求心力低下を狙い、そこから先は誰か他の強力な魔術師を焚き付けて南西部の独立を画策させ、支援する。場合によってはこちらも北部まで領土を広げても良い。どこかの段階で王室も折れ、三国による共存を承諾するだろう。そう考えていた。


 ただ、当然のことではあるがこれだけ大掛かりな試みとなると、全てが想定通りとは行かない。

 実行段階に移った最初の一歩で、恐らく強烈なしくじりをしてしまった。

 エデン、ロウグを釣るための餌に食いついたのはサコンという平民出身の若手魔術師で、精力的な活動と強さから名が知られだした青年だった。それを仲間に引き入れることが出来ていれば洛中最高戦力を削れなかったのを補う収穫だったのだが、敵対されてしまったどころか、挙句の果てに取り逃がしてしまったらしい。

 ゴーレムの拳を生身に叩き込み、海へ投げ飛ばされた彼はそのまま浮かんでくることはなかったが、同時にその沖合へ祟り神の気配が広がることもなかった。


 浜から見渡す限りの海面に一度も姿を見せないまま泳いで逃げたとは考えられず、何らかの心境によって怨念を残さず死んだのかと判断したが、多分、生きていたのだ。

 集めた魔術師のうち特に強力な者にはゴーレムの魔術を覚えさせ、領内への示威行為を兼ねてそれを伴わせながら巡回するよう命じていたのだが、ある時から彼らが狙われ始めた。巨大なゴーレムと魔剣士を連れていたにも関わらず、巡回中、皆殺し。

 目撃証言に巨大な獅子の姿があったことで、あの青年の存在を思い出した。死体には獣に襲われた痕跡の他、刃による傷痕もあった。


 貴重な戦力を暗殺して回られては拙いと直ちに手を打ち、占いも用いて捜索に力を割いたものの、こちらから相手の所在を把握することはついぞ叶わなかった。相手のように式神を使いこなせれば良かったのだが、少々面倒な術の手順を覚え、且つ強力な魔力さえあれば使用の容易なゴーレムと異なり、あちらは使いこなすのに習熟の必要な魔術だった。戦闘ではゴーレムに劣り、鼠を這わせてこそこそとした覗き見盗み聞きくらいしか使い道はないだろうと、学院時代に学んでおかなかったのが悔やまれる。今回のような追い掛けっ子では圧倒的に有利だ。上空から動きを把握されては追い切れない。

 どの道、討伐軍の迎撃も控えていたことから戦力を東に集中させ、極力少数での行動を制限して被害を抑えたが、殺された魔術師の霊魂によって穢された土地は一旦、放置せざるを得なかった。


 現在、こちらの巨大ゴーレムは儂と息子で六体、それ以外に同様のゴーレムを扱える魔術師は北側の街道へ配置し、そちらは計三体。隘路での戦いに九体用いるよりも彼らに北側の境界線を突破させて南北に横たわる山脈の向こう側を南下、戦いが長引いた場合に南側の街道で粘る討伐軍の側面を突かせる。そういう狙いだった。

 今、都では暴動が起こっている。そう報告があった。計画では相手の軍勢を退けた後、駄目押しに発生させるつもりだったが、民衆が自発的に暴れ始めたようだ。それだけ不満が溜まっていたのだろう。


「六体と四体半。かなりこちらが優勢です」


「ゴーレムは確かに強力だが、ここで同時に正面へ並べられるのは精々四体、戦闘向きの魔術は他に幾らもある。一切過信は出来ん」


 特にエデンの雷槍は強力だ。眼前の戦力を無視して直接ここを狙ってくる可能性も考慮し、数人掛かりで結界の守りを敷かせてある。


「儂のゴーレムは最前線に並べる。お前は壁の後ろに二体だ」


「後ろにですか?」


「万が一、森の中を回り込まれた場合に備えてな」


 そちらの対策もしてあり、樹海の中にも伏兵が存在する。そもそもこちらから樹海伝いに人を送って敵を奇襲する作戦もあった。魔物を刺激すると面倒が増えるので、あまり大人数を同時に、とはいかないが。


「それと、これまで後方を撹乱してきた魔術師がこの場へ奇襲を仕掛けてこないとも限らない」


 あの魔術師への対策についてはゴーレム二体と、壁の裏側にいる魔術師、魔剣士がいれば足りるはず。


「さて、王国成立以来、初の合戦の始まりだ」

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