第22話 卒業

 元から巡行の旅が終わったら見習い卒業と宣言していたし、一件だけとはいえ都の外に出て、独力で祟り神を鎮めることに成功したのだからもう大丈夫。アリサはそのように判断したらしい。後は彼女が事務局へその旨を伝えれば、晴れて見習い期間が終わるそうだ。

 彼女と連れ立って学院の事務局へ向かい、まずは俺が引き受けていた仕事に関しての報告を行って、それからアリサが目の前で、俺の見習い修了について報告を入れる。


 局員から細かい事項は追って通達すると言われ、近いうちに今の寮を出てもらうことになるからそのつもりで、と告げられる。見習い期間が終わるのだから見習い用の寮は出なければならない。新居をどこに構えるかは自由だが、必ず洛中でなければならず、住所は学院へ報告する義務があるという。

 そうなると、金が問題になってくる。これまでの小遣いのような俸禄が正式に魔術師となったことで一気に上がるはずなのだが、その支給時期によっては新居確保のための予算に困ることになる。

 尋ねると纏まった支度金が貰えることが分かった。


 それならば大丈夫かと思って、そのままアリサと二人、事務局を出たところで一旦別れることに。彼女は入り口のところで待っていたヘレナと去っていく。後程屋敷へ来るようにとのことだった。

「新居ねぇ」と独り言ちながら寮へと帰る。


「どうやって探すんだ?」という疑問に行き当たったのは自室で荷物を下ろしてからだった。相変わらず、洛中で学院の外に何らの伝手がない。そもそもどのくらいの家にどのくらいの賃料が掛かるのか。

 椅子に腰掛けて天井を眺めながら、後でセスに相談だなと考える。彼は富裕な生まれだし、地主との繋がりも期待出来るだろう。タダツグも悪くはないが、真面目な相談をするには少しばかり、あの軽さが気になった。


 タチバナに相談するのが一番手っ取り早そうだが、俺の住居なんて問題に貴族をかかずらわせて良いものか判断に困る。

 アリサからの呼び出しを済ませたら、タダツグに聞いていた店へ行ってみようかな。

 いつの間にか思考がぼんやりしてきてそんなことを考えた。


 疲れている上、禁欲的な生活が続いたためそのような思考になったのだろう。一仕事終えたのだし、見習いでもなくなって時間の扱いに対する裁量はぐっと増えたのだから、今夜遊びに出かけるくらい何の問題にもならない。

 どんな相手が出てくるだろうか。

 これから行動の自由が増していくことへ高揚感があった。


 新居が見つかったら、それからは暫く式神の勉強に専念してみようか。

 魔術師の間では自分と同じ分野を専攻する他の魔術師と交流し、知恵と知識を補い合うための会合みたいなものがあるそうで、いつかそこに加えてもらえれば良いのだが。

 出世出来るかな。


 考えがあちこちへ移り変わっていくうち、いつの間にかうとうととしてしまっていたようで、目が覚めると急ぎ部屋を出た。

 ともかく一旦、アリサの下へ向かわなければ。


 寮を出てタチバナの敷地の門を潜る。するとそこにはマヤが控えており、シキが待っているのでまずはそちらと会うようにと連れて行かれた。

 普段、屋敷に入ると真っ直ぐアリサの部屋に向かうのだが、今日は初めて一階の応接室に通される。促されてソファに座り、彼と対面した。マヤも室内に控えるよう指示され、彼女は扉の近くに佇む。


「先ずは見習い卒業おめでとう」


 そんな言葉から始まり、アリサから聞いたらしいこちらの仕事ぶりに関して軽く褒められる。初日の俺の暴れようへ楽しそうに言及されたが、咎める意図はないらしく、それで良く祟られないものだと可笑しそうだった。


「ところで君は近いうちに学院の寮を出なければならないのだけど、新居のための伝手はあるかい?」


「ありません。丁度、悩んでいたところです」


「なら、私が紹介しようか」


「良いのですか?」


「勿論。ただ、それも君の当家に対する協力的な態度を期待してのことだと忘れないでくれ」


 ちょっとだけ、悪戯めかしたように笑う。


「未熟な身ですが、可能な限りは」


「何を言ってるのさ。今回君がこなしたのだって十分大仕事だよ」


 あまり実感はないが、煽てられているのだろうか。あのくらいの働きで良いのならば幾らでもしよう。

「ただ」と続けて、シキが話を新居の件に戻す。


「新米魔術師の俸禄であまり良い暮らしは難しいだろうね。私や、それから多分、エデンも口添えしてくれるだろうし、単なる見習い卒業じゃなくて一端の仕事を終えた上でのそれだから通常よりは幾分待遇が良いかもしれないけれど。そういうわけで、少しばかり君のこれからについて、金銭的な面も含めて助言しておきたいのだけど、良いかな?」


 そう言われ、こちらとしても是非聞いておきたい旨を答える。


「君の魔力が強いことは今回の仕事で明らかになったし、太陽の神と相性が良いことも報告されているから、魔物への対処を期待されるようになるだろうね。少しずつそういう仕事を振られて、場数を踏まされるはずだよ」


 太陽からの加護は炎という形で現れるため、戦いに向いている。エデンと魔物の戦闘跡が焼け野原だったのも太陽の加護を用いたものだろう。戦いに向いているため、魔術師の中でも特に戦う役割を期待されるというわけだ。


「魔物退治は魔術師の仕事の中でも一番手っ取り早い出世の道さ。出世と言っても公式には俸禄が増えるだけなのだけど、やはり実際には方々で尊重されやすくなる。出世には興味あるかい?」


 率直に「はい」と答える。敬意や尊重といったものは兎も角、富には興味があった。


「宜しい。なら当面は太陽の加護の扱いと、私としては専属の魔剣士を探すことをお勧めするかな」


「専属の、ですか?」


「うん。魔術師が洛外に出る時点で基本的にそうなんだけど、特に魔物退治には魔剣士を護衛として伴うのが通例というか、必須というか、まあ兎に角、最低でも一人は連れて行くものなんだ。どれだけ魔力のある魔術師でも物理的な力で不意を突かれてしまってはどうしようもないからね」


 ヘレナの存在と、それからノイルを訪れたエデンの傍らにも剣士がいたなと思い返す。


「時折事務局から案件が回ってくる程度なら西にある闘技場辺りで臨時に雇える魔剣士を探せば良い。あれはそのために用意されている施設でもあるからね。でも君の場合は多分、仕事が多くなるだろうし、そうでなくても私が率先してそうなるよう手配する」


 支配下の魔術師が結果を出せば家の声望にも繋がるし、俺にとっても出世の糧となる。互いにとって良い話なのだろう。


「そうなると毎回、魔剣士を雇うよりも専属を抱えた方が安上がりだろうし、君も信頼関係の出来上がった馴染みの相棒がいた方が心強いだろう?」


「成程。…………しかし、そうは言っても俺の俸禄で魔剣士を抱えられるのでしょうか」


「禄の大半を注ぎ込めば、若手の一人くらいは、といったところだろうね。彼らも闘技場で見世物として戦いながら不安定に日銭を稼ぐより、どこかの魔術師のお抱えになりたいと思っていたりするようだよ。一方で、闘技場での脚光の方が重要って人物も少なくないようだけど」


 これから時間が出来るのだから、頻繁に闘技場へ出向いて良さそうな相手がいないか探すべきだろうねとのことだった。助言に異論はなく、初期の俸禄は大方、相棒となってくれる魔剣士に捧げることになりそうだ。豊かな暮らしはまだ遠い。


「その方向で考えるなら、住居と生活費は安く抑える必要があるだろう。下宿で良いかい?」


 そういうわけでどうにか数日以内に、良さそうな下宿先を探してもらえることに決まった。早めに見つかるだろうとのこと。


「さて、これも真面目な話なんだけど」


 他にも何かあるようで、シキが一度切り出してから、少しの間を挟んで問うてくる。


「君、折角専属としてマヤを付けてあげたのに、一月以上も期間があって全く手を付けなかったらしいね。どうしてだい?」


 切り出し方の割に猥談かと思ったが、相手の表情は本当に真剣なものだった。


「彼女は見目も良いだろう? 制止を守って土地の女と遊ぶこともなかったようだし、彼女の側に君を受け入れる気があることは伝えられたはずだけど。理由を聞いてみたいな?」


「……主のような方の家の使用人ですから」


「成程。あくまで我慢していたというわけだ。不能だとか男色だとか、繊細過ぎて恋人や配偶者以外と関係が持てないといった話ではないんだね?」


「ええ、そうです」


 趣旨の分からない質問だった。何故にそのようなことを問い詰められるのか。ひょっとして自制したのは失敗で、素直に彼女と関係を持つべきだったのか。

 シキは暫しじっとこちらを窺った後、ちょっと確かめようかと言って席を立った。


 何が始まるのかと思っていると彼はこちらの隣に腰を下ろし、それからマヤに指図する。俺達の前に緊張した面持ちの彼女が立つ。「脱ぎなさい」という言葉に驚いて隣を見ると、シキは平然とした様子でいつもの微笑に戻っていた。

 一切の抵抗を示さず、マヤが目の前で脱衣し始める。洛外で同室だった間、着替えの際には視線を逸してきたのでこれまでそれをはっきりと目にすることはなかったのだが、今はそうするわけにもいかないだろう。


「従順な良い子だろう? 洛外で君が軽率な関係を結ばないための目付役を命じた時も二つ返事だったよ。美人で、君とは一歳違い。伴侶か、そうでなくても愛人には丁度良いかと思って充てがったんだけどねえ」


「何故、そのようなことを」


「ほんの心尽くしさ」


 と言った直後、マヤの裸身に注意が釘付けになっていた俺の股間が掴まれた。見るとシキの手が伸びている。何の真似かと思いつつ言葉を発せられずにいると「こうなるんだね」と呟きながら、股間をまじまじ観察される。


「マヤ、もう良いよ。サコンも戸惑わせて済まないね。私が何を企んでるのかはそのうち明かすから、今は一先ず気にしないでおいておくれ」


 そう言われると追求も出来ない。


「こんなことまで管理されるのかと思うかもしれないけれど、今後、誰かと身体の関係を持つならマヤへ声を掛けるように。勝手に市井の女や、特に商売女とは関係を持ってはいけないよ。配偶者にしたい相手が見つかったなどの場合はまず、私へ相談するように」


 この後娼館に行ってみるはずだったのになと思いつつ、仕方無しに返事をした。あまりにも妙な注文だったが、それでも飲めない話ではない。


「話はこれで終わりだ。さあ、姉さんのところへ行ってあげてくれ」


 その言葉を受けて応接室を後にし、アリサの下へ向かった。

 アリサからは明日以降の行動について諸々の確認をされ、その後、屋敷から出る際に玄関で待っていたマヤから見送られた。


 結局、俺は欲望へ従うことにして彼女へ声を掛け、敷地内にある使用人用の家屋へと案内されて、そこで彼女と関係を持った。てっきりシキのお手付きなのかと思っていたが、そうでもなかったらしい。

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