第12話 アリサ

 事務局でたっぷりと待った後、やって来たのは着物姿をした東洋系の青年だった。性別は曖昧で、男か女か、ちょっと判断に迷う顔立ちだ。着物は男物に見えるが、声の低い女が男装していると言われた方が違和感ないように感じる。どちらにしろ美形である。

 相手は貴族で、俺の指導を行うのはその姉らしい。指導員について年配の平民としか予想していなかったし、それでもどういった人物が来るのだろうと緊張していたのだが、それがいきなり貴族の下で教わるとなると最早恐怖である。粗相をしない自信がない。とはいえそれこそ、文句を言える身分でもない。


 それにしても何故、貴族家当主の姉などという高い身分の人物が態々、見習いの教育など行うのか。

 それにこの、シキと名乗った若い貴族の姉ならば、年配ということもなさそうだが。

 偉い人達の事情は良く分からないな。


 警戒しながら付いていく。学院の正門、最初にここへ連れてこられた際に通った門を抜けて通りに出る。この一ヶ月、見習いとしての学習に忙しかったため、この門を潜るのはそれ以来だ。

 通りに出て何軒かの屋敷の前を通り過ぎるうち、そういえばどうしてこの貴族は、供も付けず一人、歩いて俺を迎えに来たのだろうと疑問に思った。貴族が自ら迎えに来ること自体もそうだが、そうだとしても供回りくらいいるものなのではないだろうか。


 不思議に思っているうちに彼の屋敷への到着が告げられる。男性の門番達の脇を通り、侍女らしき女性に迎えられて門を潜りつつ、誰かを代わりに迎えへやろうと思えば可能だったわけだから、彼は態々自ら進んで、俺を迎えに来たのかと考えた。徒歩だったのは単純に家が近いからだろう。


 中に入り、広大な敷地に感嘆する。通りを歩いている段階から一軒一軒の敷地が広いことは分かっていたが、それでも実際に中に入ってみると驚くような光景だ。大きな建物が五つも並んでいる。門から見て正面に一軒、両脇に屋敷が二軒ずつ。正面の一軒は人が住むのとは別なもののように見える。それからそれらよりも小さい建物がまた複数。

 貴族は一族ごと、纏まって暮らしているそうなので、それを考えるとこの敷地の広さと屋敷の数は過剰ではないのかもしれない。


 しかしながら気のせいだろうか、少し物寂しい雰囲気が感じられる。閑静な場が保たれていると言うべきなのかもしれないが。

 敷地内に見える人影は俺とシキ、出迎えに待っていた侍女二人の他は一人だけ。敷地の奥で剣を振っている。お抱えの魔剣士だろう。

 四つの屋敷のうち、三つはどの窓もカーテンが閉められていた。


 向かって左奥に位置する屋敷へと通され、中に入れられる。屋敷は西洋風だった。シキの家系は東洋系に見えるが、先祖は西洋の家屋を好んだのだろう。

 屋内に入り、そのまま二階へ通される。その間、少し見渡した範囲でも一階に他の侍女の姿を見つけられたので、更に何人か働いているのは確かな様子。

 二階の奥まった部屋の前まで進み、シキが戸を叩いた。「どうぞ」という声がして彼が扉を開く。


「姉さん、サコンを連れてきたよ。サコン、彼女が私の姉で君の指導を担当するアリサだ。それじゃあ、私はこれで」


 そんな台詞と共に、早速室内で二人きりにされる。

 アリサと呼ばれた女性は緩くウェーブの掛かった長い黒髪をした美人だった。歳はシキともそう違わないだろう。陰のある印象だ。黒いローブを纏い、床に敷いた布の上へちょこんと座り、そこで長い棒切れと道具を手に、何やら作業している。

 室内の家具を観察するに、ここは彼女の自室のようだ。ベッドまである。


 いきなりこんな場所まで通されたことに戸惑った。

 相手は一度だけこちらを見ると、それからそこの椅子に座ってと促される。机の上には寮の自室に置かれてあった物と同じ本、ノート、ペン。基本的には自分で学び、何か不明なことがあれば質問するようにと言われ、それから彼女は自分の作業に集中してしまう。

 こういうものなのだろうかと思いながら本を開き、少し読み進めたところでアリサから「その本、取り敢えず三回は読んでね」と言われるのだった。

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