16.書き出しの作り方(その1)

 司会の姉ちゃんがいつものように甲高い声を張り上げた。


 「は~い。皆さん。『ラジオやりっぱなし』の人気ラジオ番組『永痴魔ながちま先生の小説講座』のお時間で~す。前回は『魅力ある登場人物を描く方法』を勉強しましたねえ。それで、今日はですね。誰もが悩む『小説の書き出しの作り方』を勉強しますよ。講師はいつものように、現代の日本文学界を代表する巨匠、永痴魔先生で~す。では、さっそく今日のお勉強を始めたいと思います。まず、永痴魔先生、小説の書き出しというのは、どうして大切なんでしょうか?」

 

 私はいつものように一つ咳払いしてから、おもむろに話し出した。


 「それはですね、小説の書き出しというのは、読者が一番最初に眼にする箇所になるわけです。だから、その書き出しで読者のハートをつかむか、読者に『あっ、この小説はダメだ』と見切りを付けられるかが決まるわけです。このために、小説の書き出しというものが非常に重要になるのです」


 「なるほど。例えば、有名な小説にはどういう書き出しがあるのでしょうか?」


 「そうですね・・・有名な小説の書き出しをご紹介しますと、次のようなものがあります。

 梶井基次郎の『桜の樹の下で』という作品の書き出しは『桜の樹の下には屍体が埋まっている!』です。

 また、島崎藤村の『東方の門』の書き出しは『遠くを旅する者は、静かに踏み出さなければならない』というものです。

 さらに、夏目漱石の『草枕』の書き出しは『山路を登りながら、こう考えた』です。

 現代作家ですと、村上春樹氏の『風の歌を聴け』の書き出しは『完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね』という会話文です。

 いずれもすばらしい書き出しで、読者は次を読みたいと思ってしまいますよね」


 「ホントにそうですね。では、永痴魔先生。どうすれば、いい書き出しを書くことができるのでしょうか?」


 「それにはですね。まず書き出しのパターンを知ることが大切です」


 姉ちゃんが少し首をひねる。


 「書き出しのパターンですか? と、言いますと?」


 「はい。書き出しには次の4つのパターンがあると言われています。それは、

  『自分を振り返るパターン』

  『疑問、投げ掛けパターン』

  『意見、考えパターン』

  『状況、現状パターン』

の4つです。先ほどの例ですと、梶井基次郎の『桜の樹の下で』は『状況、現状パターン』、後の3人は『意見、考えパターン』といえるのです」


 「なるほど、この4つのパターンを考えると分かりやすいですね。では、ここで、永痴魔先生の有名な作品から冒頭シーンをいくつか見ていきたいと思います。まず、先生の『スッポンポンの誘惑』という作品ですが・・・先生、これはどういうお話なんですか?」


 「これはですねえ、短編小説でして、ストーリーは・・・というか、短編なので読んでいただいた方が早いですよ」


 「そうなんですか。では、いつものように私が朗読してみましょう」


 姉ちゃんの甲高い声がラジオのスタジオに朗々と響き渡った。


********


 「先生。スッポンポンは如何? 服なんて不要よ」


 そう言うと、茉央まおが長い黒髪をかき上げて私を見た。いたずらっのようにクスリと笑うと、背中に手を回してブラジャーのホックを外した。両肩を肩紐から抜く。ピンクのブラジャーがぽとりと床に落ちた。オッパイが天井の蛍光灯の光を反射して白く光った。


 大学の奇術愛好会の部室だ。昼休みの部室には私たちの他に誰もいなかった。顧問の私が、部員の茉央に「先生、新しい奇術を見て・・・」と言われて呼び出されたのだ。だが、私にはそれが口実だと分かっていた。


 私は茉央のオッパイに思わず生唾を飲み込んだ。すると、茉央が左右のオッパイを両手で下から支えるようにして持った。豊満なオッパイがプルルンと揺れた。今度は茉央が円を描くようにして、オッパイをゆっくりと揺すった。


 呆然と揺れるオッパイを見つめる私に、茉央が言った。


 「先生。早くパンティを脱がしてぇ~ん・・・」


 その声に、私ははじかれたように茉央の前に進んだ。腰を落として床に膝立ちになると、茉央の腰に手を回した。両手をピンクのパンティに掛けて、一気にパンティを引きずりおろした。


 私は茉央の股間に眼をやった。熟れた黒い茂みの奥から甘い香りがした。私は顔を近づけた。


 そのときだ。茉央の股間から一羽のオウムが飛び出した。オウムの羽根が私の顔を打った。オウムが鳴いた。


 「スッポン、スッポン、スッポンポン。も一つオマケや、スッポンポン」


 私は驚いて、床に尻から崩れ落ちてしまった。オウムが私の頭上を鳴きながら飛び回った。私の頭上でオウムの声がした。


 「スッポン、スッポン、スッポンポン。も一つオマケや、スッポンポン」


 素っ裸の茉央が私の前に歩み寄った。茉央の声がした。


 「先生、これが、私が考えたスッポンポンマジックよ。如何かしら?」


 私は「スッポォォォン」と叫んで、床に伸びてしまった。


********


 読み終えると、司会の姉ちゃんがフーと息を吐いた。


 「まあ、とっても素敵なお話ですこと。私、感動しました。では、いつものように永痴魔先生に解説をしていただきましょう。永痴魔先生、この素敵なお話は、茉央の言葉から始まっているんですねぇ」


 私はリスナーに分かりやすいように、ゆっくりとした口調で話を始めた。


 「そうなんです。村上春樹氏の『風の歌を聴け』の書き出しと同じで、会話から始まるんですね。それで、茉央は『先生。スッポンポンは如何? 服なんて不要よ』と言うわけですが、これはスッポンポンに対する茉央の意見ですね。ですから、先ほどの4つのパターンの中の『意見、考えパターン』になるわけです」


 「なるほど。では先生、このお話の書き出しとして、どうして『意見、考えパターン』が有効になるのでしょうか?」


 「それはですねえ。『意見、考えパターン』を使って、誰もが思いもしないことを作中の人物に言わせているからです」


 「と言いますと?」


 「普通、人は『スッポンポンは如何? 服なんて不要よ』なんて思いませんよねぇ。誰もが『スッポンポンは恥ずかしいので、服は必要だ』と思っているわけです。ところが、そこへ、茉央が『スッポンポンは如何? 服なんて不要よ』と思いもかけない逆のことを言うわけです。それで、読んだ人は『どうしてスッポンポンがいいんだろう? どうして服は不要なんだろう?』と話の展開に興味を持つわけです。こうして、書き出しで読者の心をつかんでしまうわけです」


 「なぁるほど」


 「この原理は、さっき例として挙げた、村上春樹氏の『風の歌を聴け』の書き出しである『完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね』という会話と同じなんです。つまり、どちらも読者の意表を突く意見を作中の人物に言わせて、読者の心をつかんでいるんですよ」


 「ああ、そういうことなんですね。よく分かりました。・・・でも、永痴魔先生。私、どうしても分からないことがあるんです」


 私は首をひねった。


 「何ですか?」


 「主人公の茉央は、どのようにして股間にオウムを隠していたんですか?」


 「そ、それは・・・」


 「あんなところにオウムを隠していたら・・・その・・・中でオウムが動いて・・・気持ちがよくなってしまうと思うのですが・・・」


 「そ、それはですねえ・・・その種を明かさないのも、読者を引き付けるコツなんですよ。でも、読者の皆さんは、あんなところにオウムなどを入れたりしないでくださいね。これはあくまで小説なんですから」


 「えっ、あそこにオウムを入れたらダメなんですかぁ? 私、放送が終わったら、早速入れてみようかと思っていたのに・・・」


 私はコホンと咳払いをした。こんなアホな会話には付き合っていられない。


 「で、では、次の事例に行きましょうか」


 姉ちゃんがハッと我に返ったような顔をした。


 「そ、そうですね。・・・で、では、永痴魔先生の次の例となる作品ですが・・・」


 姉ちゃんが進行手順を書いた紙を見つめた。今度は私がフーと息を吐いた。


 もう、この姉ちゃんは・・・


 姉ちゃんが紙を見ながら話し出した。


 「え~とぉ。次に皆さんにご紹介する作品は・・・」


 すると、姉ちゃんがプッと噴き出した。続いて、姉ちゃんの甲高い笑い声がスタジオ中に響いた。


 「ぎゃはははは・・な、なんなの、この作品!」

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永痴魔先生の小説講座 永嶋良一 @azuki-takuan

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