『TV特番 新宿ジオフロントシティ 24時間密着』より 後編

--ゲオルギー・リジコフさんの朝は蛍光灯の点灯から始まる。

 AM6:00起床。7:00食事。

 今日の朝食は日本食でご飯と鮭の切り身とみそ汁と漬物だ--


「この食事もすっかり慣れてしまいました。

 今では箸を使わない事に違和感を覚える始末です」


--彼の仕事は、工区の対テロ警備員だ。

 仕事が始まる8:00には交代で地上に上がりミーティングをする--


「この地上に上がるってのは日の光を浴びるためで、本当に大事な話なんてのはその後のミーティングになります。

 とはいえ、工区の連中と集まってラジオ体操をするのは悪くない」


--新宿ジオフロントには旧東側の技術や思想が多く入っている。

 関係者が樺太道豊原の地下都市を何度も視察して影響を受けている。

 ゲオルギー・リジコフさんはかつての豊原の生活を懐かしそうに語ってくれた--


「豊原の地下都市は、元々核シェルターだったのですが、あっちは寒いじゃないですか。

 地下の方が温かいので、どんどんと拡張していって。

 この国と統一した結果人がこっちに流れて、向こうの末端部は廃墟になっているとか。

 え?向こうとこっちの地下生活?

 こっちの方が格段に良いですよ」


--8:30警備詰め所にて深夜勤警備員と交代。勤務開始。--


「この時点ではパワーアシストアーマーはつけないのですよ。

 パワーアシストアーマーは電気で負荷軽減をしているのですが、それは内蔵電池が無くなると動けなくなる事を意味します。

 北日本政府の最精鋭と言われた特殊部隊の一つである強化外骨格大隊の内蔵電池は15分しか持たなかったってのは今では有名な話です。

 あの部隊は豊原地下都市での暴動鎮圧を目的に作られましたが、動ける15分間は本当に無敵でしたよ。

 なお、今のパワーアシストアーマーは、一時間稼働可能でコンセントから電気供給を受ける事が可能です」


--警備勤務は6人一班にて行われる。

 班長一人、アーマーと呼ばれるパワーアシストアーマー装着警備員二人、サポーターと呼ばれる非パワーアシストアーマー装着警備員が二人、バックアップと呼ばれるカメラ監視及び通信監理員が一人の編制だ。

 班長は基本アーマーから出るので、何かあった場合はアーマー三人とサポーター二人の五人で出撃。アーマーとサポーターでツーマンセルを組む--


「今のこいつ(パワーアシストアーマー)ですが、新素材を用いているとかで重さが30キロしか無いんですよ。

 これだったら、最悪電池が切れても動けるのがありがたいですね。

 トラブルで呼ばれる事は……結構あるんですよ」


--11:16トラブル発生。

 その一部始終を取材させてもらった--


「今、起こっているトラブルですがネズミの発生ですね。

 これが結構厄介で、東京の栄養豊富な下水で繁殖したそいつらは大きいので50センチ近くになり、ケーブルをかじるわ病気を持っているわで作業員も迷惑しているんですよ。

 駆除は専属の業者に対処をお願いするのですが、応急処置ならば我々にもできますからね。

 豊原ではよくこいつらを駆除してよい小遣い稼ぎになっていましたよ。

 全身を覆うパワーアシストアーマーの出番という訳です」


--トラブルの発生地点は、ジオフロントの下水を従来の下水と繋げる整備工区で、下水道のネズミの群れが工区に侵入。配線をネズミがかじった事で工区でショートによる停電が発生という内容だった。

 ゲオルギー・リジコフさんの班に出動要請がかかる。

 全身を覆う強化外骨格。通称『赤眼鏡』と呼ばれる赤外線ゴーグルが赤く光る--


「他工区にネズミが侵入しないように、工区間のドアは閉鎖。

 空調設備は正常ですが、万一の為に関係ない作業員は退避済み。

 電気回りの回復が主目的で、駆除はその後だ。

 配電盤までの安全確保と、電気作業員を送り込む事が最優先目的だ。

 時計合わせ……3、2、1。

 状況開始」


「こちら、バックアップ01。

 空調設備異常なし。酸素濃度正常。

 他の工区にネズミが行っているような映像は見つかっていない。

 工区はまだ下水道と繋がっていないから先にネズミの巣と繋がった可能性が高い。

 気を付けてくれ」


「アーマー01了解」

「サポーター01了解」

「ゲスト01了解。

 守ってくれよ。冒険者たち」


--ゲスト01は配電盤修理の為に入る作業員である。

 彼も安全上全身を覆うパワーアシストアーマーをつけてもらい、彼が行動できなくなるような事態を避けるために、サポーターが彼を支援する事になる。

 今回の任務では、班長は詰め所から指揮を行う。班長のコードは『ワードナー』。ゲームから採用したという--


「こちらワードナー。

 アーマー01。前に出てバックアップ01の目になってやれ」

「アーマー01了解。カメラをちゃんと見てくれよ」

「バックアップ01了解。録画もしているから安心しろ。

 ちょっとカメラ戻してズームしてくれ……見つけた!壁が崩れて穴が開いてやがる!

 そのあたりを探してくれ」

「アーマー01了解。ああ。こいつか。ネズミの死骸を見つけた」

「こちらゲスト01。

 配電盤が完全にお釈迦になってやがる。

 こりゃ交換しないと話にならんぞ」

「ワードナー了解。

 一旦戻ってきてくれ。

 サポーター01。お土産を忘れるなよ」

「サポーター01。分かっていますよ。

 天国に行くほど美味しいホウ酸団子をたっぷりばらまいて帰りますとも」


--このトラブルは、夜班、深夜班に引き継がれて翌日には配電盤の交換とネズミの駆除は完了する。

 帰り道、アーマー01ことゲオルギー・リジコフさんは語る--


「ここの工事でやばかったトラブルと言えば……落盤事故でしょうか?

 全身を覆う強化外骨格のありがたさを本当に感じましたよ。

 負傷者が出ましたけど、死者が出なかったのは、強化外骨格をはじめとしたパワーアシストアーマーのおかげです。

 強化外骨格は元は軍事兵器でしたが、こういう側面を見直されて、災害救助などに採用されつつあります。

 これも、この手のパワーアシストアーマーを集中運用している新宿ジオフロントという大規模工事のおかげなんでしょうな」


--ポケットをまさぐろうとした手を戻して彼は苦笑する--


「地下だから煙草は厳禁なんですよ。

 仕事が終わって一服ができないのがちょっと寂しいですね。

 地上に戻って、吸う事にしますよ」


--17:00警備詰め所にて夜勤警備員と交代。勤務終了。

 ゲオルギー・リジコフさんは我々を伴って、地下鉄大江戸線に乗る--


「せっかくの新宿暮らしだから歌舞伎町で遊ぶってのは散々やりましてね。

 今は少し、違う遊びにハマっているんですよ」


--降りたのは六本木駅。

 そのまま彼は六本木ヒルズの方に歩く--


「ここ。話題になっていたじゃないですか。

 奴らはあのビルの上で優雅に暮らし、俺たちは地下でネズミと格闘……何が違うんだとね。

 ただ、この国はまだましですよ。

 ちゃんと金を払えば、ここでもコーヒーを出してくれる」


--そう言いながら、彼は私たちにもコーヒーを奢ってくれた--


「これが最近の遊びなんですよ。

 ここのコーヒーは高いけど、歌舞伎町で遊ぶよりは安い。

 人に奢りながら、自分は施される人間ではないと。

 まぁ、気分の問題ですが、これが思ったより悪くない」


--取材終了後六本木駅で別れる彼にこんな事を聞いてみた。

 『今、幸せですか?』と--


「ああ。

 俺は多分幸せな部類に入るだろうな。

 樺太の失業率はまだ高く、本土に流れてきた同胞たちの多くは未だ箱舟都市や洋上ボートハウスで暮らしている。

 それを思えば、十分幸せだろうよ」


--本土に流れている旧樺太市民の数は推定で四百万人で現在も増加中である。

 樺太の失業率は未だ20%を超えている--




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パトレイバー『地下迷宮物件』のオマージュ。

こいつらなら、ワニでも勝てるかな?


六本木ヒルズ

 というかこいつらヒルズ族がこれから暴れる訳で。

 このあたりの資料漁りで色々時間を食っていたりする。

 奴らの資金調達の魔術はマジでため息が出るが、それを読者にどう伝えるかというのがすごく難しいのだ。


ゲオルギー・リジコフのその後

 見た人が見たらわかる経歴で北日本の強化外骨格大隊出身。

 こいつは軍ではなく警察側だったので、北日本崩壊時に真っ先に本土に逃げて、そのスキルから新宿ジオフロントの工事現場に。

 TV放映後に多分どこかからスカウトがくる。

 奢った人間が縁を繋いだのだろう。

 お嬢様の下に来るかどうかはひとまず未定。

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