帝都学習館学園七不思議 学生寮のざしきわらし その2
「前にも話したと思うけど、この手の話は基本逆説的なのよ」
そんな事を神奈水樹は言う。
もちろん、解説してもらうために私が一部始終を話したのだ。
「『ざしきわらしが居たから家が繁栄した』というより『繁栄した家にざしきわらしという理由を求めた』。
こっちの方が多分合っているわ。
そして、そういうのができるぐらいだから、その家の繁栄はおそらく多産だった」
現代と違って子供が成長するのが賭けだった時代。
繁栄する家が多産という事は、当然成長できなかった子供たちが多くいる事の裏返しである。
神奈水樹は机に広げられた帝都学習館学園の地図を眺める。
事が事だけに、この話は神奈のビルの神奈水樹の部屋にて行われていた。
「帝都学習館学園の地図用意したけど、何をする訳?」
「風水の発想になるけど、建物の配置が一つの魔法陣という考え方があるの。
ざしきわらしが居る上にそのいたずらが認知されているという事は、そのざしきわらしが寮に捕らえられている可能性が高いわ。
だとしたら、必然的に近くに霊的なものがあるのよ。
神社とか、お地蔵さんとか、なかなか面白い地名とかね」
へーと感心しながら私は神奈水樹を眺める。
彼女は手に資料をもって地図上のスポットに色を変えながらマジックで印をつけてゆく。
その手のスポットが書かれている資料を用意できるあたり、神奈の力というものの一端を垣間見る事ができる。
「この手の情報は不動産屋さんとか建築会社さんから頂いているのよ。
神奈のまっとうな顧客の一つね」
あー。
たしかに未だ地鎮祭とかするし、この手のトラブルは尽きないから神奈みたいな一族とお知り合いだと便利だろうなぁ。
私の心の中の感想なんて気にすることなく、神奈水樹は地図を見ながらある事に気づく。
「小さいけど社が多いのよね。この界隈。
お地蔵様も結構見たし、産婦人科や小児科も他所に比べて多いのよ。ここ」
それって……いや、口を閉ざそう。
何を言っても藪蛇になりかねない。
「帝都学習館学園は日本の華族や財閥子弟が通う学園で、当然の事ながら彼らの繁栄がこの国の繁栄とイコールだった。
……あー、そういう事か。
そりゃ、私をここに送る訳だ」
何かを察した神奈水樹は苦笑する。
ここで聞かないという選択肢がとれたならすごく楽なのだが、それだと話が進まない訳で。
「聞きたくないけど、詳しく話して頂戴な」
「この学園そのものが巨大な風水陣で、そこを一つの家と見立ててざしきわらし達を供給し続けている。
で、その供給源というのが、私みたいな人間を利用した堕胎や成長前に亡くなった子供を中心とした水子たち」
本当に聞きたくなかった。そんな事。
家の繁栄と国家の繁栄を繋げた結果、華族や財閥はその繁栄のシンボルである『ざしきわらし』を求め、体しかない女たちは己の栄達の為に、その母体を華族や財閥子弟に捧げる事で『ざしきわらし』を生産する。
かくしてこの国は百年の産業革命の遅れを埋めて現在は世界第二位の経済大国として君臨している。
「この学園の生徒たちが学校を出て活躍したのは事実だけど、その裏付けとしてこういうシステムを構築した風水師、いや陰陽師かしら、そういう人間がこの学園の創立に関わっていたのでしょうね。
彼らの成功はこういう理由がありますという提示は更なる才能ある人間を呼び込む事になり、彼らの活躍がさらに学園を繁栄させた」
胃のムカムカを我慢する。
怒りを吐けば一緒に吐きそうだったので。
そりゃたしかにこの国は欧米列強に追いつけ追い越せと富国強兵に勤しんできたが、そんな事までやるのか!?
「何考えているか分かるから、はっきり言ってあげる。
『そんな事までしないと追い付けない』とあの当時の人たちは思った」
「……産業革命に百年遅れたツケは重たいなぁ……」
「その百年のタイムロスを生まれてこなかった水子で補えたと考えたら、効率は良いわよ。多分」
分かりたくないし、分かったらだめだと思うが、神奈水樹の意外そうな声で話が別の方に飛ぶ。
「あら?
ここに教会があるんだ?」
「教会は結婚式場絡みじゃないの?」
「それだと結婚式場やホテルが近くにあるでしょう?
ちゃんとミサも行われている教会があるのよ。ここ。
しかも、風水的な要地、かつては神社が建っていた跡地に」
意味が分からない私に、神奈水樹は意味深な笑みを浮かべて解説する。
「第二次大戦後にこの国は連合国の指導なるものを受けてね。
国家神道の解体と共に、その支柱である宗教を改宗させようって動きがあったのよ。
その名残でしょうね」
GHQの指導はなかったらしいが、かといって放置するには危険な国という認識が大日本帝国である。
私の前世よりはましとはいえ、色々変えられたのだろう。
「いたずらの話をもっと集めていったら、この教会の周囲の寮に当たるんじゃない?
高橋さんの住む寮もこの近くでしょう?」
「あ。ほんとだ。
この教会が何かしているって事?」
「だったらもっと事は大事になっているわよ。
多分、向こうの人たちはここに教会を建てる事がどんな意味を持つか理解していなかった。
完璧な風水陣に開けられたまったく違う術式のシステムなんてエラーを吐くに決まっているじゃない」
神奈水樹のオコ顔に私は乾いた笑いを浮かべる事しかできない。
TIGバックアップシステム副社長でもある私は、システムとエラーのワードでなんとなく現状を理解したからだ。
「一つだけ違うOSのパソコンがあって、そいつを繋いでいるからエラーを吐き出すと?」
「その一つがよりにもよってサーバー」
「いーやー!
穂波の!穂波の悪夢はもう見たくないのぉぉぉぉぉ!!!」
ついついノリよく会話が弾むが、こんな会話が出るぐらい穂波銀行のシステムトラブルとその復旧は社会問題として話題になっていた。
これでも桂華が退いた事でまだましになっているというのだから笑うしかない。
栄一くんからの事前情報があるにも関わらず、グループ下に入った帝亜グループ首脳陣が呆れて体制の立て直しに奔走しているらしいがどうなっているのやら。
話がそれた。
「桂華院さん。
ちょっとまじめな話いい?」
真顔で神奈水樹が私を見る。
私も咳ばらいをして神奈水樹を見据えた。
「いいわよ」
「開法院さんって、ざしきわらしよね?」
ある意味出てきて当然の質問だが、私は慎重に言葉を選ぶ。
蛍ちゃんは私の大事な友達なのだから。
「当人はそう思っているみたいだけど、蛍ちゃんは私の大事な友達よ」
「ざしきわらしは家に憑く。
そのロジックだと、開法院さんはおかしいのよ。
彼女は家に憑いていない」
ここまで言ってくれたのだから、私でも先が読める。
ぽたりと私の顔から汗が垂れた。
多分体が震えているのだろう。顔も真っ青なんだろうなぁ。
「もし彼女がざしきわらしならば、彼女は何処の誰に憑くはずだったのかしら?」
神奈水樹のその質問に私は答える事ができなかった。
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この話の肝
オカルトというよりもそのオカルトを利用した人間収集のシステムが実は本質だったりする。
あの時代、まだ『物の怪のしわざ』で人の業を隠すことができた。
色々な指導
GHQの文化政策では日本の軍国主義の根底にこの手の文化があるとして、否定的な政策がとられかかった事がある。
国家神道の解体に伴って、彼らの新たな支柱としてキリスト教の布教が進められたりしたのだが……このあたりも闇深案件なのでここまで。
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