VSスカベンジャー ROUND2

 ある日。

 その広告は新聞に載った。

 それが、彼らからの宣戦布告であった。


「意見広告ねぇ……」


 橘の持ってきた数日前の新聞各紙に掲載された広告はつまる所、こんな事を言っていた。


「会社は株主のものであり、株価の価値を上げるために経営者は努力しなければならない」


 ごく普通の事でしかない。

 私はそう思っていたのだが、橘いわく、少し違うらしい。


「おそらくは、これは桂華グループを視野に入れた広告かと」


「どうして?

 まぁ、私の所に報告に来たという事は、そういう証拠は固めてきたのでしょうけど」


 私の言葉に橘はレポートを私に渡す。

 いくつかの広告代理店を経由したそれらの広告主はウォール街のファンドから出ていた。


「あれ?

 あのあたりのファンドって、日銀のせいで絶賛焼き鳥中じゃなかったっけ?」


「あれとは違うファンドです。

 アンジェラ女史が残していったマーク氏曰く『ハゲタカの死肉を漁る』ハゲタカだそうで。

 岡崎氏の言葉を借りるならば『スカベンジャー』という所でしょうか?」


 世に悪党と白浜の砂の尽きることは無し。

 この悪党をハゲタカに変えても通用するらしい。


「で、そんな『スカベンジャー』さんたちが私に何を求めている訳?」


 やるならやってやるアピールでファイティングポーズを構える私。

 なお、昨日見た映画に影響を受けたのは言うまでもない。


「というより、うちの欠点を見事に突いているという所でしょうな。

 表向きは、我々の事を思っている広告ですよ。これ」


「ん???」


 首をかしげる私。

 橘は苦笑して、彼らの見た桂華グループを伝える。


「数百億ドルもの荒稼ぎをしたのに、その儲けをドブに捨てるかのような企業買収や公共事業をやっていたら、株主としては激怒ものでしょうからな」


「……それやっているの私なんですけど?」


 株主というかオーナーが率先してやっているのだ。

 自分で稼いだあぶく銭なのだから、自分がどう使おうとも勝手である。

 そういう理屈のはずなのだが、無理が通れば道理が引っ込むのがこの世界。

 無理を通して道理を引っ込ませるつもりらしい。


「『数百億ドル稼いだのに、その利益を有効に活用していないので我々に任せてほしい。有効活用してみせる』というのが彼らの言い分でしょうな」


 有効活用ねぇ……

 首をひねる私。

 何ができるのかというイメージが沸かない私に、橘は別のレポートを差し出す。

 米国の大学で作成された、向こうの経営理論レポートである。



1)トップダウンによる意思決定の強化と組織の標準化

2)グローバルビジネスによる仕入れなどの効率化

3)人員削減によるコストカット

4)上三つによる財務改善を原資にした株主還元



 お題目としては立派である。

 それを実践している企業もあり、そんな企業は時代の寵児としてもてはやされていた。

 そんな動きに逆行している私のお買い物は彼らの思考ではわからないだろう。間違いなく。


「要するに、スカベンジャーたちにとって、お嬢様の思考が理解できないという所でしょうか。

 だったら、ルールを教えて導いてやるという訳でして」


「そのついでに授業料をいただきますと。

 なんて傲慢なのかしら」


 私の呆れ声に橘がスカベンジャー側に同情する発言をする。

 淡々とそれ故に説得力をもって。


「ですが、お嬢様のお買い物は、市場では『ごみ漁り』と言われる事も。

 実際、苦境に立った企業をある意味高値で買い漁りましたからな」


 ぽんと手を叩く私。

 スカベンジャーは私もだったか。

 そんな私の仕草を苦笑しながら橘は続ける。


「お嬢様。

 お嬢様の場合、もう経営をしなくてよろしいのです。

 この間稼いだ六百億ドルという金額は、それを言えるだけの重みがあります。

 だからこそ、彼らはお嬢様が経営する事のデメリットを指摘しているのです」


「デメリット?」


 橘は私の前に指を二つ突き付けた。

 そして二つのデメリットを指を折りながら告げる。


「一つは、お嬢様が未だ未成年であるという問題です。

 先に手を出してきた連中もこれを旗印にしていた所がありますが、この問題点は今だ解決されていません。

 この巨大になった桂華グループ、その財産と従業員は未だ子供であるお嬢様の匙加減次第」


 こればっかりはどうしようもない。

 私の悪だくみに初期から付き合ってくれている橘だから言えることで、私のものだからと今までみたいに全財産丁半博打に突っ込んで負けましただと、路頭に迷う連中が数十万単位で出る。

 それはそろそろ止めにした方がいいと言っているのだ。


「もう一つは、お嬢様がいくら優れていても、お体が一つしかないという点です。

 桂華金融ホールディングス、桂華商会、桂華鉄道、桂華電機連合。

 日本でも有数の企業グループをお嬢様は作り上げられた。

 それらを真面目に経営しようとするならば、お嬢様がお嬢様でいられる時間がほとんどなくってしまいます」


「けど、それを避けるために事業を再編したり、株式を公開するって話じゃなかったの?」


 首をかしげる私に橘は目をつぶって額に手を当てる。

 あ、これ何かやっちまった奴だ。


「そういう予定だったのですが、どこかのお嬢様があぶく銭を使い切るとばかりにお買い物をして送り付けた結果、経営に介入という悪い前例ができてしまったのですが?」


 あ。

 いまさらながら気付いた私に、橘は実にわざとらしいため息をつく。


「この広告は、そういう前例を見て、我々に食いつける隙があるという訳で作られたものなんですよ」


 橘の正論に私は何も言い返すことができなかった。




────────────────────────────────




この話、金融用語だと正しくはアクティビストだったりする。


瑠奈が見た映画

『マッハ!!!!!!!』

 順調に武闘派お嬢様路線邁進中。

 なお、スカートで足技をやろうとして側近団に止められた模様。


この時期の経営理論

 実は参考にしたのは二つあって、一つは米国家電企業のくせにキャピタルが荒稼ぎしたあの会社と、もう一つはとあるハンバーガーチェーンで最近はピエロがすっかり見なくなったあの会社。

 この二社ともリーマン前まで偉く荒稼ぎしていたのだ。

 つまり、原作破滅時点まではこの理論がブイブイ言わせていた訳で……

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