不良債権処理最終章 その2

 九段下交番取調室。


「食べないの?カツ丼。

 せっかくみんなの分作ってきてもらったのに?」


「嬢ちゃん。

 ドラマの見すぎだって」


 そこに置かれたカツ丼を食べながら、交番所長の小野健一警部のつっこみを聞き流す。

 桂華院家への出禁を解かれていない前藤管理官は、私のノリを理解してかさっさとカツ丼に口を付けている。


「お嬢様からの呼び出しって珍しいですね」


「まぁ、そっちの話と絡むだろうから情報交換というやつで。

 もちろん、やばい所は話さなくていいわ。

 こっちで裏を取るから」


「……警察相手にそれが言える時点でおかしいのですけどね。

 うまいですな」


 そうなると、小野警部もカツ丼に手を出す。

 そんな三人を出前箱を持ったままメイドのエヴァが黙って見ていた。


「もぐもぐ……

 政府が不良債権処理の最終的解決のために公的資金注入まで視野に入れているのは知っているでしょう?

 うち、つまり桂華金融ホールディングスはそれとは直接絡まないのだけど、噂として樺太銀行の名前が出てきたのよ。

 私が誘拐された事件で、犯人たちに渡した金が引き出された所」


「そういう事ですか。

 共産中国への香港返還に伴うアンダーグラウンドな資金のマネーロンダリングの新たな候補地として、樺太は注目されていました。

 南北統一後に樺太復興には莫大な資金が投じられ、その資金に紛れ込ませる形でかなりの金が闇に消えました。

 その金の入口と出口が樺太銀行であり、それを管理していたのが樺太道及び樺太復興庁です。

 しかしこれ、美味しいですな」


「北海道の高級国産牛を用いたカツに、北海道のブランド米を合わせました。

 お吸い物は国産松茸を使用。

 お茶もどうぞ。

 こちらは静岡産の高級茶葉でございます」


「これ牛カツかよ!

 俺らの食っている定食の値段じゃないな。こりゃ」


 豚よりも牛の気分だったのである。

 なお、個人的にはチキンカツが一番好きだったりする。

 一旦、食事に集中する。

 うまい。

 というか、取調室で食べるカツ丼というのは前からやってみたかったのだ。

 かといって、その為だけに犯人になるのも本末転倒な訳で。


「ちなみに、自白に向けての利益誘導になるから、取調室のカツ丼は禁止されているのですよ」


 ガーン!

 ショックで箸を落とす私に警官二人は声を立てずに笑う。

 そんな寸劇を挟みながら、話は本題に入る。


「北日本政府の崩壊時、この国は野党連立政権でした。

 それを併合にまで持っていった時の総理は高い支持率を獲得しましたが、統一コストが明るみに出ると風向きが代わります。

 あの総理が退陣に追い込まれた国民福祉税。

 あれが実質的な樺太復興税だったのはご承知でしょう?」


 知らなかったそんな事。

 とはいえ、聞けば納得する話である。

 という訳で、知っている風な顔で前藤管理官の話の続きを聞く。


「その後、政権が連立を経て今の立憲政友党中心に戻りますが、樺太復興予算は時の政府を苦しめ続けました。

 樺太復興を財閥に投げたのは政府が自前で金を出したくなかったからですが、それによってアンダーグラウンドマネーが樺太に目を付けるきっかけにもなりました」


「財閥と繋がる華族が持つ不逮捕特権」


「その通りです。お嬢様。

 厄介なことに、あの時の総理が華族だった事が話をややこしくした。

 全ては統一と復興の名目で非合法がまかり通り、その最終責任者を総理とした事で伏魔殿と成り果てた。

 お嬢様。

 樺太は、そういう所でございます」


 彼は既に政界を引退しているが華族であるがゆえに不逮捕特権で守られる。

 つついたとしても誰も喜ばない。

 いや、こういうのを嬉々として突く人が一人いるな。

 恋住総理というのだが。

 選挙前に野党の利権の巣であり、資金源の一つでもある樺太を叩く腹か。


「俺が言うのも何だが、金に良いも悪いも無いんだよ。嬢ちゃん。

 ヤクザが悪さにホームレスを使ったとしても、ホームレスに取ってはヤクザが落とす金が無ければ生きていられない。

 この仕事やってて、一番やりきれんと思う所だ」


 小野警部の話は彼が現場の刑事だった実体験からなのだろう。

 端で聞いていたエヴァが疑問の声を上げる。


「ですが、そのパンドラの箱を開けるのでしょうか?

 現政権にも深刻なダメージが行くと思いますけど?」


「開けるわよ」


 私は断言する。

 与党内で改革者としての立ち位置を確保している恋住総理ならば、間違いなく野党と一緒に怨敵である敵対派閥を中心とした抵抗勢力もまとめて潰せる機会と捉えて、そのパンドラの箱を開ける。

 彼は返り血を恐れない。


「総理なら、絶対に開ける」


 敵対してしまったからこそ確信する。

 同時に、今の総理の主敵から自分が外れた事に、ほっとしている私が居た。




「お邪魔したわね。

 そのカツ丼おごりでいいわよ」


「職務規定に引っ掛かるのでお代は払わせていただきます」


「うへぇ。

 いくらするんだよ。これ」


「お嬢様。

 片付けていきますから、外で待っている一条絵梨花と先に帰っていてください」


「はいはい」


 桂華院瑠奈が取調室から出る。

 彼女が居なくなったことを確認して、前藤管理官が独り言を言う。


「新宿ジオフロントテロ未遂事件で、中東の宗教勢力の過激派の関与が明らかになった。

 国内のテロ勢力に接触しているが、あのお嬢様の排除という依頼もあった」


 お椀を出前箱にしまいながら、エヴァも独り言を言う。

 お嬢様を出汁に日米の情報交換をしているという事を、お嬢様は知っているのか知らないのか。


「こちらの調査では、日本の武装過激派勢力はテロによる社会不安を起こすくらいの力しか、残っていないはずです。

 外国勢力が接触して何かを企む場合、樺太がその拠点になっている事は留意してください」


「さっきお嬢様が言った通り、総理はパンドラの箱を開けるつもりだ。

 抵抗勢力側は表裏糾合して抵抗しようとしているが、旗がない。

 あのお嬢様はその格好の旗だ」


「ならば、お喜びください。

 お嬢様、本当に総理と敵対するつもりないみたいですよ」


「……まじかよ?」


 独り言の応酬なのに、聞いていた小野警部がついつい漏らしてしまう。

 それぐらい、総理とあのお嬢様の対立はその筋では知れ渡っていた。


「だとしたら、抵抗勢力側はなんとしても彼女を引き入れたいでしょうね」


「我々が警護しています。

 お嬢様の意思が変わらぬのならば、手を出させませんとも」


 片付けも終わりエヴァが一礼して去ろうとした時、小野警部が口を開く。

 それは、現場の刑事の勘なのだろう。


「気を付けな。

 今、お嬢様に手が届かないならば……」


 爪楊枝で言葉が途切れたが、エヴァも前藤管理官も黙って小野警部の言葉を待った。

 彼の続きはことわざの亜種で、だからこそその意味に気付いて二人共真っ青になる。


「お嬢様の周りに、つまり友人やら関係者に、既に接触しているだろうよ」




────────────────────────────────


カツ丼

 なお、パンや煙草も駄目らしい。


樺太復興庁

 多分あると気づいた結果、大臣の椅子が一つ増えるな。

 春日乃明日香のパパ次の選挙後ここに座らせてもいいな。


華族総理

 彼、細川侯爵家当主なだけでなく、近衛公爵の血も引いている華麗なる血族の究極体型。

 熊本県知事から国会議員を経て総理になった時、すなおにすげぇと思ったものである。

 なお、戦前似たような閉塞感から総理になったお方が近衛総理である。


ことわざ

 将を射んとする者はまず馬を射よ

 これが本当に難しいのだ。

 馬が多すぎて。


9/1 18:45

 牛カツ記述追加。

 すっかり忘れていた。

 晩御飯は牛だな。これは。

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