開法院蛍の一日

 開法院蛍の朝は早い。

 朝日と共に起き、正座をして瞑想を行う。

 なお、二度寝ではないのだが、それは当人にしか分からない。

 彼女の東京の家は田園調布のマンションである。

 家族は奈良の本家にいるので、このマンションにはお手伝いさんとの二人暮らしである。

 幼稚園の頃はそもそも存在を感じてもらえなかったのだが、それも最近は認知されるようになり、食事の時に挨拶と雑談をする仲になっている。


「おはよう♪蛍」


 校門前で春日乃明日香と合流。

 挨拶と雑談をしながら教室に入る。

 基本、雑談は明日香が一方的に喋るだけなのだが、首を縦に振る、横に振るで意思疎通は出来ているらしい。

 授業は基本的に受ける。

 成績は良くもなく悪くもない。

 昼食。

 クラス女子の中心である春日乃明日香やその友人たちと共に昼食を取る。

 基本的に好き嫌いはない。

 昼休みの後の掃除時間も真面目に掃除をする。

 この掃除時間、最初は側近たちに任せろ、とか金払って業者にさせたら、という声が出たのだが、それらの声を粉砕したのがこの学園の生き字引であり学園中央図書館館長でもある高宮晴香だった。


「整理整頓は教育の一環です。

 校内のルールや規律を維持し、クラスの一員として協力する事を学ばせる大事な時間です。

 この子たちから貴重な教育の機会を取り上げることに私は反対します!!」


 めんどくさそうに掃除をする生徒達だが、今年度入学組の掃除の真剣さは職員室で評判だったりする。

 理由は、その掃除を率先してやっているのが桂華院瑠奈であり、春日乃明日香であるからだったりする。

 春日乃明日香の場合、政治家子女として人気取りの大事さをしっかりと叩き込まれたというのがあるのだが、桂華院公爵令嬢である桂華院瑠奈はそういう背景なんてないのに率先して掃除をするので側近もクラスメイトも真面目に掃除をする事に。


「あら?

 自分でできることは自分でしないと。

 きれいなのはいいことでしょう?」


 なんてクラスメイトにうそぶき側近たちにはもう少しらしい話を吹く桂華院瑠奈の苦笑を、開法院蛍は春日乃明日香の隣で聞いていた。

 

「うちのグループ企業の一条CEOは、今でも重役室のトイレ掃除を自分でしているそうよ。

 それぐらい出来ないとそういう所に立てないって私は学んだわけ」


 なお、この件、階級社会が形成されている欧米社会出身のアンジェラ・サリバンとカリン・ビオラが雇用の侵害と捉えてしまい、一条CEOに『お嬢様の教育によろしくない』と掃除をやめるように進言して一悶着あったとか。

 文化の違いはこんな所にも出る。

 今日の掃除で開法院蛍はゴミ箱のゴミをゴミ捨て場に捨てる係で、一人でゴミ箱を持ってゆく。


「っ!?」


 まだ気を抜くとゴミ箱が一人でに浮いていると見られて、驚く生徒が居るので注意が必要である。

 午後の授業は参加する。

 眠たくなることがあるが、そういう時は己の体質をフルに使っている。

 その結果、彼女は未だ授業中に当てられたことはない。

 部活動はオカルト研究会に所属。

 参加不参加も自由で部員も数人の少数クラブである。

 彼女がこのクラブに入ったのは、彼女を勧誘した先輩が居たからである。

 つまり、その先輩は彼女が『視えた』訳で。

 開法院蛍が本気で隠れた時に見付けられるのは、この先輩と友人の春日乃明日香、先日の桂華院瑠奈のお茶会に来ていた神奈水樹、図書館限定にはなるが高宮晴香の四人しか居ないだろう。

 という訳で、ここ最近の彼女の放課後は図書館で本を借りて、オカルト研の部室で本を読むという感じになっている。


「おまたせ。

 一緒に帰りましょう♪」


 部活の終わった春日乃明日香と一緒に帰る。

 この時、のんびりと途中の喫茶店でお茶を楽しみながら女子会をする事もある。

 相変わらず、一方的に春日乃明日香が喋るだけなのだが、本人たちはそれでも楽しんでいる。

 家に帰り、復習をして、夕食を取り、お風呂に入って、寝る前に瞑想をする。

 開法院蛍は、『座敷童子になるはずだった』少女である。

 その最後の最後で彼女は春日乃明日香が持っていたありがたいみかんによって救われた。

 そして、彼女は自分の運命を自ら探す羽目に陥った。


(私は、何になるのでしょう……?)


 毎日それを考える。

 座敷童子としての力が年々落ちているのは自覚している。

 彼女が自分の周囲に与える幸福が減っているのだ。

 春日乃明日香の父親の選挙の苦戦も、桂華院瑠奈の政治的窮地も、本物の座敷童子ならばそもそも起きなかったのだろう。

 まだ彼女は幼い。

 己の力は理解していても、それすら押し流す『時代』という激流を理解できない。

 だからこそ、迷う。惑う。


(私がちゃんと座敷童子になっていれば……

 けど、そうなるとみんなと一緒に学校に通えなくなる……)


 怖いのだ。

 特別だった自分から、ただの人になるという事が彼女に取っては恐怖だったのだ。

 けど、そのただの人の生活が楽しいという事も知ってしまっていた。

 それらを開法院蛍は理解できない。理解したくない。

 一冊の本を思い出す。

 図書館の魔女として人々の畏怖と尊敬を集めていた高宮春香から貸してもらった本で、読んだ後すぐに本屋に買いに行った本だった。

 その時、この魔女は座敷童子の呪いを解いた。


「貴方が何になるか知ってるわ。

 貴方は貴方にしかなれないのよ。

 だから、安心しなさい♪」


 本を手に取り、何度も何度も読む。

 涙が止まらなかった。

 こうして、開法院蛍は座敷童子から人に戻ることを納得したのだ。




「おはよう♪蛍。

 あ、桂華院さん。おはよう♪」


「まだ学校じゃないじゃない。

 昔みたいに名前呼びでいいわ。

 おはよう♪

 明日香ちゃん。蛍ちゃん」


 まるで幼稚園の時のように、春日乃明日香と桂華院瑠奈が微笑む。

 その笑顔に、その友情に開法院蛍は導かれていったのだ。

 だから、その声は自然と出た。


「おはよう♪

 明日香ちゃん。瑠奈ちゃん」


「……ぇ?」

「……まじ?」


 唖然とする二人を楽しそうに見て笑う開法院蛍。

 彼女の人としての中学生生活はまだ始まったばかり。




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開法院家のお手伝いさん

 当初雇われた時は『空き家の管理』という名目だった。

 食事?

 神棚に供えられた食事で十分だったんだよ……


図書館館長の地位の高さ

 欧米では司書をはじめとしてかなり社会的地位が高い。

 このあたりの背景おもしろいのだが、説明すると長くなるんだよなぁ。


掃除と社会階級

 面白いのが、階級が分かれることでその仕事を与えていると上の人間が考えている点。

 掃除をしない事で、下層階級から掃除夫を雇うという雇用の責任を支払っているという考え方。

 社会階級が問題でなく社会階級の固定化が問題であるとというのを、ローマ市民権を使って語ってくれた塩野七生先生の『ローマ人の物語』は今でも時々読み返している。

 なお、この概念をラノベに入れたのは清水文化先生の『気象精霊記』だったり。


高宮春香が開法院蛍に貸した本

 『星の王子さま』(サン・テグジュペリ)

 著作権が切れるのが2005年でその時はちょっとしたブームになった。



8/28 11:25

 『ゴミ焼却炉』を『ゴミ捨て場』に変更。

 すっかり忘れていた。ダイオキシンがらみの焼却炉規制。

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