クイーン・ビーのお茶会 その4

 女王蜂のお茶会は他の女王蜂との交流機会でもある。

 それは、同年代だけでなく、年上や年下の女王蜂との付き合いも発生するという事を意味する。


「お邪魔して良かったのかしら?」


「歓迎しますわ。先輩」


 私の一つ上である敷香リディア先輩はそう言って取り巻きを連れてお茶会に参加してくる。

 立ち位置的には独立系新興派閥である私の派閥の前に敷香先輩がいるので、私は彼女の派閥の後継者という形で周囲から見られることになる。

 組織の求心力は次世代が居るかどうかであり、敷香先輩と私という形の独立系派閥が立ち上がることになるのだろう。


「調べてみると、こういう形で独立した派閥を立ち上げた人は何人か居たみたいだけど、次世代に継がせられずに消滅しているのよね。

 桂華院さん。

 貴方が居るという幸運を私は噛みしめているわ」


「そう言ってもらえると嬉しいですね。

 このお茶会で、私の下を紹介しますわ」


 挨拶もそこそこに、また側近たちが輪を作る。

 小学生まではお子様と見られているが、中学生になるとある程度意思がある子供として扱われる事が多い。

 大人の簡単なメッセンジャーぐらいは出来るし、子供の縁を隠れ蓑に大人の話をする事もあるのだ。


「正直に申しまして、次の選挙で恋住総理を追い落とせるのですか?」

「無理ですし、やる気も起きませんよ。

 今、政権を奪っても私は少数派です。

 事務方に追い落とされますね」

「良かった。

 それが分からない人じゃないとは思っていたけど、直にそれが聞けて安心したわ」


 この国は官僚が動かしている。

 そして、その官僚のモデルケースとしてよく言われるのが東側の社会主義国家たちである。

 かの社会主義国家とこの国の何が違っていたのか?

 社会主義国家において国を動かしていたのは『党官僚』であり、この国では『国家官僚』が国を動かしている。

 その違いだろう。

 たとえば、この国が社会主義国となった時、その国を動かすのは社会主義政党の議員ではなく、その社会主義政党の官僚である。

 するとこんな事が発生する。

 財務省の官僚の命令より、社会主義政党の財務担当の命令が優先される。

 それ自体はよくある事だ。

 その命令に正当性を持たせるために、社会主義政党の官僚が財務省の官僚になって命令の正当性を得るというのが普通の国家。

 だが、国家組織より党が優先される場合、党官僚から国家官僚に『格落ち』するのでまず党官僚が国家官僚になりたがらない。

 おまけに、政策が失敗した場合国家官僚に責任を負わせて、党官僚は無傷という事がとても良くある。

 絶対権力は絶対に腐敗する。

 かくして、社会主義国の多くは、その腐敗と非効率な政策運営によって歴史の中に消えることになる。

 そんな党官僚の末裔で、『あ、この国あかん』と祖国を売って今の地位を得たのが私の目の前にいる敷香先輩の両親という訳だ。


「政権交代が出来る野党になったとこの国のマスコミは囃しているけど、事務方が統一されていないから崩れるのはあっという間でしょうね。

 おまけに、その事務方で主導権争いの真っ只中だから、政権を取ってもあれは持たないわ」


「奇遇ですね。

 私も同じことを考えていたので」


 敷香先輩の意見に、私は心から賛同する。

 90年代の野党連立政権が崩壊したきっかけは、与党を離党した連中と元から野党だった連中の事務方の対立だった。

 この事務方というのは、議員秘書だけでなく有力支持者なども入れたものと考えていただきたい。

 官僚を動かせて政策立案能力があった元与党側議員は、寝返った事で与党側だった事務方を失う事になった。

 資料集めやスケジュール管理だけでなく地元の陳情や資金管理に選挙戦略に至るまで、この手の事務方の存在がなくては議員は議員の仕事ができない。

 そして、野党連立政権で多数派だったリベラル側の事務方は、反政府活動家や都市部女性層が中核だった為に正義を行使し談合を悪と考えるからたちが悪い。

 地方の陳情がまず機能不全を起こし、連合政権内部の事務方の統一見解がまとまらないから上の議員側に対立が波及し、国民福祉税と首相のスキャンダルで崩壊。

 その後、左派勢力の党を引っこ抜いて立憲政友党が政権を奪還した際に彼らは黒子に徹し、連立を組んだ左派政党に彼らが一番欲しがったものをくれてやったのである。

 つまり、正義を。

 大衆の前で行使できる『TV』と共に。

 そして現在。

 野党と野党の事務方はこの毒を回復不能なまでに吸い込み続けていた。


「今、あの野党の中では総括の真っ只中でしょうからね。

 大きくなったことで事務方のリストラが発生して、椅子取りゲームに夢中でしょう」


「そして、声の大きな連中が相手を追い落として勝つ。

 政権運営で一番欲しい調整能力を持たないから、私達みたいな人間は入る余地がないでしょうね」


 私は敷香先輩相手に苦笑して、一番聞きたかった事を尋ねてみた。

 それは、歴史のミッシングリングの一つ。


「先輩。

 お聞きしますけど、旧北日本政府はどれぐらい野党勢力に食い込んでいました?」


 にっこり。

 にっこり。

 敷香先輩は微笑んでただ一言有名なフレーズを呪文のように言う。


「万国の労働者よ団結せよ」


 その一言で察した。

 旧ソ連が隣国であり、南日本を最前線に抱えていた旧北日本政府は大規模なスパイ網と内通者を抱え込んでいた事を。

 そして、そんな彼らは基本操りやすいように無能な連中を抜擢してゆく。

 私の父も、そんな無能だったという訳だ。

 認めたくはないが。


「国が滅んでも彼らは生き延び、今はこの国を指導するかもしれない立場に居る。

 そんな彼らを裏から操って見下しきっていた、私と私の父が彼らに付けると思いますか?」


 今は立場が逆転し、下手したらその無能たちに頭を下げないといけないこの苦しさ。

 まだ、最高のタイミングでの売国で敷香先輩の家は利益を得ているが、野党が勝てば真っ先に潰されるのが目に見えている。


「それを言うと、私の父を死に追いやった旧北日本政府の連中を私が許さないと言えるのでは?」


 すっと空気が冷えるが、お互い笑みは崩さない。

 私も敷香先輩もこれぐらいで関係が崩れるような愚か者ではない。

 笑顔で手を握りながら、互いの足を思い切り踏ん付けるぐらい出来ないと、この世界は生きていけない。


「きっと私達は同じ国に生まれてもお友達になれたでしょうね」

「そう言って頂けると嬉しいですわ。先輩」


 それでこの話は終わりと思ったら、敷香先輩が楽しそうに口を開く。

 それは、先輩に取ってジョークのつもりだったらしい。


「かつての祖国が、この国の協力者を見付ける基準の一つって知っていますか?」

「分からないですね。

 何ですか?」


 いたずらっぽい笑みを浮かべて敷香先輩はその答えを言った。

 ああ。

 たしかにその基準だと、正義を盲信する馬鹿どもを見付けやすいわ。


「時代劇が大好きな人達なのですよ。

 特に、将軍や副将軍が悪人を成敗する番組が好きな人に外れはいませんでした」


と。




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小学生と中学生の意識の差

 これは私が地方出身というのもあるのだろうが、中学生になるとある程度大人の会話に加われる。

 同時に地方は飲みにケーションだから、この頃から酒を振る舞われるという今の御時世では考えられない習慣が残っていたりしたのだが、酒が飲める=大人と扱われる時代が確かにあったのだ。


事務方

 本当に、本当に、ほんとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉにここの争いが酷くでなぁ……(遠い目)。

 マドンナ旋風での社会党の大勝利で女性スタッフが経験を積み出し、環境保護団体と彼女たちが接合した上に財務省の緊縮財政派が主婦感覚の経済視線というの広めちまって……

 借金をしての公共事業は悪であるという名目で意思統一が図られ、衰退する地方事務方の総括という名の粛清が……


90年代の野党連立政権

 細川政権。

 小沢さんが裏に回って必死に利権調整をしようとしたけど、それをついに社会党側は理解できなかった。

 事実汚職の源泉だったし、地方公共事業が環境破壊にという声が都市部無党派層に蔓延したのもある。

 けど、彼ら社会党の本質に気づいて、寝返りを敢行させたあの時の自民党執行部は今だからこそすげぇと素直に思う。

 羽田政権の崩壊後、そうやってできたのが村山政権である。


総括

 wikiだと、『総括(連合赤軍)』の方。

 これで声の大きい連中が実権を握って、妥協も良しとする連中がパージされたんだよなぁ。

 それで組織が潰れたならばよかったけど、その声の大きさは『政治役者』にとって最適だった事が後の悲劇に繋がってゆく。


内通者

 南北に国が分かれていたのだから、居ないほうがおかしい。

 東ドイツが西ドイツに作った協力者の数は一説によると数万人に及ぶとか。

 統一後彼らの扱いを巡って、米露両国まで巻き込んで壮絶に揉めた。


万国の労働者よ団結せよ

 『共産党宣言』。

 元々は、『万国のプロレタリアートよ、団結せよ!』という事をこれを書くために調べて知った。

 なお、変わった理由はわからないらしい。


将軍や副将軍が悪人を成敗する時代劇。

『暴れん坊将軍』と『水戸黄門』。

 両方とも勧善懲悪であるが、それゆえに問題の根本的な所を全く解決していないのがポイント。


「彼らは自分たちが正義である事を疑いもしない。

 だから、悪人を法ではなく自らの正義で裁いている」


という政治学の先生の言葉は学生時代の私に衝撃だったなぁ。

 このあたりの話は神戸教授に語らせよう。

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