アンジェラ取締役のCEOへの道 その2

「少し気になる所がある」


 一条CEOが目を閉じて、思考をまとめながら呟く。

 それは、ある意味日本企業らしい横並びの弊害だった。


「多分、君の規模だと、他の金融機関にバレる。

 おそらくは、ロシア国債の引受時と同じ形で他の金融機関も食い付くだろう。

 他の金融機関は君みたいに慎みはないが、それについてどう考えているのか?」


 現実でサブプライム問題に日本金融機関が絡めなかったのは、その時の日本が不良債権処理に手一杯で絡めなかったのと、一条みたいに土地で痛い目を見た連中が金融機関のトップに立っていたからである。

 だが、私の居るこの現実では、桂華金融ホールディングスを始めとしたいくつかの金融機関が不良債権処理を終わらせており、さらなる地獄に足を突っ込みかねない懸念を一条は表明したのだ。

 アンジェラは、とても綺麗かつ冷酷な笑みで一言。


「もちろん歓迎しますわ♪

 そうして、致命傷を受けた金融機関を今までのように桂華金融ホールディングスが食べればいいじゃないですか。

 一条CEOがかつて目指していた、世界と戦えるメガバンクが出来上がります」


 発想が違う。

 サブプライムローンだけでも吐き気を催す邪悪さがあるが、その徹底した合理主義と貪欲な資本の論理に私と一条は返す言葉がない。

 アンジェラはこのサブプライムローンが爆弾であることを理解した上で、他の金融機関が食い付いて爆発する事を狙っている。

 そして、破綻寸前のその金融機関を『傷が浅い』桂華金融ホールディングスが食べると。

 一条を見ると彼は天井を見上げて嘆息している。

 多分、地銀出身のドサ回りとウォール街のエリートとの差をはっきりとここで感じているのだろう。


「近く桂華金融ホールディングスは東証に上場する予定ですが、そうなると必然的に株主への配慮と株価維持の経営が求められるでしょう。

 同時に、日本金融機関再生の象徴として、振る舞うことを市場と政府は求めるでしょう。

 日本のメガバンクから世界のメガバンクへ。

 そのためには、今の規模ではだめでしょう。

 だったら、食べるしかないじゃないですか」


 なんとなく思い出す。

 バブル時の日本金融機関は米国にというかウォール街にハメられたという陰謀論を。

 それを今は笑えない。

 その陰謀論ではなく、徹底した利己主義、合理主義から来る冷酷かつ非情な決断を躊躇うことなく行使できる精神、そんな連中が摩天楼から世界を操るウォール街という魔都の怖さを。

 アンジェラが私を見る。

 笑顔なのに、その視線から顔をそらしてしまった私が言う。


「ねぇ。アンジェラ。

 聞かせて。

 このプラン、米国政府のオーダーなの?

 それともアンジェラ自身の野心なの?」


「そうですね。

 米国政府のオーダーも入っている事は入っています。

 世界規模のメガバンクになれば、その資本構成はこの国だけで賄えないでしょうし、この国の金融システムにウォール街の論理を教えてやれというのが私へのオーダーですから」


 上場する桂華金融ホールディングスは、その売却益を代償に桂華グループの株主比率は下げられる予定である。

 そこに外資が付け込むチャンスが生まれるのだ。


「時価会計の導入で不良債権処理は最終章に入りました。

 うち以外は再度評価損を出すでしょうが、帝都岩崎銀行や二木淀屋橋銀行は大丈夫でしょう。

 ですが、穂波銀行と五和尾三銀行は耐えきれないと見ています。

 どちらか、もしくは両方共が桂華金融ホールディングスに駆け込むと思います」


 この世界の日本の不良債権処理は、桂華ルールによってついに護送船団が崩れなかった。

 だが、この桂華ルールにも一つ欠点があり、合併時にかなりの資金を新銀行に資本注入をしなければならないのだ。

 それを私は非常時を盾にムーンライトファンドを使って桂華金融ホールディングスに注ぎ続けたのだが、株式公開された新生桂華金融ホールディングスにその手法を使えるかどうかは難しい所だ。

 というか、恋住政権というか武永金融担当大臣がそれを許すとは思えない。

 なぜならば、一つ隠れた優良金融機関の存在があるからだ。


 郵便貯金。


 この頃から、郵政民営化は不良債権処理とリンクし、政治の駒として登場する。

 それは偶然か意図されたものかは私には分からない。


「なるほど。

 そこで外資から第三者割当増資をという訳ですか」


「その通りです。

 桂華金融ホールディングスを使って、外資に門戸を開く。

 中々いいシナリオでしょう?」


 一条の納得の声に、アンジェラが嬉しそうに手を叩く。

 あれ?

 おかしいぞ?


「ちょっと待って。

 サブプライムローンは、2008年までは大丈夫とアンジェラ自身は言っていたわよね。

 この爆弾が炸裂するのは、米国政府のオーダーじゃないの?」


 キョトンとするアンジェラ。

 というか、キョトンとしたいのはこっちである。

 文化的背景がこうも違うから、同じ言葉を言っているはずなのに、こうも伝わらない。


「炸裂した爆弾にウォール街が吹っ飛ばされるのはウォール街の自業自得じゃないですか。

 というか、お嬢様らしくないですね。

 どうしました?」


 いや、首をかしげないで。

 本気で理解できないから。


「私は、サブプライムローンが爆発するのは2009年と判断しています。

 まぁ、少し早いですけど、お嬢様なら成年として振る舞えるでしょう」


 だから何を言っているという顔で私と一条が見ているので、アンジェラが信じられないような顔でやっと確認を取った。


「え?

 しないんですか?

 空売り?」


「アンジェラ。

 あんた私を何だと思っているのよ……」


 私が激怒しているのにアンジェラはそれを冗談だと捉えて、その一言で私の怒りを吹き飛ばす。

 なるほど。

 アンジェラのこの仕掛けは、全部私へのパスだったと。

 アンジェラの忠誠と信頼はちゃんと築けてたらしい。

 方向が壮絶にずれているのだけど。


「ミダス王の生まれ変わり」




────────────────────────────────


アンジェラ「核地雷で吹き飛んでも、うちは助かりますよ♪」

瑠奈「地球破壊爆弾なんだよなぁ……これ……」


感想見てつい思いついたネタ。

ネタ提供感謝


アンジェラ「米国政府のオーダーもあるし、お嬢様への恩もある……そうだ。全部ふっとばしてお嬢様に買わせましょう♪」


瑠奈「お前、私を打ち出の小槌か何かと思っていないか……」<<ウォール街の富数百億ドルを吹き飛ばして、三百五十億ドルもの金をかき集めた小学生



郵便貯金

 ゆうちょが何処かの銀行を買うという話はこの頃からまことしやかに流れては消えてゆく。

 今でもみずほ銀行をゆうちょ銀行が買うなんて噂話が……


本業だとおちゃめなアンジェラさん

 映画『マージン・コール』。

 これを見て、ウォール街の連中の人でなしさをたっぷりと理解した。

 なお、マージン・コールとは、FXで良く聞かれる言葉で、ロスカット(損失によって保証金が不足するのでポジションが強制決済させる)の前に、保証金を増やしてくれという通知の事である。

 なお、この映画を見た後で、映画『マネー・ショート』を見ると、その人でなしさが本当によく分かる。


2009年破綻

 GMことゼネラル・モーターズ破綻。

 つまり、アンジェラはサブプライム層のカーローン破綻が先に来て、その後に住宅ローンが破綻すると読んでいた。

 現実は、住宅ローンが破綻し、その大火事が炎上する形でGMが力尽きる。


ミダス王

 触ったものを黄金に変える手を持つ王様。

 これを書くために確認したけど、『王様の耳はロバの耳』のモデルでもあるらしい。

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