メイド派遣会社裏話

「ねぇ。

 何か上に挙げるアイデア無いかな?」


 一条絵梨花と船上庄忍は友人である。

 九段下の桂華タワーが仕事先という事もあり、そこの社員食堂で愚痴混じりの夕食で話に花が咲く。


「また何で?

 ムーンライトファンドはお嬢様の中核事業だから、人事異動とかはなかったはずでしょう?」


 一条絵梨花はある種のコネ入社枠に対して、船上庄忍は帝大経済学部卒業の才女である。

 船上庄忍はムーンライトファンドを統括する執行役員岡崎祐一の抜擢を受けてムーンライトファンドに引っ張られたのに対して、一条絵梨花はお嬢様付きメイドとしてお嬢様の指示をムーンライトファンドに届ける連絡役を仰せつかっていた。

 彼女たちの縁はそんな所から始まっている。


「今、桂華グループ内部で大規模な事業再編が進んでいるのは知っているでしょう?」


「たしか、一番の修羅場が赤松商事を母体にした桂華商事だっけ?

 本社ビルを新しく建てないとってお嬢様が頭を抱えたやつ」


 バブルの遺産という訳ではないが、不良債権処理過程で桂華グループは結構都内に有望な土地を抱えていた。

 そんな土地の再利用の一環として、桂華商事本社ビル建設が持ち上がっていたのである。


「それ。

 あまりにも事業と取引先企業を抱えていて、再編のためにも一度でかい箱を用意するって訳」


 片付けの極意は、片付けるスペースと同じだけの空き地を用意して、一度全部移してしまうことだ。

 それを会社でしなければならないぐらい、出来上がる桂華商事は多岐にビジネスが広がり過ぎていたのである。

 そんな前置きを置いて、船上庄忍は本題に入る。


「で、必然的にリストラをするのだけど、整理統廃合の先を社内で大々的に求めているのよ。

 基本、首切りは避けたいというお嬢様の意向もあるけど、そのためには新規ビジネスをかなりやらないときついのよねー」


 総合商社社員というのは究極のゼネラリストである。

 彼らが基本ビジネスを一人でこなす事を求められるのは、世界各地に物を買い、物を売りに行った総合商社のDNAなのかもしれない。

 そんな訳で、船上庄忍の話は続く。


「で、そんなビジネスのネタを探しているって訳」


「そんな事言われても、これから更に人が減っていくのは確定なんでしょう?」


 一条絵梨花の指摘は的を射ていた。

 秋に発足した桂華電機連合に一括受注という形で、桂華金融ホールディングス・桂華鉄道・帝西百貨店・桂華商事のIT推進を決定したばかりである。

 これは桂華電機連合への売上貢献というのと同時に、各社のIT促進でさらなる人減らしが進むことを意味していた。

 お嬢様こと桂華院瑠奈は人減らしのリストラについては厳禁していた事もあって、各社人がだぶついており、新人入社を絞って対応していたから組織人員の年齢構成が歪んでなんらかの対処を迫られていたのである。

 つまり、新規事業というのは、これらのだぶついた人員のリストラであり、お嬢様を説得する手段という訳である。


「帝西百貨店はコンビニ事業の拡大で余剰人員を埋めているわ。

 それに合わせた物流の再構築も進めているけど、これは桂華商事の主力事業の一つになるかもね」


 他所がフランチャイズでコンビニ事業を進めている中、帝西百貨店は本部直轄でコンビニ建設を進めていた。

 他社コンビニの買収も視野に入れるが、背景に余剰人員の整理というのがあるからコンビニ事業の売上は急拡大しているのに対して、人件費は他社コンビニより高くなっている。

 それでも、フランチャイズ契約のトラブルが格段に少ないのと店舗展開が遅いのを考えたら痛し痒しなのだが。


「資源事業はどうなの?

 今のムーンライトファンドは、ITより資源で稼いでいるでしょう?」


 一条絵梨花の疑問に、船上庄忍は少し声を落として答える。

 いくら桂華グループの本拠とは言え、あまり大声で話していい話ではない。


「まぁね。

 こういう言い方は悪いけど、資源がある限り桂華グループは盤石よね。

 本当、お嬢様の先見の明に脱帽するわ」


 ムーンライトファンドに居たからこそ船上庄忍はビジネスサイドからお嬢様の企みを知り、お嬢様の側に控えていたからこそ一条絵梨花はお嬢様のメンタルが壊れた理由を知る事になった。

 そこから見えるのは、血を金に変える錬金術のおぞましさ。


「うちのボスでも躊躇った戦争ビジネス。

 そのまま進めていれば、数百億ドルの利益が転がり込んでいたそうよ。

 かけた費用分のリターンは回収したけど、あれはやばいわ」


「『戦争は最高の消費行為』って誰の言葉だっけ?」


 二人してため息をつく。

 それでも、お嬢様に血を浴びせない所まで引っ張り上げたのみで、ビジネスそのものは未だ継続されているあたり業が深い。


「ペルシャ湾向けの物流網構築は早くから動いていたので、そのまま継続されるわ。

 政府指定の荷の中身は何なのかわからないけど知らぬ存ぜぬがギリギリの妥協線。

 お嬢様の先見の明が尖すぎて現場から猛反対を食らうなんてね」


 イラク戦争にひた走っていた米国国防総省は、それの準備をしていたお嬢様の指示で構築されていた物流網とPMCの完璧な整備ぶりに狂喜した。

 そして、そのお嬢様に血を浴びせないようにという米国国務省側主導の大人の配慮に納得しつつも、このお嬢様の準備を手放すことを拒否したのである。

 同時多発テロの報告でお嬢様が広告塔になっているのは国務省側の仕掛けであり、お嬢様の物流網の使用に固執しているのは国防総省。

 国防総省と国務省は米国の巨大官庁であり、それぞれの長官が大物だった為に内部で対立が発生していた。


「やめやめ。

 食事時にする話じゃないわ。

 戻すけど、何かいいアイデア無いかな?」


「アイデアってただのメイドに何を期待しているのよー!」


「貴方ただのメイドって……待てよ……」


「もしもし?

 おーい!

 船上庄さーん!!」


 後日。

 人材派遣業の企画書が提出されたが、そのコンセプトは『メイド派遣サービス』になっていた。

 一条絵梨花経由でこの企画書を知ったお嬢様がゴーサインを出し、『桂華メイドサービス』が正式稼働する。

 単身派遣では値切られるからと、一つの職場に三人派遣を基本とし代金は2.7人の人件費分で、中抜きは基本無しで、同業他社と比べて待遇と保護に力を入れることに。

 飲食業へのウェイトレス派遣から、看護師、水商売、護衛用メイドの派遣まで手広くやってしまい、めでたくジャパニーズメイドというものが確立するのだが、そんな未来を彼女たちは知らない。




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5/10がメイドの日だったので


戦争は最高の消費行為

 軍事ケインズ主義。

 wikiからになるが、

『戦争を頻繁に行うことを公共政策の要とし、武器や軍需品に巨額の支出を行い、巨大な常備軍を持つことによって豊かな資本主義社会を永久に持続させられるとの主張』


国防総省VS国務省

 現実ではフランスの反対で国連決議がポシャり、それが国務長官の失脚に繋がってゆく。


メイド派遣会社

 なお、この時期に労働者派遣法が改正されてその波に乗る形になるのだが、これが悪名高い派遣切りに繋がってゆく。

 瑠奈の前世がこれで痛い目を見ている設定。

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