剣道大会 小学生の部 その3
「始め!」
最初の一撃は高橋鑑子さんの方が速かった。
振り上げられた竹刀は面を狙い、こちらの小手が間に合わないと判断した私は竹刀でその面を防ぐ。
竹刀が交差し、私達も入れ替わる。
重たい。
その一撃の重さが純粋な力量差を見せつけてくれる。
とはいえ、勝ち目が無い訳ではない。
互いに声を出して二撃目が繰り出される。
鑑子さんが狙うのはまた面。
ならばこちらは胴を狙……っ!?
走った悪寒に従って前に出て面を受ける。
竹刀のうち、打突部と定められた部分が面に当たらなければ、一本は取られない。
私は自ら突っ込み、その打突部より鍔元側を面に受けることで一本を避けたのだ。
旗は動かないが防具越しにも痛いぞ。この面は。
「……っ!」
「……」
面越しだが、鑑子さんが笑ったのを感じた。
胴を狙う場合、必然的に竹刀を下げる必要がある。
つまり、面ががら空きになる。
同じく、面を狙う場合胴ががら空きになるのだが、さっき食らった竹刀は録画して見せてくれた鑑子さんの竹刀より明らかに速かった。
こっちのメタを逆手に取った?
いや。
練習と本気で差があるだけの事なのだろう。
間合いを測りながら次の手を考える。
剣道というかほとんどの武道に通じるのだが、間合いの把握がどれだけできるかで勝負が決まる。
そして、拳一つの身長差はこういう時にその間合いの長さとなって現れる。
鑑子さんの打ち込みを足で躱す。
「場外!
もとに戻りなさい」
追い込まれた私は急場しのぎという形で場外に逃れる。
明らかな不利条件になるが、逃れざるをえなかったのだ。
それを許容しても、互いに中央からの再開に勝機をかける。
狙いは、小手。
最速の動きで、鑑子さんの小手を叩くべく私は体を少し沈めて再開の声を待つ。
「始め!」
その声と共に私は突っ込み、その竹刀が鑑子さんの小手に当たらずに下にすり抜けた。
下がった!?
ここまでで私が晒したのは、私の間合いと私の足の移動範囲。
最初の交差でそこまで読まれて、間合いギリギリで後退した鑑子さんの眼の前には、竹刀の下がった私の面が。
「めーーーーーーん!」
最初の一本の旗は鑑子さんに上がる。
頭を打たれた痛みが私を冷静にさせる。
追い込まれたからと言って、呼吸を乱したら負けである。
深呼吸を行って、意識した上で鑑子さんを眺める。
型から見る鑑子さんも一本を取っているのに浮かれる様子も無い。
確実に私にとどめを、更に一本を取りに来ているのが分かった。
「二本目!
始め!!」
互いに竹刀が交わり、つばぜり合いになるが、そこで押し負ける。
体格の差というのは当然体重にも現れる訳で、女性としてはアピールポイントである軽い体重もこういう場所では不利になる。
押し込まれた私を鑑子さんの竹刀が襲い、それを私は脚さばきで避け一気に距離を取る。
湧き上がる歓声。
面の中で吐く息だけが大きく耳に入る。
こっちが離れたのに、鑑子さんは私を追わなかった。
互いに中央に戻り、また互いに機を狙う。
狙うは再度小手。
こっちの間合いと足回りを読まれているので、同じ手はしないという読みである。
一気に足を踏み込んで鑑子さんの小手を狙うが、対応してきて鑑子さんはギリギリで下がる。
そのまま勢いを付けてつばぜり合いに持ち込むが、今度はこっちが勢いを付けた分押し下げる事ができた。
そこを下がってこっちの間合いに竹刀を入れる。
「こてーーーーーーっ!」
私の方に旗が上がり、一本取り返す。
下がり小手。
結構狙うのは難しいが、足回りと後の先を狙うならと密かに訓練していた技が本番で出せたことに私はほっとする所を、頭を振って気を引き締める。
これで一対一。
三本目が待っているのだ。
先ほどと同じく悠然と鑑子さんが構える。
私も構えてその声を待った。
「三本目!
始め!!」
試合が終わり礼をして下がると、カメラが向けられる。
誰だこいつと思う前に、マイクも向けられて彼らの自己紹介と質問がやってくる。
週刊誌の名前だが、その親会社は大手出版社の記者である。
「帝国芸能の者です。
桂華院瑠奈さん。
準優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます。
とはいえ、判定で負けた身ですから、敗者は黙して語らずという気分ですが」
「それでは取材になりませんよ。
貴方はモデルとして、オペラ歌手として、最近ではTVタレントとして活躍し、桂華院公爵家の息女として地位も、桂華グループの財も持っているお方。
陸上では都の大会で優勝しており、それにも拘わらず多くの資格を取り、大卒の資格も狙うという文武両道の平成のクレオパトラだ。
そんな貴方に土を付けた高橋鑑子さんとはご友人とか?」
橘がこのイエロー・ジャーナリズムを排除しないというか排除できない理由が、この時期のマスコミの強さにあった。
メディアの強さがスポンサーを凌駕していた時代だからこそ、彼らを敵には回せない。
特に、現政権から敵視されている現状では、ある程度のおべっかと大衆向けの息抜きは必要経費である。
もちろん、彼らとて格好の取材材料を逃したくないから、橘と取引して記者クラブみたいな形を作りあげている。
この映像や写真とインタビューは、同時に他社にも回させるという訳だ。
「剣の違いで負けました。
慣れないことはするものではないですね」
「剣の違いですか?」
記者が首をかしげるのを横に、私は面を外して手ぬぐいをとって己の金髪を晒す。
格好のシャッターチャンスを与えたので、後は適当に言葉を言ってお引取り願おう。
「ええ。
私の剣は護身用から始まっているので、『負けない』を最優先しています。
相手の、高橋さんの剣は、武道を極めるものよろしく『勝つ事』によって作られた剣。
判定に持ち込まれた時に負けたと悟りましたわ」
「なるほど。
貴方の進路については色々と噂が飛び交っていますが、剣の道を極めるという可能性は?」
「どうでしょうね?
とりあえず、義務教育である帝都学習館学園の中等部に進みますよ」
ここで、控えていたメイドのアニーシャが手を出してここまでという合図を送ると、彼らもおとなしく去ってくれる。
負けたこともあって、芸能記事の枠記事程度のネタになるだろう。
「桂華院さん」
声の方に振り向くと高橋さんが居た。
すごくいい笑顔だった。
「また試合をしましょうね♪」
「え?
いやですよ。
負けますし」
その時の鑑子さんの顔がおかしくて、笑ってしまったのを誰が責められようか。
なお、その写真も取られていたらしく、『決闘に負けたお嬢様再戦を断る』なんて見出しで芸能記事の端っこに写真と共に掲載される事になった。
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この時期のマスコミ
本当に強くて、スポンサーすら振り回せる力があったから、おっかなびっくりの対策に各社は追われていた。
あくまでフィクションだが、一地方都市の社会問題にある企業が絡んでいた件で運動側として参加していたのだが、その取材に来ていた一地方紙の記者が平然と「奴ら潰しちゃいましょう」と言い放ち、味方側である私の背筋が寒くなったという嘘話をここで披露しておく。
この怖さが今の世代に伝わりにくくなって時代は変わったのだなと本当に思う今日このごろ。
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