剣道大会 小学生の部 その2
「なぁ。裕次郎。
どっちが勝つと思う?」
応援に来ていた帝亜栄一は、隣にいた剣道部員の泉川裕次郎に尋ねる。
泉川裕次郎はその問いに答えずに、学校道場でのこんなエピソードを披露する。
「たしか、剣道全否定の話は桂華院さんから聞いたと思うけど、そもそも剣道って何だと思う?」
「字面から考えると、『剣の道』だろう?」
横から口を挟んだのは後藤光也。
それに泉川裕次郎が頷く。
「そう。
『道』なんだよ。
剣を通じて、生き方を探す。
元々は大陸の哲学から来ていて、色々あるけど今はそんな解釈でいいと思う。
『礼に始まり礼に終わる』なんてのはまさに剣道の『道』の真骨頂だろうね」
「泉川よ。
それがどう今の話と繋がるんだ?」
泉川裕次郎は会場のカメラ群に視線を向ける。
そこそこ有名人である桂華院瑠奈の剣道試合はマスコミのネタでもあり、芸能記者達が地域社会部の記者達と共にカメラを向けていた。
そんな中、メイド達が複数のカメラを構えている。
瑠奈のお付きのメイド達だろう。
もちろん、記録として残す事が目的だろうが、それだけならば複数の台数はいらない。
「桂華院さんが学んでいる東側剣道、この場合はスポーツと言った方がいいかな。
それは国威発揚の手段であり、西側との武器を使わぬ戦場の一局面だった。
つまり、現在問題になりつつある武道の勝利至上主義を最も強く意識していたのが、かの東側剣道という訳」
そこで泉川裕次郎は一息つく。
これを話さないと、彼女のエピソードが理解できないからだ。
「桂華院さんは、道場では足運びの訓練を必ずするんだよ。
しかも、その足運びは中央に行くためでなく、四隅に逃げる足運びを。
だから聞いたんだよ。
その意図を。
そしたら、彼女はこう言った。
『一本とって、時間切れまで逃げる訓練』って。
うちの道場の顧問が怒りとも呆れとも付かない顔をしていたのを覚えているよ」
複数のカメラの理由は、それによる彼女自身の画像データを取ることにある。
東側ではドーピングまでしていたこの手の分野だが、西側も科学解析などの手法で対抗していたのは言うまでもない。
つまるところ、桂華院瑠奈の剣は東西の勝利至上主義の究極系と言えるだろう。
「待て。
裕次郎。
桂華院の今までの試合は全部二本先取で勝ってきたぞ?」
「つまり、桂華院さんが本気を出す必要がない相手だったという事だよ。
彼女の剣道の本質は、徹底的な逃げにある。
もちろん、剣道は礼を重んじているから、そういう見苦しい試合を許さない。
けど、それを見苦しくなく後退する華やかさが彼女にはあるし、それを魅せる芝居もできるのが桂華院さんの厄介な所だね」
「……聞いていると、何か桂華院の剣道に批判的な気がするが?」
後藤光也の指摘に泉川裕次郎はそれを認めた。
視線は会場から逸らさずに、それを呟く。
「そうだね。
多分、ほとんどの剣道関係者が桂華院さんの剣を知れば憎悪すると思うよ。
本当にもったいないって」
だから、泉川裕次郎はこの場にて唯一人桂華院瑠奈の勝利ではなく、高橋鑑子の勝利を望んだ。
「桂華院さんが強いのは分かるけど、高橋さんってどれぐらい強いの?」
春日乃明日香が朝霧薫に話をふると、朝霧薫は頬に指を当てて首を傾けた。
応援に来たのはいいが、それほど彼女たちはルールに詳しい訳ではない。
「私にはわからないですけど、決勝まで残っているのだから強いのでしょうね」
そこに声を挟んだのは、待宵早苗。
声楽部に所属している彼女は、自分の分野だけにその強さを指摘する。
「両方ともすごい声ですから、鍛えているのでしょうね」
声というのは大声の場合、喉ではなくお腹から出す。
それを意識して出しているという事はかなりの訓練が必要なのを彼女は知っていた。
「強いなんてものじゃないわよ。
高橋さんは」
桂華院家分家筋として、つまりメイド達が何をしていたか比較的知る事ができていた華月詩織はそれを口にして、皆の注目を集める。
こうなると、続きを言わねば納得しないのでそのまま彼女は言うつもりのない続きを口にした。
「桂華院さんのメイドは、この試合の全選手のデータと試合及び訓練画像を入手、及び撮影したそうよ。
その中で、ただ一人だけ専属で対策を組んだのがあの高橋さんなのですから」
「桂華院さんは相変わらず大人げないわね……」
春日乃明日香の隣でこくこくと頷く開法院蛍。
彼女たちは桂華院瑠奈が科学とお金の力を使って、開法院蛍をかくれんぼで見付けようとした黒歴史を知っていただけに苦笑で済ませたが、他のメンツはドン引きである。
「桂華院さんはこの試合にどれだけの手間を掛けていらっしゃるのやら……」
「何しろ桂華院家の至宝ですから。
負けは絶対に許さないってメイド達は張り切っているとか」
栗森志津香の声に華月詩織が淡々と流すが、その声に感情は入っていない。
なお、友人の縁からメイドと共に高橋鑑子の道場に行き、その訓練風景を撮らせてくれと頼み込んだのが、華月詩織である。
それを高橋鑑子は笑って許可した。
「画面に撮っても分からないと思うけどね。
私の全ては試合のあの場所にあるのだから」
桂華院瑠奈は何でもできてしまう。
それを華月詩織は比較的近くで見ることができていた。
だからこそ、思ってしまう。
彼女に敗北を。
そうでないと、あまりにも世界は理不尽ではないか。
華月詩織はただ一つに打ち込んでいる高橋鑑子の勝利を密かに願った。
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北雲涼子 「実戦で使えない武術を教えるつもりはありません。そして、実戦なら何よりもお嬢様は逃げてもらわないと困るのです」
高橋鑑子「剣が泣いているぞ!死合しよう!!」
実はこの問題は柔道や空手で発生しており、オリンピックにおけるスポーツ化と勝利至上主義は結構前から話題になっていたことである。
高橋鑑子は絶対生まれる時代を間違えた系女子。
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