お嬢様の防戦 その4
夢を見た。
久しぶりに見たゲームの夢は、私が好きだったゲームの好きなシーンだった。
「何でっ!?
どうしてみんな賛成するの!?
何をしているか分かっているの!?」
高校生となった私、いや、桂華院瑠奈が会議室の中で叫ぶ。
校則改定の議題は初等部・中等部・高等部のクラス委員によって賛否が真っ二つに分かれた。
この学園特有の華族や財閥子息達が持つ特権に対し、差別的な扱いを受けてきた特待生ら多数派の不満が爆発したのだ。
その改革運動の旗頭に立ったのが小鳥遊瑞穂であり、夢だからこそ私の視野には狼狽する桂華院瑠奈が映っている。
この会議室のある校舎の周囲には特待生達が集まって声を上げていて、状況は主人公である小鳥遊瑞穂に有利になっている。
元が乙女ゲームなだけあってマルチエンディングのストーリーではあるが、高校生活三年間に渡る軸はこの特待生差別問題が中心となる。
これはその中で、桂華院瑠奈と小鳥遊瑞穂の勢力が拮抗した場合のストーリー。
「改善を約束したじゃない!
その上で色々と便宜も図ったじゃない!!
貴方も!貴方も!!貴方も!!!
私に付くと言ったあの約束は嘘だっていうの!!!」
元が特権階級である華族や財閥子息の彼らが、クラス委員なんて働かないといけない役職に就くことはそもそも無く、クラス委員は改革派特待生の牙城だった。
それを桂華院瑠奈はクラス委員として派閥を作り、切り崩し、必死に己の権益を守ろうとした。
小鳥遊瑞穂との対立は男の取り合いであると同時に立場の違いであり、主人公と悪役令嬢との違いである。
私は、このシーンが嫌いではなかった。
今だからこそ分かる。
桂華院瑠奈は華族の中でも改革派だった。
それでも、ゲームは彼女を敗者にする。
「小鳥遊委員から提案された学園校則改正案は、同数により議長に一任されます」
議長。
つまり今の言葉を言った生徒会長である帝亜栄一に。
桂華院瑠奈の顔に安堵の笑みが浮かぶ。
それはそうだ。
帝亜栄一は財閥側の人間で、桂華院瑠奈の婚約者になっているのだから。
彼が裏切るなんて彼女は考えていない。
だからこそ、帝亜栄一の言葉に虚を突かれる。
「議長権限により、この提案は可決とします」
その時の桂華院瑠奈の顔と、歓声を上げる生徒と共に笑う小鳥遊瑞穂の顔は物語のクライマックスにふさわしくはっきりと明暗が分かれていた。
だからこそ、帝亜栄一が閉会後に告げた一言が余計に耳に残る。
「桂華院。
俺もお前も、時代遅れなんだよ」
夢だからだろうか。
ストンと帝亜栄一の言葉に腑に落ちた私が居た。
そうだ。
負けるのは構わないのだ。
小鳥遊瑞穂にも、帝亜栄一にも。
恋住総一朗でも。
彼らは一流の役者であり、スターでもある。
彼ら相手に全力を尽くしてなお負けるのならば諦めもつこう。
だが、時代に負ける事だけは嫌だった。
足掻いても藻掻いても、その努力を全て無にする時代という名前の大波。
時はリーマンショック真っ只中。
財閥はこれにて力を完全に失い、華族達はもっと前に抵抗勢力としてその姿を消していた。
その抵抗勢力を叩き潰したのが、銀髪宰相こと恋住総理。
「……夢か。
いや、この生が夢なのかしら?」
目が覚めた。
私はお子様ボディで九段下桂華タワーの自室のベッドから起き上がる。
カーテンを開けると青空の下の東京が見えた。
「せめて、あの時を迎えるのならば、もう少し良い敗者を演じないとね」
私は恋住総理を決して嫌ってはいなかった。
むしろ、彼の政権時に手が抜けるとさえ思っていた。
経済的には苦しかったし、その後の未来がアレという末路を知っていたとしてもだ。
思い出だから美化されるし、縋りたくもなろう。
あの閉塞感を打ち破ってくれると、私と多くの私達が信じたあの恋住総理の抵抗勢力になる覚悟はしていたが、積極的に私個人を狙い打ちして来るとは思わなかった。
「おはようございます。お嬢様。
起きていらっしゃいますか?」
「おはよう。
今日は由香さんか。
スケジュールはどうなっていたっけ?」
「学校の後、総理官邸にて北海道親善大使として北海道物産のアピールをするようになっています」
手打ち式というやつであり、恋住総理に直に聞く格好の機会でもあった。
何が彼の逆鱗に触れたのか?
私は時代遅れなのか?
その答えはそこにあるはずだった。
「これは美味しいね。
こんな美味しいものが北海道にあるのならば、一度食べに行かないとな」
「是非いらっしゃってください。
北海道の美味が総理をお待ちしていますわ」
マスコミ相手に笑顔の仮面を被り続ける二人。
ここにあるテレビカメラや写真は芸能ニュースとして消費されるだろう。
それが終わり、マスコミを追い出した所で本題に入った。
「私、何か気に障ることをしました?」
「子供が間違った方向に行くのを止めるのが大人の仕事だよ」
「間違った?」
およそ正解最短ルートを通っていると思っていた私に、恋住総理は容赦なく言い切る。
この人は、権力者であると同時にこういう人情家の仮面を被れる。
「子供が人殺しの手伝いをしようとしている。
それを止めない大人が居ると思うのかい?」
正論である。
それ故に私は言葉に詰まる。
そんな私を見て、恋住総理は畳み掛けた。
「あのテロの時、気を失った君を抱いた時に、君の体重の軽さに驚いたものだ。
そして、こんな小さな子にこの国の、世界の運命を背負わせようとした己を罵倒したものだよ」
「それを敢えて呑んで最善の選択をするのが為政者の務めでは?」
なんとか切り出した私の反論に恋住総理は別方向から攻める。
そのロジックに私は翻弄される。
「我が国は民主主義国家だ。
少なくともこの椅子の主は、国民の多数派の総意という形になっている。
桂華院くん。
君は、私だけでなく私を選んだ国民にまで『子供に人殺しの手伝いをさせてまで国家の繁栄を望んだ』と歴史に刻ませるのかい?」
『民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが』という言葉は大英帝国宰相の言葉だったか。
ああ。畜生。
この台詞に切り返しができない。
分かっているのだ。
私がやっていることが、独裁に近い事すらも。
「……その言い方は卑怯です」
「これが大人というものだからね。
桂華院くん。
私が君に対して文句を言うならば、子供であることではないのだよ。
それが原因ではあるが、本質ではない」
「では何だって言うのです?」
憮然とする私に恋住総理は笑う。
その笑みの後、容赦ない一言に私は言葉を失うしかなかった。
「君には資格が無いと言いたいのだよ。私は」
子供だからより容赦のない一言を笑いながらこの人は告げる。
それは権力者恋住総一朗のまごうことなき一面。
「君は国会議員ではない。
公爵令嬢ではあるが、公爵ではない。
軍人でもないし、あの桂華グループを率いているのだろうが、桂華グループを代表してはいない。
その全てに代理人を置いて差配していた。
一昔前のフィクサーを思い出すよ。
そんな彼らですら、いざとなったら表に出る道は用意していた。
今の君にはそれすら無い。
だから、こういう時に裏切られる」
その言葉には凄みがあった。
魑魅魍魎が蠢く永田町の頂点に君臨したこの人は、その魑魅魍魎を相手に泣き、苦しみ、泥水をすすりながらもこの椅子に座っているのだ。
「君は、最後の最後で自ら出て、『自分を犠牲にしてこの国に繁栄を』と言うことができない。
いや、それを周りが許さない」
「ならば!
私が資格を得た時には既に遅かったなら!
没落していたらどうするのですか!!!」
激高した私の叫びも恋住総理には届かない。
いや、その叫びを過去にあげたからこそ、彼は微笑んだ。
「それでも受け止めるしかないだろう。
そうやって過去を先人達から受け取って、未来を君たちに渡すのが大人の仕事だ」
私は泣いていた。
分かっているのだ。
そして、それゆえに私達の受け取った過去がどうしようもなかったという事を私は伝えられない。
信じてもらえない。
「桂華院くん。
私は、少なくとも信じているんだよ。
この国の人達を。
変わろうと思ったこの国の民意を」
ハンカチを差し出して彼は私を慰めた。
その言葉が私に届かない事を彼は知らない。
「だから桂華院くん。
待っていてくれないか?
この国の民意に君を犠牲にして繁栄したという汚名を被せないでくれ」
こうして私は、恋住総理とすれ違った。
数日後。
私の所に、傭兵会社のCEOをしていた元湾岸戦争の英雄がやってきた。
彼の表情は怒っているようにも、悲しそうにも見えた。
アンジェラの制止を振り切って彼は私に告げる。
「ボス。
貴方には聞く義務がある話だ。
ワシントンが揉めている。
正確には国防総省と国務省がイラクについて揉めている」
それはルビコンを渡ろうとした私への罰なのかもしれない。
そして、総理を含めた大人たちがなぜ私を引き戻したのかという答えでもあった。
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冒頭の夢
元ネタ『アンジェリーク』。
あれの中間採点で主人公とライバルの神殿の数が同数の場合、守護聖達による投票によって決まる。
これ、そのまま守護聖達の好感度で左右される上に好感度の高い守護聖からは支援が得られるので、『族議員育成ネゴシエートゲーム』としてドハマリした記憶がある。
私は夢のオリヴィエ様の派閥議員で、神殿の半分以上が彼の神殿だったなぁ……
泥水をすすった恋住総理
福角戦争。
田中角栄-竹下登と続く経世会支配に対抗した、福田赳夫-安倍晋太郎と続く清和会との権力闘争。
20世紀までは経世会支配が確立したが、21世紀に入ると森-小泉と清和会の天下となる。
泉川副総理が宏池会系で、中曽根派とまぜまぜしてという所で、このあたりは挿入話でいくつかエピソードを入れる予定。
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