佳子さんのレディ講座
「お嬢様ももう小学生になったのですから、立派なレディになってくださいね」
佳子さんは時折こう言って私に促すが、そもそも立派なレディとは何だろうか?
試しに亜紀さんに聞いてみたが、彼女も首をかしげたので二人して聞いてみることにした。
「佳子さん。
そもそも立派なレディってなあに?」
佳子さんは私達の質問に少し考えて、こんな事を言った。
指を立てて微笑む仕草が実に様になっている。
「色々とありますけど、今のお嬢様に分かる言葉を一つ。
『欠点は許せますが、だらしなさは許しません』」
後で知ったが、この言葉は20世紀を代表するファッションデザイナーの一人であるココ・シャネルの言葉らしい。
20世紀において独立した女性というスタイルを作り出したにも関わらず、多くの男性と浮名を流したその生き方は、銀座の夜に生息していた佳子さんにとって生きる指針になったのだろう。
亜紀さんが思い出したように手をぽんと叩く。
「そういえば、メイド教育の際にそのあたり徹底して教えられた覚えが」
「ちゃんとそれが出来ているのならば、良いレディになれますよ」
佳子さんが微笑みながら言い切るが、不思議に思った私は手を上げて質問する。
「しつもーん!
だらしなくしない為にはどうしたらいいのですか?」
きっと元ネタのココ・シャネルもそう言われたかも知れない感じで佳子さんが答える。
その受け答えこそレディという見本みたいなものだった。
「この人の言葉には、こんなのもあるのですよ。
『シンプルさは全てのエレガンスの鍵』。
まずはシンプルに生きてみましょうか」
言うのは楽だが、行うのは実に難しい。
かと言ってできなければ本末転倒だが、それを佳子さんは自分なりに咀嚼して実行する所にこの人のエレガンスさがある。
「たとえば、うちのお屋敷は橘さんに頼んで、全自動の食器洗い機と乾燥機付きの洗濯機を入れているんですよ。
そうすれば、私たちの手間が少し減るでしょう♪
あと、掃除もお嬢様の居間などのプライベートな所を除いた、居間などは業者を入れています。
だって、私達で掃除をするよりもそっちの方が綺麗になるでしょう♪」
「あー」
「なるほど」
私と亜紀さんは納得して声をだす。
最初の言葉のだらしなさというのは、佳子さんにとって未決断と考えた訳だ。
女性の家事は大変だ。
炊事・洗濯・掃除とどれをとっても大仕事なのは間違いがない。
それの処理に無理があって、後回しになったり未処理になるぐらいならば、出来る人や機械にお金を払ってでも任せてしまう。
そうすれば、時間に余裕ができ、次の仕事の処理に移れるわけだ。
そういう考え方らしい。
「けど、その生き方ってお金がかかりませんか?」
当たり前のように発生する代行コストに亜紀さんが疑問の声をあげる。
私が意識を持った90年初期から、食器洗い機や乾燥機付き洗濯機を持っていたという事は、高い時期のそれらの商品を迷わず購入したという決断にも繋がっている。
シンプルさの貫徹には、決断というのが必然的に付いて回る。
佳子さんは亜紀さんの質問に、佳子さんはいたずらっぽくその答えを口にした。
「ええ。
ですからその人は、その生き方を貫くために、いっぱい働いて、いっぱいお金を稼いだんですよ♪」
佳子さんは、亜紀さんや直美さんの誕生日に香水をプレゼントしたそうだ。
それは規模が大きくなった今でも続いており、メイドたちの誕生日に安くないそれを手書きのメッセージカードを添えてプレゼントしている。
彼女の生き方のモデルとなった人のこんな言葉を添えて。
『香水を付けない女性に未来はありません』
その香水を佳子さんからもらう時、きっと私はレディになるのだろうなと思った。
それが楽しみでもあり不安でもあったが、佳子さんは私の頭をなでて微笑むだけだった。
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今回は『ココ・シャネルの言葉』(山口路子 だいわ文庫2017年)を読んでそこからネタを作った
シャネルの言葉
「醜さは許せるけど、だらしなさは絶対許せない」
「シンプルさはすべてのエレガンスの鍵」
「香水をつけない女性に未来はない」
真ん中の言葉は『ココ・シャネルの名言』 http://iyashitour.com/archives/19198/4 から。
食器洗い機と乾燥機つき洗濯機
ブレイクのきっかけとなったパナソニックの食器洗い機『キッチン愛妻号』が出たのが86年。
乾燥機付き全自動洗濯機が発売されたのが87年。
多分その初期型を迷うこと無く購入している。
九段下へ引っ越した際に最新式に更新した模様。
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