事業再編 その2

 桂華グループの事業再編作業は、以下の作業を同時並行で進められた。


1)桂華金融ホールディングス上場に備えての株式比率の調整

 機関銀行を避けるために、桂華金融ホールディングスの株式は50%を切る事が求められている。

 かといって全部売却した結果、こちらの統制を完全に外すという事まで政府は求めていない。

 そのため、保有株式比率は拒否権が与えられる33.4%から49.9%までの間になる。

 そして、その売却益は保有者であるムーンライトファンドが回収する事になる。


「桂華岩崎製薬が保有する5%と、ムーンライトファンドが保有する株のうち5%を桂華院家が管理する財団に寄贈します。

 次に、赤松商事と桂華鉄道がそれぞれ10%の株式をムーンライトファンドより購入します。

 これで30%。

 ムーンライトファンド保有分を19.9%として、残りを株式公開後に市場に売却する事にします」


 政府の求める株式公開とこちらの絶対条件である桂華金融ホールディングスの支配の妥協線として一条が提示したそれを私、橘、アンジェラ、清麻呂義父様、仲麻呂お兄様の六人が確認して了承する。

 この売却で、数兆のリターンを得ることが確定しているが、その金は鉄道事業などへの支払いに使われる予定である。

 金融危機から必死に不良債権と戦い続けたリターンとしては多いのか少ないのかは私には分からないが、半分手を離すことで、桂華金融ホールディングスが一歩普通の会社として進もうとしているのを感じざるを得なかった。

 だから、こんな話も出てくる。


「アンジェラさん。

 桂華金融ホールディングスの社外取締役に就任していただけませんか?」


「私ですか?」


「私の欲というか夢というか、そんなものです。

 お嬢様が造り出したムーンライトファンド。

 あれは日本では絶対できなかったものです。

 日本初の投資銀行。

 そんなものができたらと」


 桂華金融ホールディングスが機関銀行と叩かれるのは、私の巨額収益が全てを支えていたという背景があったからだ。

 それが無くなると不良債権も無いが、稼ぎの柱も無くなってしまう。

 一応国債を中心とした安定資産で黒字は出せるが、世界と戦える金融機関と呼ぶには攻めが足りなかった。


「つまり、証券と保険部門のテコ入れを私にさせると?」


「近畿から東については都市銀行だけでなく地銀も食べたのである程度の地盤が構築されています。

 これから地銀が駆け込んでくるでしょうから、全国規模のリテールバンクとしては十分にやっていけるでしょう。

 ネットバンクにも手を出して決済機関としても評価は上々みたいですし。

 多分、私の仕事はここまででしょうね。

 ついに、後継者を見付けられませんでしたよ」


 一条は少しだけ寂しそうに笑う。

 株式公開後に代表取締役は手放すつもりは無いが会長に上がり、絶賛派閥抗争真っ只中の銀行内部で勝ち残った派閥に社長職を渡す事にしたのだ。

 それだと、能力が関係ないから、せっかくくっ付けた証券と保険部門が十全に機能しない。 

 ならば、それを一番うまく扱えるアンジェラに託すというのは間違った選択ではないのだろう。

 同時に、今の橘と同じくアンジェラが私に付くのが減る事を意味する。


「瑠奈。

 この上場に合わせてだけど、私は桂華金融ホールディングスの取締役から退く事にするよ。

 政府に目を付けられたくないのと、中で刺されかねないからね」


 仲麻呂お兄様が淡々というか少し呆れ声で手を引くことを告げる。

 結局、一条の後釜を巡っての泥仕合はついに解決できず、この上場を機会に桂華院家の影響力を排除して復権したい旧都市銀行系の派閥の強さに音を上げたのだ。

 飾りであり、専門知識を持ちえない仲麻呂お兄様の限界と言っていいだろう。


「今までありがとうございました。

 ですが、お兄様はこれからどうなさるので?」


「桂華岩崎製薬に戻るよ。

 そっちで頑張って、いずれは社長って所かな」


 私はちらりと清麻呂お義父様を見て言う。

 あくまでなんとなく知った風を装って。


「風のうわさですが、製薬業界では大合併を目指すみたいな話があるとか。

 でしたら、遠慮なくムーンライトファンドのお金を使って……」


「瑠奈」


 ただ一言。

 清麻呂お義父様は微笑んだ。

 それ以上何も言えない。


「それは私の仕事であり、仲麻呂の仕事だよ。

 全部に手を口を出していたら、瑠奈の時間が無くなってしまう。

 元々そういう話から始まったのじゃないかな?」


 はっとする私。

 顔が赤くなるのが分かる。

 いかんいかん。

 こんなに自然に手と口を出していたのか。私は。


「はい。

 差し出がましいことを言ってしまいました。

 申し訳ございません」


「父上。

 瑠奈の気遣いをそんなに責めないでください。

 たしかに買収なり合併なりの話が来ているのは事実だ。

 必要になったら、頼らせてもらうよ」


 仲麻呂お兄様のフォローに私は苦笑するしかなかった。




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財団

 米国等の金持ちがよくやる手法で、財団に財産を移してその職員として一族が就職したりしている。

 ムーンライトファンドも最終的には財団化する方向になるかなぁ? 

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