事業再編 その1
「じゃあ、報告して頂戴」
私が会議室にて声をだすと、初老の男性が申し訳無さそうな声で報告を始めた。
子供相手とはいえ、実質的なオーナーを前に赤字決算を報告するのはつらいだろう。
特に、大赤字の果てに先の見えない状況というのだから。
「はい。
AIRHOの2001年度決算は74億円の赤字を計上。
現在、第1四半期の決算も赤字を見込んでおり……」
あのテロの後だけあって、客足が戻っていない航空業界はどこも赤字に苦しんでいた。
その落ち込みは2002年第1四半期でも容赦なく襲って、この緊急会議と相成った。
「世界的な旅行需要の落ち込みも激しく、AIRHOの赤字をなんとかしないと桂華ホテルグループ単体での決算も赤字の可能性が……」
これだけ組織が大きくなると当然派閥というものが出来るわけで、特に極東ホテルの流れを組む桂華ホテルグループは、ムーンライトファンドを抱える桂華金融ホールディングスと共に古く、九段下桂華タワーの管理や私の最初の直轄事業というプライドもあった為になんとかこの赤字を回避しようと努力したのに、こうして私の前で赤字報告をしかねないという事で緊急経営会議を開く羽目に。
「で、概算でいいけど、どれぐらいの赤字を見込んでいるわけ?」
私の質問にホテルグループ経営者が汗をかきながら答えた。
その数字は、たしかに私を呼んで頭を下げるのにふさわしい数字だった。
「AIRHOの第1四半期は22億円の赤字。
ホテル部門の第1四半期が18億円の黒字で、このペースだとAIRHOの2002年決算は88億円の赤字、ホテル部門の2002年決算が72億円の黒字なので16億円の赤字となります」
さっと他の子会社の決算も確認する。
九段下桂華タワーをはじめ黒字を出している企業が殆どではあるが、その黒字額は2001年の半分以下に落ち込むことが予想されていた。
「ワールドカップの需要では駄目なの?」
「その需要である程度は回復するとは思いますが、極東系の主力ホテルはそろそろ老朽化もあって建て替えも考えねばならず、その建て替え費用の計上ができません」
建て替えともなると銀行から借りるのだが、今は桂華金融ホールディングスに頼めばいいという安心感があるとはいえ、その借入のためにも身奇麗にしておきたかった。
ホテルグループ単体ではAIRHOを維持することができない。
まだ黒が出ている内に切り離したいというのがこの会議の結論だった。
「いかがでしたか?」
会議が終わった後、控えていた橘が口を出す。
今の橘は桂華鉄道の社長をしており、桂華ホテルグループとしてはAIRHOをそちらに押し付けたいので会議の出席を遠慮してもらったという経緯がある。
これも組織が肥大化したデメリットなのだろう。
「ホテル側はAIRHOを切り離したくて仕方ないみたい。
あれの赤字だけでホテルグループの黒字を食い潰しかねないから分からないではないけどね」
「では、まことしやかに囁かれている持株会社化を考えますか?」
組織の肥大化に対して、指揮系統の立て直しは焦眉の急と目されていた。
何しろ現在の桂華グループは、私を頂点としたワンマン企業でしかないのだから。
そして私は黒字である限り口を出さない『君臨すれども統治せず』スタイルを基本貫いている。
桂華院家からの指揮統制が持たないのはある意味当然だった。最初から放棄しているのだから。
「持ち株会社化してそこから統制する事を考えてはいるけど、それを皆がまことしやかに語る理由が見えないのよね。
そんなに気にする事なの?」
「ええ。
政府は桂華グループの解体と再編を考えていますから」
今の桂華グループの中核企業は桂華金融ホールディングスである。
ここに桂華グループの株式を集め、その配当も利益に計上していたのだが、同時に私が派手に行っている鉄道事業の財布としても機能していた。
また、ムーンライトファンドの利益を国内に持ち込む仕掛けの終点でもある。政府からの圧力によって桂華金融ホールディングスの株式を公開、例えば49%売却すると数兆の利益の代償に、これらの仕掛けが使えなくなる事を意味していた。その前に別の持ち株会社を作り株式をそちらに移すことで指揮統制をしっかりさせると同時にこれらの仕掛けを継続させるのを望んでいる、というわけか。
「我々は大きくなりすぎました。
大きくなった以上、それ相応の形を整えろということです。
今の状況だと、お嬢様に報告しないと何も決まりませんから」
それは、先ほどみたいな会議に参加するのを延々と桂華グループ全企業でせねばならないという事で。
学校なんて行けないような会議漬けの日々を意味していた。
社長会である鳥風会はあくまで親睦会だから、意思決定力に欠ける。
グループの本流である桂華岩崎製薬では、岩崎財閥入りもしたために他の会社に口を出せない。
「そうなると、赤松商事か橘の鉄道が中核となるけど良い訳?」
「むしろそうして欲しいと言っているのです。
桂華電機連合ができる前に」
私が強引に周囲から目を付けられる事を分かった上で作り出した桂華電機連合。
その会社が稼働するのが今年の秋だ。
そして、あまりにもでかい企業ゆえに、他の会社が怯えているのだ。
「かのCEOとお嬢様は話が合ったみたいですが、かの女史が本物だからこそいずれ桂華グループの経営実態を知って口を出すかも知れません。
皆はそれを恐れているのです」
向こうの経営は選択と集中が基本になっており、桂華グループみたいな雑多かつごちゃまぜな経営はスピンアウトの対象となる。
収益の悪い企業、コア事業から見て関連の薄い所詮要らない企業を売り払いそのお金でコア事業を強化するのがスピンアウトで、アメリカでは良く行われている。それを恐れているのだろう。
「独立できたら経営の自由が与えられるのに、なんでそれを選ばないのかしら?」
私のぼやきに橘が苦笑して言った。
「それは、お嬢様が会社にとって都合が良い頭だからですよ。
君臨すれども統治せず、それでいて雇用は守ってくださり業績を向上させる道筋も指示してくれるから言うことを聞いていれば失敗は少ない。寄らば大樹の陰といいますが巨大な桂華グループに所属しているという安心感もある。ですがそろそろ終わりにしないといけません。
我々のためにも、お嬢様のためにも」
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四半期決算
1年を4期に分け、3か月ごとに企業が公表する決算。
細かい目で経営を見ることができるのと裏返しに目先のことしか見えないというデメリットも有る。
欧米の企業はこの四半期決算を重視している。
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