お嬢様の逆襲 その4

『経営不振が囁かれていた米国パソコンメーカーのポータコンがシリコンバレーのファンドであるムーンライトファンド傘下に入ったことを発表した。

 ポータコンは米国PCメーカー第二位だが、近年は経営不振でITバブル崩壊の波に飲まれて苦境に立たされていた。

 起死回生の一手として同業他社との合併に望みをかけたが、委任状争奪戦で大敗した結果合併は白紙に。

 米長距離通信事業WCI社のチャプター11表明でナスダックが総崩れとなった中、資金繰りが悪化しムーンライトファンドに駆け込む形となった。

 買収金額は145億ドル。

 ムーンライトファンドは日系財閥桂華グループが抱えるファンドで、シリコンバレーに本拠を置きIT投資で財を成し、近年は原油を中心とした資源ビジネスに注力している。

 傘下企業の一つである四洋電機はメモリと電池と小型液晶に強みがあり、ポータコンはノートパソコンを中心に直販体制を立て直して事業の再構築を……』


 大崩壊のニューヨーク市場で明るい話題となったポータコン救済。

 相場が相場なのでバーゲンセールで購入できたのだが、これは仕掛けの途中である。

 そんな仕掛けの最終局面に登場するだろう女性が、九段下桂華タワーの一階にある喫茶店『ヴェスナー』でコーヒーを堪能していた。


「おまたせしました。

 カリン・ビオラさん」


「はじめまして。

 小さな女王陛下。

 貴方の偉業はシリコンバレーでも話題でしたのよ」


 『ヴェスナー』の室内は常連客で埋まっている。

 わざわざここで面接をと思ったのは、彼女の人となりを知りたかったからだ。

 なお、この『ヴェスナー』の常連とは、大きなお友だちと強面のカタギに見えない外国人と、そんなの関係なしにスイーツを堪能するスイーツ系女子達である。

 うん。

 実にカオスだ。

 まぁ、ここはVIP席として少し離れているのだが。


「で、私にオファーという事でしたが、買収したポータコンのCEOでもしろという事でしょうか?」


 それだったら皮肉極まりないので、断る気満々なのが分かっていたからこそ、こういうカオスな場で空気を変えようという配慮というかいたずら心を出してみたのである。

 鉄の女相手に見事に失敗したが。


「もうちょっとよい席を用意できたらとは思っています。

 私が狙うのは、日本コンピューター産業の再編です」


「また大きく出られましたね」


「日本のパソコン市場は家電店を中心とした小売店で店頭販売されるメーカー品が主流で、そのために単価が下げられないというデメリットがあります。

 このままでは直販の低価格ブランドがシェアを伸ばしたときにやられるでしょう。

 その前に規模を大きくして、コストを下げる必要がありました」


 一旦言葉を区切った私はグレープジュースを口に含む。

 私が利用するので、グレープジュースは常備している。


「つまり、ポータコンを使って、その直販で日本市場を攻略すると?」

「私が持つ企業に四洋電機がありますが、この会社はIT産業のサプライメーカーとして大量供給が出来る用意があります。

 日本市場における直販体制はかなり整えました。価格はまだ下げられます」


 そこで今度は生クリームたっぷりのいちごのショートケーキをぱくり。

 今更感があるが、小学生がする会話じゃないな。これは。


「そして、本命は携帯電話です。

 その技術を確保しています。

 日米でそのすり合わせをして、世界に通用するものを作ってほしいのです」


 時計を見る。

 そろそろ時間だな。

 メイドに指示を出して、TVをニュースに合わせる。


『15時のニュースです。

 巨大コンピューター企業が誕生しました。

 今日午後、古川通信と四洋電機は共同で記者会見を行い、経営統合を発表。

 また、ムーンライトファンドより米パソコン企業ポータコンを買収する事も発表し、日米にまたがる巨大コンピューター企業が誕生する事になります。

 具体的な話は今後詰めるという事ですが……』


「現在桂華グループで、古川通信35%、四洋電機50%の株式を保有しています。

 合併比率にもよるでしょうが、この合併企業の持ち株比率が三割を下回ることは無いでしょう」


 私の声は次のニュースと共に途切れた。

 古川通信35%を私に売った帝国電話が手を仕掛けてきたからだ。


『帝国電話が米WCI社救済に名乗りを上げました。

 先に破綻した米WCI社は不正会計で巨額の損失を計上していましたが、全米第二位の長距離通信網を保有しており、ナスダックを始めとするIT企業の経営不安がささやかれる中、「この会社の救済に名乗り出たことを歓迎する」と大統領報道官はコメントを発表。

 ナスダックの時間外市場ではこの名乗りを好感して……』


「貴方に指揮を執ってもらいたいのは、この日米にまたがる巨大コンピューター企業です。

 お受けしてもらえませんか?」


 にっこりと私は微笑んで手を出した。

 その手をカリン・ビオラは強く握り返した。


「ええ。

 この会社を世界一にすればいいのね。

 お受けしましょう。ボス」

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