戦場小話

 マザーリシャリーフ空軍基地。

 アフガンに介入した米軍の拠点であり、滑走路には引っ切り無しに輸送機が着陸しては兵士と物資を降ろしてゆく。

 北部同盟軍は二手に分かれ、一軍は西部の要衝ヘラートを目指し、もう一軍は首都カブールを窺っていた。

 身分を隠さなくてもよくなった特殊部隊の方々は遠慮なく星条旗の元に戻り、それまでの身分偽装に使っていた武器や装備一式は『ほぼ』全部北部同盟に譲渡された。

 ほぼ、である。

 目玉の戦車大隊すら手放したのに彼らが手放さなかったもの、他の米軍にも渡さずにいたのは……食料である。

 というか、レトルトカレーとカップ麺である。

 もちろん日本製。

 最初にタジキスタンとウズベキスタンに拠点を構築していた日本の商社が、自前のPMCに食わせる分を兵器ともども米軍がまとめて買い上げたのだ。

 アフガン戦の先陣をきった特殊部隊の皆様はこの日本の狡猾な罠に見事にハマった。


「うめぇ」


 それを誰が咎められようか。

 レーションばかりで飽きるのに、お湯さえ確保できるならばこんなにも美味しい食事が用意されるのだ。

 とくにカレーは日々配給の食事にかけるだけであら不思議。豪華なディナーにと大評判だった。

 おまけに、甘口・中辛・辛口と辛さが三種類も別れているのが憎たらしい。

 カップ麺にカレーを入れるという悪魔的発明は多くの兵の魂を奪い去った。

 カップ麺も負けてはいない。


「ひもじい。寒い。もう死にたい。

 不幸はこの順番にやって来る」


 カップ麺を生み出した土地に残る言葉らしいが、温かい食事というのはどれほどモラルを回復するかの一例と言えよう。

 実際、山岳乾燥地帯であるアフガニスタンは温度差が激しく、夜は本当に寒いのだ。

 そんな中で温かい食事が食べられるという事がどれほど兵にとってありがたい事か。

 かくして、レーションの日々にレトルトカレーやカップ麺という楽しみが加わった。

 それを後から来た米軍兵士が羨ましがらない訳がない。

 この手の携帯食は、タバコや酒と同じくある種の通貨になるのだ。

 かくしてあとから来た米軍もハマった。


「うめぇ」


 そんな折に、タジキスタンとウズベキスタンに物資を集めていた日本の商社の担当から、お買い上げになった特殊部隊の兵站担当にメールが届く。

 後にそのメールを受け取った人物は、『麻薬の売人でも真似できないそのタイミングに脱帽した』と語っている。


「私物購入扱いなら送るけどどうよ?」

「OK!」


 もちろんバレて壮絶に揉めた。

 『何でお前だけいいもの食べているんだよ!』は戦場では下手すれば殺し合いに発展しかねないからだ。

 実際、カレーの奪い合いから喧嘩が発生し、その原因となったカレーを食べたMPが残した言葉が全てを物語っていた。


「うめぇ」


 日本という国の食に対する情熱を舐めていた一例と言えよう。

 若かりし頃ベトナムを経験していた米軍上層部は事情を知って、あまりのヤバさに頭を抱える。

 不味くてワンパターンな食事がどれだけ士気を蝕むか、自分たちが一番良く知っているからだ。

 で、解決手段を取ることにした。

 つまり、その商社にカレーとカップ麺を大量発注したのである。

 担当が九段下桂華タワーの自分の部屋でほくそ笑んだのは言うまでもない。

 ただ一つ、この担当の誤算があるとすれば、早々に上司の上の人間に抜擢されてしまい、これ以上の功績を立てなくて良くなったことなのだが。


「……?

 ねぇ。橘。

 何で帝西フードサービスの売上が急上昇しているの?」


「たしか、赤松商事が大量発注して海外に輸出していますね」


「ふーん。

 日本食ブームでも起こっているのかしら?」


 カップ麺とレトルトカレー。

 それは日本の誇る戦略物資の一つであり、各地の戦場で多くの将兵達がこの言葉を呪文のように唱えているという。


「うめぇ」




────────────────────────────────


カレー

 ジャパニーズカレーは在日米軍を魅了する悪魔の食品。

 本当にかれらのカレー好きは何処から来るのだろう?


ひもじい。寒い。もう死にたい。不幸はこの順番にやってくる。

 元ネタは『じゃりン子チエ』。

 これは名言だと思う。

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