力なき正義は無能であり正義なき力は圧制である
「そう。
姿勢を崩さずにまっすぐに構えて……」
アンジェラの声を聞きながら、私はベレッタ92の引き金を引いた。
音は、思ったより小さかった。
「お嬢様。
バカンスに行きませんか?」
システマ習得中の後、東側武術から向こうに傾倒するのを恐れたのかアンジェラがふとそんな事を言ってきた。
このご時世でバカンスとはなかなかおめでたいとは思うが、こういう時にアンジェラが訳の分からない事を言う人間でもないのは理解していた。
「バカンスってどこに行くのよ?」
「グアム島ですよ。
日帰りも大丈夫ですし、気分転換に南国のビーチで泳いでもいいし」
実に胡散臭く言ってくるので、そのアンジェラの笑顔が深夜番組のセールスレディに見えてくる。
ここはその流れだとこう返事をするべきだろう。
「おーけー。アンジェラ。
で、そのバカンスのメインディッシュはなぁに?」
アンジェラはいい笑顔であっさりとそれを言ってくれた。
時々こいつ私が小学生というのを忘れているんじゃなかろうかと思う。
そんなメインディッシュだった。
「はい。
米軍基地での射撃体験ツアーですわ♪」
「はっきり申しまして、お嬢様は何でも出来すぎるんです」
737-700ERのビジネスジェット機の機内でアンジェラは私にこう言い切った。
まぁ、悪役令嬢のチートボディですしおすしと言えるわけもないので、私は黙ってアンジェラの話の続きを聞く。
「大人になるという事は、『可能性を切り捨てる』事でもあります。
何にでもなりかねないお嬢様は、それこそ化物にもなりかねません。
合衆国が多くの国の要人を受け入れて、文化交流をしている理由の一つに『独裁者の出現の阻止』というのがあります」
「今のままだったら、私がそれになりかねないと?」
「すでにお嬢様は巨万の富を得ており、日本有数の企業グループを支配下におき、学力が高いことはこのアンジェラ存じ上げております。
これで軍隊格闘術まで習得されて一人で何でも出来るようになったら、どうして人の意見を聞きましょうか?」
「……」
どうも私はかなりの危険人物に見られているらしい。
それについてはひとまず納得するとして、アンジェラに肝心なことを聞いてみる。
「で、それがどうして『銃を撃ちに行きましょう♪』に繋がるわけ?」
前世と今世の知識を確認してもその意味が分からない私はアンジェラの前で盛大に首をかしげた。
そんな私を見て、アンジェラは補足説明をする。
「お嬢様が軍隊格闘術を習得したのは身を守る為ですよね?
それでしたら、銃を覚えた方がはるかに容易に身を守ることができます」
「護衛対象者が銃を撃つ時点で駄目だと思うんだけど。私は」
「私もそう思いますわ。
だから言ったではないですか。
『お嬢様は何でも出来すぎる』って。
このままだと、銃を持った襲撃者相手に、お嬢様自ら突っ込んでいきそうなんで怖いんです。
そういうのはハリウッドのスクリーンの中だけです!」
やっと私にも理解できるようになってきた。
なまじ軍隊格闘術を覚えたから、銃の脅威を軽視しかねないと思ったわけだ。
で、実際に銃を撃たせて、その脅威を覚えさせると。
「失礼します。
まもなく、グアム島、アンダーセン空軍基地に到着いたしますのでシートベルトを着用してください」
当然のように付いて来ているメイドのエヴァの報告にジト目の私がアンジェラを睨む。
普通のビジネスジェット機は、米軍基地に直で着陸なんてしない。
それの意味することは一つだ。
「ねぇ。アンジェラ。
私、どれぐらいのレベルで狙われているの?」
アンダーセン空軍基地は同時多発テロのせいもあってとてもピリピリしており、ずらりと並ぶ軍用機の群れに銃を片手に警戒している兵士達が私の飛行機を眺めている。
そんな私にアンジェラが呆れ顔で返事をしてくれた。
「ビジネスジェット機で米軍基地にやって来る無茶ができる時点で察してください」
と。
米国は銃社会である。
そのため、銃による犯罪が多発しており、銃規制が話題に上っては消えるなんて事がここ最近ずっと繰り返されていた。
で、せっかくだからとそのあたりをアンジェラたちに聞いてみると、なかなかおもしろい話が返ってきた。
「我が国は広すぎるんです。
事件が発生して警官がやってくるのが二時間とかザラですよ」
「まだ犯罪だったらいい方です。
熊とかワニとか話が通じませんよ」
あれ。
何か私の知っている米国と違和感が。
それを察したアンジェラが苦笑してその違和感を説明してくれる。
「お嬢様がご存知のアメリカは、ニューヨークやカリフォルニア等の海岸側のアメリカでしょうから。
都市化が進んで、民主党が強い地区です。
メディアなんかで見るアメリカはそんなイメージで世界に発信されています。
日本の東京みたいなものですわ」
なるほど。
アメリカにも田舎があるというのは案外忘れているものである。
私はそのまま話を進めてみる。
「そんな米国で銃規制が進まないのはどうしてかしら?」
「まず警官が信頼できないんです」
「これは背景に人種差別や宗教、経済格差などが複雑に絡み合いますから、解決できないんですよね」
アンジェラとエヴァの答えに絶句する私。
都市部には黒人を始めとした移民が流入するが、治安維持の警察組織は白人が多数派を占めている。
このため、犯罪捜査と摘発がそのまま人種差別に発展し、自分の身は自分で守るという救いのない状況が発生する。
当たり前だが、田舎に行けば行くほど白人率は高くなるから、差別の発生率は高くなるし、悪名高いKKKなんてのもその流れの中にある。
南北戦争で国内は統一されているが、米国内の南北問題はかなり根深い。
「あと、女性こそ銃を持つべきという考えもあるのですよ」
「へ?」
人種差別だけでなく性別差別まで銃が絡んでいるのかと私が唖然とするとアンジェラとエヴァが笑う。
彼女たちはある意味、そんな差別をくぐり抜けてここに居るという訳だ。
どれだけの軋轢があったのだろう?
「銃というのが、女性が得た対男性用の武器だからですわ」
「体格や体力では男性には基本勝てませんからね。
そんな男性を黙らせる相互確証破壊の武器なんですよ。
女性にとっての銃は」
生臭い話だが、米国では暴行の被害者女性が銃を持つ選択をする事があるという。
襲われて己と社会の無力を否応なく知ったからこそ、彼女たちは銃を手に取るのだ。
「アンジェラがまさか銃を撃てといってきたのは驚いたわよ。
たしか、銃規制反対の連中は共和党に献金してロビー活動しているんでしょ?」
「私も一応銃規制賛成の人間ですわ。
だからと言って、身を守る手段としての銃は否定しません」
なんつーか、アンジェラの割り切りというかスタンスの覚悟が凄い。
ついでだから、エヴァにも話を振ってみたら、こんな返事が返ってきた。
「私、テキサスの人間なんで」
「瑠奈。
なんか肌が焼けたみたいだけど、何処か行ってきたのか?」
翌日。
学校で栄一くんが目ざとく指摘したので、私は笑ってごまかした。
ただ銃を撃つだけではもったいないので、残り時間は海で泳いできたのだ。
「ちょっと南国にバカンスに行ってきたのよ♪」
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タイトル
パスカルの言葉。
『力なき正義は無力である』だと思って検索したら、正しくはこっちらしい。
KKK
白人至上主義団体で、これも一昔前は南部を中心に勢力を拡大していた。
これを書くために確認したら全盛期は第二次大戦前でとかでびっくり。
調べだすとキリがないので今回は名前を出すのみにしている。
女性暴行の被害者が銃を持つ選択
これをテーマに漫画を書いた人がいる。
久慈光久『鎧光赫赫』(BEAM COMIX)の『ラピットファイア』という話。
読み切りなのに話が重たいんだこれが。
今回の話はこの本を紹介したくてやっているようなものである。
銃規制
調べれば調べるほどどうにもならん問題の一つ。
合衆国建国神話から来ているから、手の施しようがない。
え?
小学生が銃を撃つのはおかしいって?
なんとあの国、『6歳からの子供市場用のライフル』なるものを売り出している。
どこから突っ込んだらいいのやら……
テキサス州は、銃について寛容な州の一つである。
瑠奈が泳いだ場所。
スターサンドビーチ。
アンダーセン空軍基地の裏手にあり、テロ後は使えなくなっているのでプライベートビーチ状態。
もちろん、アンジェラとエヴァも泳いだので、見張りと監視の兵士達は良い目の保養になった。
多分隠し撮り写真が基地内で高く取引されたと思われる。
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