天音澪と三人の姉 お化け屋敷編

 天音澪には三人の姉がいる。

 血のつながっていない姉だが、『お姉さま』と呼んで慕っているのは小学生になっても変わらない。

 そんな長姉が桂華院瑠奈。

 やることが大人げない一方で、大人も彼女に頭を下げる『小さな女王様』である。

 この姉、澪に対してはだだ甘で、彼女の新居である九段下桂華タワーですら顔パスで入れるという超優遇ぶりである。

 次姉となるのが春日乃明日香であり、この疑似姉妹のツッコミ役であり、物事を始める導入役が彼女だったりする。

 政治家の娘として躾けられたので人心掌握術は桂華院瑠奈よりあったりするのだが、その人心掌握術は桂華院瑠奈と共にいるのであまり使っていない。

 桂華院瑠奈を密かに反面教師にしているので、さらに磨きがかかっているというのが澪の見立てである。

 そんな彼女たちは、帰宅後九段下桂華タワーにて桂華院瑠奈の料理長が作ってくれた新作みかんパイの最後の一切れを巡って壮絶かつ醜い争いをしていたのだが、日常なので澪は笑って見ているだけ。

 末姉になる開法院蛍は日本人形みたいな容姿なのだが、とにかく喋らない。

 とはいえ、疑似姉妹なんてしていると以心伝心は慣れたもので、なんとなく言わんとする事がわかるから不思議なものである。


「あ、お茶おかわりですね?」

(こくこく)


 なお、最後に残ったパイを漁夫の利でかっさらったのが彼女だったりする。

 というか、多分三人の姉の中で一番要領がよかったりする。


「あ!

 また蛍ちゃんにパイ持っていかれてる!!」


「しかも気配隠しているし!

 卑怯よ!」


「瑠奈ちゃん歌うのよ!

 歌えば蛍ちゃんは出てくるわ!」


「おっけーまかせなさい!

 こんな時の為に買ったカラオケマシーンが!!」


 なお、パイを巡って争う前までこの四人宿題をしていた事を先に説明しておこう。

 で、そういう状況をメイドたちが見ていない訳がない訳で。



「な に を し て い る の で す か ね ぇ ?

 お じ ょ う さ ま が た ?」



 追加のパイを持ってきたメイドの亜紀さんに姉二人が渾身の土下座をするのもよくある事である。

 でも最後はみんなで仲良くパイを食べるのがこの四人なのだ。




「おばけやしき?」


「そうなのよ。

 帝西百貨店の夏のイベントとしてお化け屋敷をするのだけど、チケットもらっちゃったのよ。

 行く?」


 宿題を終わらせた後そんなノリでチケットをひらひらさせる桂華院瑠奈。

 四枚あるという事は、この四人で行こうと思い立ったのだろう。

 春日乃明日香が当たり前のようにつっこむ。


「それ、男子を誘ってというのが定番じゃないの?

 『怖い~』ってしがみ付いたり」


「いや、やってもいいのだけど、私、実はお化けとか苦手なのよ。

 やる前にガチで逃げたり気絶したりしたらみっともないじゃない?」


 ファンタジーはOKだけど、ホラーはNGな転生者というファンタジー属性持ちな桂華院瑠奈。

 そんな秘密を残り三人は知らない訳で。

 なお、特に駄目なのが日本系ホラーで、見た後一人で寝れなくなったあげく、夜のトイレにメイドを連れてゆくという屈辱的トラウマを払拭しようというのが実は目的だったり。


「いやまあ、私は別にいいけど。

 蛍も居るし」


 謎理由で了解する春日乃明日香に黙って頷く開法院蛍。

 こうなると澪も断る理由もないし、四人でのお出かけである。


「私も大丈夫ですよ。

 瑠奈お姉さま」  


 そんな訳で、四人は週末にお化け屋敷にやってきたのだった。

 すでに一名、顔が真っ青になっていたりするがそれは見ないであげるのが妹の優しさだろう。


「大丈夫?

 瑠奈ちゃん?」


「だ、だ、だだだ大丈夫よ。

 これぐらい、どおってことないわ」


 よせばいいのに、予行練習とばかりに前日にホラー映画を見て耐性をつけるつもりがトラウマ直撃となって、絶賛ガチビビり中。

 めでたく悪夢まで見て、睡眠不足と恐怖でノックアウト寸前である。

 瑠奈と一緒に行く春日乃明日香は、ちらちらととある場所に視線を向ける。


「……あの様なので、お化けは無しの方向で」

「お化け屋敷でお化け無しって色々言いたいことはあるが、こっちは借りている身だ。

 従うよ」


 できる秘書アンジェラがさらりと難易度調整をしていた。

 そういう所を見逃さないのが次姉の次姉らしい所だと澪は思う。

 余談だが、昨晩のホラー映画を選んだのはアンジェラである。

 日本滞在が長いので、実は彼女の趣味の一つが日本映画鑑賞だったり。


「いいい、いくわよ!

 明日香ちゃん!!」


「痛い!いたい!!

 瑠奈ちゃん手を強く握りすぎ!」


 澪は思った。

 あれだと、最初の仕掛けで駄目だろうなと。

 それは約束された未来として、一分後に実現する。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」




「ひっく……怖かったの…こわかったのぉぉぉ……」


「だからって、最初の仕掛けで入り口まで戻る?

 私、引っ張ったまま!」


 秘書のアンジェラにしがみついてガチ泣きの桂華院瑠奈に、引っ張られて入り口まで戻されあきれ顔の春日乃明日香。

 長姉をあやすアンジェラはアイコンタクトで難易度調整をミスったお化け屋敷スタッフを叱責するが、お化け屋敷スタッフとしても驚かすのが仕事で最初の仕掛けで逃げ出すとは思っていない訳で。

 こんな状況で次に入る予定だった澪と開法院蛍はどうするか迷う訳で。


(こくっ?)


「『行くの?』って言ってます?

 どうしましょう?」 


(ぐいっ!ぐいっ!)


「『行きたい』って事ですね。

 じゃあ行きましょうか?」


 おとなしい顔をしてこの末姉、好奇心旺盛なお茶目さんである。

 という訳で、お化け屋敷に入って最初仕掛けの所にやって来る。


「ひっ!」

(!)


 薄暗い場所にあった鏡の中にお化けの怖い絵が映るという定番のやつである。

 もちろん、悲鳴付き。

 とはいえ、どこぞの長姉よろしく入り口まで逃げ帰るようなものではない。

 二人は驚きながら、お化け屋敷の奥へ奥へ進んでゆく。

 墓場の火の玉。

 生暖かい風。

 骸骨や死体らしい人形たち。

 

「ひっ!」

(!)


 最後に出てきたのは定番の白い布を被ったお化け。

 上から吊るしているのだろうか、ふわふわと浮いている。

 そんなお化けは出口の方を指さす。


「出口ですね。

 ありがとうございました」

(~♪)


 出口前で澪は振り返ったが、もうあのお化けは見えなくなっていた。

 そして、二人は無事にお化け屋敷から出てくる。


「澪ちゃん!

 怖くなかった?

 お化けに泣かされたりしなかった?」


「泣いて逃げ帰った瑠奈ちゃんが言っても何も説得力がないと思うのだけど……」


 二人が出てくるのが遅かったので、心配したらしい。

 そんな長姉と次姉に澪は末姉と共に楽しそうに笑った。

 

「大丈夫です。

 最後は親切なお化けさんに案内されて出てこれたんですよ♪」


 澪の言葉に首をかしげるお化け屋敷スタッフ。

 ぽつりとつぶやいた一言を澪の耳はとらえていた。


「あれ?

 お嬢様が怖がるからって進路にお化けなんて配置していなかったぞ?」


 澪はじっと開法院蛍を見るが、彼女はきょとんとするばかり。

 事実を皆に伝えてさらに瑠奈お姉さまを怯えさせることもないだろうという訳で、澪はスタッフのつぶやきを聞かなかった事にした。




おまけ


「瑠奈。

 お化け屋敷のチケットが……」

「ずぇぇぇぇぇぇぇったいに、いや!!!!!」




────────────────────────────────


瑠奈の許容ライン

 白泉社花とゆめコミックスがOKで、秋田書店ホラーコミックスがNGライン。


カラオケ

 ノリで入れたが、多分事業展開するのだろうな。

 なんて感じで調べていたら、セガはカラオケに手を出していたのか。

 ゲーセンの箱を利用してのカラオケアミューズメントに方向を切ろうとした時期なのだろうな。きっと。


トラウマホラー

 『リング』『らせん』。

 始めて見た時、ガチで怖かったんだよ。

 今でも記憶を封印するぐらいなのだが、あの井戸から出てくるところが本当にトラウマで……


お化け屋敷

 この手のはデパートの定番としてイベントが行われていたが、それ専属の興行師がデパートを借りるという形で運営されていた。

 また、地方遊園地のスタッフが出張するケースも有る。

 デパートと地方遊園地の衰退とともに、このあたりもかなり消えていった。

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