岩崎自動車狂騒曲 その2

 日本の政財界の裏工作は基本料亭で行われる。

 今回の会談に使われたのは、裕次郎くん経由で泉川副総理から紹介してもらった料亭、目黒明王院竜宮城。

 今回の会談の面子はこんな感じである。


 私、一条、橘に仲麻呂お兄様の桂華グループ組。

 栄一くん、彼の父の帝亜秀一氏の帝亜組。

 友達兼お兄様経由で朝霧薫さんと岩崎弥四郎頭取の岩崎組。

 今回部外者だけど、来てもらった裕次郎くんに光也くん、ついでにこの件に感付いたので第三者役になった泉川副総理。


 で、私の話を聞いた全員が頭を抱える。

 なお栄一くんは聞いているにも拘わらず二回目である。 


「そ、それは本当なのかい?」


 岩崎頭取が確認の目で私を見るが、話の途中で確認していた泉川副総理が首を横に振った。


「国土交通省に確認を取ったが、データの二重管理については岩崎自動車自身が認めたそうだ。

 大規模リコールは避けられないし、岩崎自動車の全データも信用できない」


「桂華部品製造経由で調査させましたが、岩崎自動車ディーラー向けの該当部品については発注が不自然に多く、ヤミ改修の可能性も……」


 橘が一同に追い打ちを掛ける。

 欠陥は欠陥である以上、改修しなければならないのだが、そのための部品を系列で製造すると其処からチェックされてバレる可能性がある。

 で、OEMのサプライヤーであるうちから部品を買って、ディーラーで修理をしてバレないようにしていたというのだから真っ黒である。

 おまけに、その改修もオイル交換無料とかで客を呼んでというのだからもう何も言えない。


「駄目だ。

 これはどう考えても隠せません」


 一条が天を仰ぐ。

 国土交通省はこの一件で激怒中。

 財閥解体を政策の一つにしている恋住政権がこんなチャンスを逃す訳がない。


「岩崎自動車は改善を約束し、財閥各企業に支援を要請しているが……」


 岩崎頭取の淡い憶測にトドメを刺したのは薫さんだった。


「部外者の瑠奈さんですら掴んでいる話を岩崎自動車の首脳部が知らなかったら無能ですし、知った上で隠していたら背任では?」


 何も知らないからこそ、容赦なく突っ込む薫さんに私は苦笑する。

 その一言で岩崎頭取もついに岩崎自動車擁護を諦めた。


「救済は岩崎財閥でしたいと思います」


「無理ですよ。

 恋住政権が、武永大臣がそれを見逃すと思いますか?

 岩崎財閥の各企業からも埃が派手に舞っているというのに」


 岩崎頭取の言葉を私がぶった切って、仲麻呂お兄様が唖然とする。

 考えてみれば、政財界の大物相手に切った張ったをしているのを見たのはこれがはじめてではなかろうか?

 話がそれたが、この件は岩崎財閥で救済しても治らなかった隠蔽体質である。

 この一件は根が深く、岩崎財閥各企業間で緊急監査を実施したら出るわ出るわの不正と隠蔽の山。

 既に岩崎財閥内部で収まる問題で無くなっており、助ける為にわざわざ数千億円を溝に捨てさせることもないだろう。

 ここで言うつもりはないが。


「まずいな。

 国交省経由で武永大臣の耳に入るのは確実だ。

 国交省の処分に始まって、経営不振による救済処理まで行くと、横槍を入れることすら難しいぞ」


 秀一氏が口に手を当てて今後の展開を考える。

 自動車業界も会社が多く、業界再編は必要という意見がくすぶっていた。

 そして、その業界再編は外資系企業の影がちらつく。

 経済産業省には、テイア自動車を軸に国産自動車強化を考えていたので、テイア自動車を二木財閥から切り離す事を考えていた。

 武永大臣にとって、実績を考えたらどっちについても美味しい展開だ。 


「となると、岩崎自動車の切り離しだが瑠奈君の所で抱えられないだろうか?

 迷惑がかからないように岩崎が全面的に支援するが」


「いやですよ。

 それだったら鮎河自動車救済時に手を上げていますって」


 岩崎頭取の提案に私が即座に拒否し、鮎河自動車救済が流れた裏話を暴露してお子様四人が唖然とする。

 お金持ちであるとは分かっていただろうが、日本有数の自動車会社救済に断ったとは言え関わったのだから思いはひとしおなのだろう。


「凄いな。

 下手すれば、瑠奈はうちのライバルになっていたのか」


 栄一くんの感嘆に私は苦笑で返す。

 この手の席には一応料理が並んでいるのだが、誰も手を付けていないのでグレープジュースをグビグビ。


「渕上元総理の時にね。

 あの時と同じで、私は手を出さず鮎河に任せていいと思うわ。

 今の恋住政権には逆らっても無駄です。

 なら、せめて花を持たせて得点を稼ぐべきでしょう?」


 私はなんとなくだが、岩崎財閥の苦境がやっとこのあたりになって見えてきた気がした。

 国策と共に規模を大きくしてきた岩崎財閥は、北日本併合に絡んで樺太事業にのめり込んでいた。

 根が腐り出していた岩崎財閥は新たな金脈を樺太に求めたのだろう。

 岩崎商事は北樺太の油田・ガス田に投資を進めており、第三セクターの樺太重工の株式の三割を持っているのが岩崎重工だ。

 そうなると、桂華グループの取り込みにも別側面が見えてくる。

 指摘するつもりもないが。


「恋住政権は財閥解体の功績という花を得、岩崎財閥も岩崎自動車救済の資金を用意しなくて済む。

 ついでに岩崎自動車を生贄に捧げて他の企業への波及を避ける。

 泉川副総理はこの件で総理に貸しが作れ、私は厄介事に巻き込まれないと」


「テイア自動車からすれば、岩崎自動車救済のコストを鮎河に背負わせた上、二木財閥からの離脱を避けられる訳だ。

 外資が入った鮎河が絡むなら、系列を崩して来るだろう。切り離された下請けの面倒は瑠奈くんの所でお願いできないだろうか?

 その分、テイアから部品製造については便宜を図る」


 私の提案に秀一氏が口を挟み、私も利を確保する。

 テイア自動車は価格についてはシビアなのだが、こちらはOEM大手サプライヤーとして話ができるのが強みだ。

 だからこそ、利より縁が取れる。


「いいですよ。

 これでただ働きは回避できそうです」


 私の冗談に一同笑う。

 利の薄い取引だが、利があるだけましという所だろう。


「岩崎財閥の一人として、瑠奈くんにお礼を。

 岩崎財閥はこの件で少なくとも桂華グループに『借り』を作ったと認識してくれ。

 帝亜総帥と泉川副総理が証人だ」


 岩崎頭取が頭を下げる。

 経済産業省主導というか武永大臣主導で岩崎自動車を解体された場合、そのついでとばかりに他の岩崎財閥にまで被害が行きかねない。

 岩崎自動車の切り捨てを岩崎財閥自身で行うことで、世間には岩崎財閥のケジメと受け取れる上に、武永大臣の介入を最小限に抑えることができる。

 で、そのきっかけを作ってくれた桂華グループに借りを作った事で、帝都岩崎銀行が欲しがっている桂華金融ホールディングスの取り込みに向けた動きが掣肘されるという訳だ。

 岩崎財閥には御三家と呼ばれる大企業が三つあり、岩崎重工・岩崎商事・帝都岩崎銀行の三社を頂点に組織の岩崎として各企業の結束を誇っている。

 岩崎自動車は岩崎重工の縄張り企業だった事で、その切り捨てで岩崎重工と帝都岩崎銀行の間で波風が立つかもしれないが、岩崎自動車の救いの無さと岩崎財閥各企業の不祥事の山に、用意された救済パッケージを残った岩崎商事が反対できるとは思えない。

 何かあったとしても、武永大臣が口を出す前にこの場にいる泉川副総理が居るわけで。


「私にも利をくれるのはありがたいが、女王様はそれでいいのかい?」


 泉川副総理が確認をとりながら苦笑するが、私も笑って言い切る。

 ぶっちゃけると秋のあれに向けて岩崎自動車なんてどうでもいいなんて言えず。


「いいですよ。

 新宿新幹線で目立っているのですから、しばらくはおとなしくしておきますよ」


「こういう事が言える人間に成りたいもんだ」


 ぼそっと呟いた光也くんだが、思ったより大きかったらしく皆に笑いが広がる。

 それに裕次郎くんが返して更に笑いが広がった。


「成るとこんな無茶ぶりを食らうけどいいのかい?」


 後日談になるが、岩崎自動車は社長以下役員全員が辞職し岩崎財閥からの離脱を発表。

 更に幾つかの岩崎財閥傘下企業の不正を公表し、謝罪および経営陣の交代を発表。

 帝都岩崎銀行がつなぎ融資だけをして、海外販路と国内基盤を強化したかった鮎河自動車が岩崎自動車を買収。

 その買収資金を用意したのが桂華銀行である。

 一方、買収に伴って系列から切り離された岩崎自動車の末端下請けは桂華部品製造が買収し、その規模を更に大きくする事になった。

 これらの動きは恋住政権の財閥解体の実績として武永経済財政政策担当大臣が華々しく発表していったが、黒子として泉川副総理が動いた事はついに知られることは無かった。




「瑠奈。

 少しいいかい?」


 話がまとまって、三々五々にみんな帰ってゆく。

 残ったのは仲麻呂お兄様と薫さんと橘の身内枠。


「なんですか?

 仲麻呂お兄様?」


「一言礼を言っておきたくてね。

 朝霧侯爵家の義理から岩崎財閥へ穏便に話を付けてくれたことに対してさ」


「私からも。

 瑠奈さん。

 うちへの義理からこの席に呼んでくれてありがとうございます」


 仲麻呂お兄様が頭を下げ、続いて薫さんも頭を下げる。

 私的には、岩崎財閥の桂華グループ取り込みをこれで頓挫させたので、実は穏便ではなかったりするのだが。

 岩崎財閥で桂華グループを食べることを主張していた連中にとっては、歯噛みしているだろう。


「頭を上げてくださいな。

 でしたら代わりに、九段下のビルの落成披露パーティーに出席してもらうという事で」


「じゃあ、その席で桜子さんを紹介するとしよう。

 パーティーの日取りは決まったのかい?」


 私は笑顔のまま少しだけ頬を強張らせてその日付を告げた。


「ええ。

 9月11日にする予定ですの」




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朝霧侯爵家と岩崎弥四郎頭取の設定も後で作っておこう。

話から岩崎弥四郎頭取の娘が朝霧侯爵夫人になるのが一番楽なんだが……


岩崎財閥樺太事業

 岩崎重工      樺太重工を関係会社化

 岩崎商事      北樺太の油田・ガス田に投資

 桂華岩崎化学   北樺太の油田・ガス田を利用

 帝国郵船      樺太航路の拡張

 帝都岩崎銀行   樺太向け投資の拡大・ロシア債権引受


9/13 掲示板の指摘によって秀一氏の会話まわりを加筆修正

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