高尾山登山 その2
金比羅台を出ると、山登りも本番に入る。
スタートのテンションが高かったお子様達が疲れてペースが落ちてくるのだ。
最後尾にいる私は、彼ら彼女らを拾ってリタイヤさせないように歩く。
「ほら。
次の高尾山駅までがんばれ♪がんばれ♪」
汗をタオルで拭きながら地図を確認。
まだ出たばかりだから距離があるのは分かっているが、こういうのは自分の現在位置と残りを把握して気力を奮い起こすのが大事なのだ。
ちらりとメイドのアニーシャを見るが、私のリュックを背負って汗一つかいていない。
体力を考えたら、くやしいが彼女の判断は正解だったという訳だ。
帰ったらお礼を言っておこうと心の中でメモする。
「リタイヤをする人間も高尾山駅までは歩くこと」
他のクラスでは早くもギブアップが出たらしく、先生が最後尾の私達に通達してくれる。
登山は基本自己管理が鉄則だが、観光地にもなっている高尾山は途中までケーブルカーが走っていたりする。
こういうリタイヤした人を麓に下ろしやすいのもこの山が選ばれる理由なのだろう。
「瑠奈。
ちょっといいか?」
ゆっくりと歩いていたら栄一くんが待っていてくれた。
あまり私にとって良くない顔をしている。
つまり、何かを思い付いたという顔だ。
「何?」
「他のクラスではリタイヤが発生したみたいだが、うちでも出ると思うか?」
「可能性が無い訳ではないけど、大体リタイヤが出る場合って気力と体力のどちらかが回復不能にまで落ちているからなのよ。
それを回避できるならば、リタイヤは抑えられるわよ」
私と栄一くんの会話に他の子は割って入らない。
既に割って入る気力が無くなっているからだ。
「体力はまだどうとでもなるわ。
問題は気力の方ね」
「気力?」
「要するに、こんなきつい目にあってまで山に登りたいかという事よ」
登山は詰まる所自分との戦いでしか無い。
自分がその理由に納得できないならば、自然は容赦なく叩き落としてゆく。
それは半ば観光地となっているこの高尾山においても例外はない。
「よそのクラスが脱落したのにうちは全員完走ってのはモチベーション維持にはきついか?」
「ちょっと弱いわね。
とりあえずは、次の休憩でどれぐらいリタイヤ者が他のクラスから出るかよ。
で、栄一くんはリタイヤしたい?」
ニヤリと笑う栄一くん。
こういう楽しそうに笑う彼は少年ぽさが出てかっこいいと思ってしまう私が居た。
「お前、俺との付き合い長いだろうが。
こういうのでリタイヤする俺だと思うか?」
「まさか。
ペースは任せたわ。
私は最後尾で取りこぼしを拾うわ」
「分かった。
適度に裕次郎と光也を送るから何かあったら言ってくれ」
「それよりペースを一定にお願い。
全員登頂を狙うなら、少し遅く頼むわ」
私の言葉に頷いて栄一くんは戻ってゆく。
そんなやり取りの後、高尾山駅に着いたのは登り始めてから一時間を経過した時だった。
「結構いるわね」
「半分近くがここで脱落か」
このケーブルカーの始発が午前八時で、それに乗る連中が気を緩めてのんびりと駄弁っていた。
なんとなくこのイベントを理解する。
山頂まで行く連中は少なく、ほとんどの連中はここで帰るという訳だ。
この後学校では授業とかは無いので、ここで帰ればお昼前には家でのんびり。
この誘惑はなかなか逆らえないが、栄一くんはどうやって士気を維持するつもりなのやら。
「よし。とうちゃーく♪」
「休む前に軽く運動をして。
それだけで体はずっと楽になるから」
裕次郎くんの指示でうちのクラスは光也くんを中心に整備運動をする。
それだけでまだやる気に見えるが、既に何人かがリタイヤを口にしようとタイミングを伺っていた。
栄一くんが機先を制して私に話を振った。
「ところで瑠奈。
今日の格好なかなか気合が入っているな」
「わかる~?
絶対に山頂に登るんだっていろいろ用意したのよ♪」
私がファッションショーよろしくその場でくるりと一回転。
汗が一緒に舞ったので、タオルで汗を拭きながら一礼する。
私を出汁に使うつもりらしいが、私と栄一くんが登ると決めてそれでもなおリタイヤを考えるクラスメイトはこのクラスには居ない。
同調圧力が強い日本のクラスカーストの頂点の決定はそれだけの重さと責任がある。
「みんなで山頂に登ってみたいわね!」
「いいな!
山頂で記念写真を撮って、思い出にしようぜ!」
さっさと決意表明をした所で、一気に状況を押し流す。
まずはみんなへの水分補給だ。
「じゃあ、みんなに飲み物を配るわよ。
今からドリンクを買ってくるから……」
「お嬢様」
すっと出されるスポーツドリンクのカップ。
出したのはもちろんアニーシャである。
「皆様の分も用意しております。
あとクラッカーとジャムもよろしければどうぞ」
そりゃ、小隊(約50人)規模でこの山登らせてたら、ある程度の余剰物資を用意できるわな。
で、こういう事も想定して、私達の分を用意していた訳だ。
「ありがとう。アニーシャ。
みんなも遠慮なく頂いて頂戴」
「「「ありがとうございます!メイドさん!!」」」
「どういたしまして」
お礼が言える礼儀正しいクラスになったのは、私達のおかげだろう。
特に私。
こうやってありがたくメイドにお礼を言い続けたら、そりゃ嫌でもみんなも身に付くというもので。
うちのクラス限定だが上に立つ華族や財閥子息・息女がこういう人間になったのは、日本にとって良いことだろう。多分。
「あ。
それと、その飲み物とクラッカー、付いて来た警官にも差し上げて頂戴」
「かしこまりました。
お嬢様」
高尾山駅を出発したのは七時二十分。
ここから山登りは更に本格的になってゆく。
────────────────────────────────
がんばれ♪がんばれ♪
なお、某先生曰く好きに使っていいらしい。
ハートマークが地味に使いにくいので音符にしている。
自分との戦い
作者は一応子供時代に九重山と祖母山に登山経験あり。
おおむね実体験を元にしている。
クラッカーとジャム
ロシア軍の携帯食から確認して出してみた。
他にも缶詰に粉末ミルクや紅茶なんかもあったりする。
あと軍用医療キットなんかも密かに用意して万全の準備をとっていたり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます