前藤管理官の迷宮入り事件簿

「前藤管理官。

 こちらです」


 新宿某所。

 高層ビルを見上げる裏路地の影にその死体はあった。

 所轄の警官の敬礼に返事をしながら前藤管理官は現場に入る。


「で、ガイシャさんは外人か」


「パパラッチみたいですね。

 取材証がありましたよ。

 マークス・ゴードン。43歳。英国人」


「パパラッチという事は何かを撮っていたのだろうが、何を撮影していたのだろうな?」


 前藤管理官の呟きに、付いていた警官がメモを見ながら報告する。

 落ちていたカメラは壊されており、フィルムも入っていない。


「新宿桂華ホテルで桂華院瑠奈公爵令嬢の誕生パーティーをやっていますね。

 総理も来たみたいで、多分それだと思うのですが?」


 ちらりと入り口あたりを二人が見ると、既に報道関係者がカメラをこちらに向けていた。

 予想より彼らの登場が早いという事は、誰かが漏らした可能性がある。


「それだとしたら不自然だろう?

 ここからは新宿桂華ホテルが見えない」


「ええ。

 今、部下を使って、新宿桂華ホテルの見える場所を探させています。

 そこが本当の現場かと」


「よろしい。

 勉強してきたじゃないか。

 夏目」


「先輩の無茶を受け続けた結果です」


 二人は改めて死体を見る。

 検死を待たないといけないが、自殺では無い死に方をしていた。


「英国人にしては肌の色が違うな」


「英国大使館より照会きました。

 彼は生まれはパキスタンで、英国に移住し養子に入り英国籍を得たようです。

 死因は首の骨を折られてという所でしょうか。

 結果待ちですが、現場の鑑識はそう言っています」


「やだねぇ。

 ただでさえ桂華院公爵家は、俺の出入り禁止って言われているのに」


「とはいえ、無視はできませんよ。

 すでに内調からも報告が欲しいと連絡が」


 それだけ一人のパパラッチの死亡に諜報機関が注目している。

 彼が何を撮影していたのか?

 それだけ桂華院瑠奈という少女は世界を動かしていた。


「すいません!

 前藤管理官!!

 こちらに来てもらえますか!?」


 死体の前で話していた二人を入り口を塞いでいた所轄の警官が呼ぶ。

 二人が入り口に戻るとそこには丸の内の外資に務めている様な外国人女性が微笑んで二人を見詰めている。


「桂華院瑠奈公爵令嬢付き秘書をさせていただいております。

 アンジェラ・サリバンと申します。

 この事件について桂華院家として状況の説明をお願いしたいのですが?」


「警視庁公安部外事課の前藤と申します。

 日本語お上手ですなぁ」


「前職が米国日本大使館に勤めておりましたので、日本は第二の故郷みたいなものですわ」


 マスコミの前でろくな会話もできないので現場内の路地裏で挨拶から始まる会話。

 二人共笑顔なのだが目がまったく笑っていない。

 白々しい挨拶もほどほどに本題に入る。

 

「この件について桂華院家は事件として扱われるのを懸念しております」


「パパラッチがお嬢様を狙って殺された。

 ワイドショーの格好のネタですな」


 真実なんていらない。

 都合のいい事実こそがこの世界のルールである。


「一応お約束のやつを。

 殺ってないですよね?」


「もちろんですとも。

 この時期にパパラッチ一人を殺すリスクを何で背負わないといけないのですか?」


 お約束を終わらせたのに二人ともガンを飛ばしまくっている。

 その状況に口を挟んだのは付いて来た夏目だった。


「先輩。

 思うのですが、あれパパラッチなんですかね?」


「と、申しますと?」


 前藤より先にアンジェラが食いつく。

 夏目は死体の方を向いてある物が無いことを指摘した。


「パパラッチならばあるものがないのが不思議だなと」


「あるものって何だ?」


 前藤の質問に夏目は即答した。

 それに前藤だけでなくアンジェラもハッとする。


「暗視関連。

 パーティーが開かれる時間が分かっているなら、普通準備するでしょう?

 それが無いんです」


「あの現場だと新宿桂華ホテルが見えないって言っていたな?

 じゃあ、見える場所が現場でそこに落ちているんじゃないか?」


「それはありません。

 新宿桂華ホテルを中心とした狙撃ポイントには北樺警備保障の警備を置いて警戒させていました。

 我々は、狙撃ポイント外で起きたこの事件に監視カメラを含めたそれらの画像を提供する用意があります」


 アンジェラの協力要請は裏返すと殺人事件に対する裏取引の持ちかけとも言える。

 犯人がアンジェラを始めとした桂華院家内部の仕事の可能性も含めて、その情報提供は喉から手が出るほど欲しいものだった。

 時計を見ると日付は既に変わっている。


「夏目。捜査本部に公安要請。

 外国人の殺人事件の死亡推定時刻、深夜0時頃にしておけ。

 外国人観光客を狙った物取りの犯行の線で捜査と発表させろ。

 俺と桂華院家の名前を出せば、向こうも怒るがそれ以上は何も言わん」


「先輩!?」


「前藤管理官の協力に感謝を」


 報道機関の発表はパーティーのあった翌日という形で発表される。

 真実ではなく都合の良い事実が判断を狂わせる。

 桂華院家を探っていたパパラッチの死は、新宿に来ていた外国人の死にすり替えられる。


「こっちからも少し聞かせてもらおう。

 そういう事を言ってくるって事は、あんたらが犯人ではないが、犯人が誰か薄々感付いているって事だな?」


「……絶対にお嬢様には内密にお願いします。

 お嬢様はかつてロシアの某情報機関に誘拐されかかった過去がありますが、今回もその機関が動いた可能性があります。

 お嬢様を助ける為に」


「あー。

 そっちの話か。了解した。

 たしかにお嬢様には聞かせるには生臭すぎる」


 アンジェラが元職の経験から少しアドバイスをする。

 裏取引に乗ってくれたお礼とも言う。

 この世界はこういうコネが最後に物を言うのを前藤もアンジェラもよく知っていた。


「今から独り言を。

 被害者の宗教を洗ってください。

 過激派に繋がっている可能性があります。

 それと、英国はロシア移民が多く、工作機関が根を張っています」


 つまり、その状況に限りなく近い樺太も勢力は違うがこういう状況になっているという暗示。

 おそらくこれからもこういう事件をお嬢様に知らせること無く処理してゆくのだろうと前藤管理官はアンジェラに尋ねる。


「なぁ。

 あんたの忠誠はどこにあるんだい?」


「そんなの決まっていますわ。

 契約が続く限り瑠奈お嬢様です」




 結局この事件は迷宮入りとなるが、この後被害者の靴底に爆薬が仕込まれていた事から自爆テロ要員と判明。

 イスラム過激派と接触していた事が判明したのはこの年の秋になってからである。




────────────────────────────────


『とある雑誌の漫画より』現実版。

ロシア諜報機関が、瑠奈へのテロ目的のイスラム過激派を排除した上で、恩を売るために死体を見える場所に移動させた。



英国の移民事情

 英連邦経由でかなりモザイク。

 特にパキスタンは政治情勢から難民に近い形で逃げた人間が多く、英国内の貧困からイスラム過激派に接触してというパターン。

 ソ連崩壊時にユダヤ人が逃げ込んだ先の一つが英国であり、今でもロシアと英国内でスパイがらみのでかい事件が起こるのはこんな背景も有る。

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