地区大会 サッカー編
私立学校と言えども他校との交流はある訳で、そんな交流の一つが運動部が参加する地区大会である。
ガチの連中に負けるのはともかく一回戦負けはしたくないという微妙な背景の結果、初等部においては体育で優秀な成績を残している人間を応援になんて事をするのが慣例になっている。
中等部からは特待生が来るのでそれもないのだが、初等部は本当に良い所のサロンしか入れないからこういう形に収まったとか。
ということは、あの三人が招集されるのが確定なわけでして。
三人はサッカーの試合に参加する事になったのだが……
「で、何で私も参加させられるのよ?」
体操服姿の私は、じろりと三人を睨むが三人共知らん顔である。
実に憎らしい。
「仕方ないだろう。瑠奈。
お前、並の男子生徒より運動神経あるんだから」
「インフルエンザで選手と控えがやられたのが痛い。
かといって人数ハンデも背負いたくない。
桂華院。
すまないが、助けてくれ」
「記録に残らない親善大会で相手側も了解してくれたよ。
負けてもいいけど、善戦はしたいんだよ。
相手チーム、サッカー部員で揃えているみたいでさ」
なんだかんだ言ってカルテットの面子は、私を含めて負けず嫌いである。
ついでに言うと体力的に差がないのがこの小学生である。
悪役令嬢チートボディで結構色々できるのは内緒だが。
「で、私をどこのポジションに置くつもりなの?」
私の呆れ声に栄一くんはあっさりとそのポジションを告げた。
「キーパーだ」
ワールドカップが国民に受け入れられるようになって、少しずつサッカーが認知されるようになると、サッカーにも変化が出てくる。
それはサッカーというものを国民が理解しつつあるという事の裏返しでもある。
何も知らない小学生同士がサッカーをすると、ボールに全選手が集まってわーわーするのだが、知っている人間が入ると役割とゾーンという概念が出てくる。
「なるほど。
私をキーパーに持ってきたかった訳だ」
栄一くんがFWで前にいるが、なかなか彼にボールが届かない。
裕次郎くんがMFで司令塔になっているが、相手側の組織的攻勢に耐えきれない。
「来たぞ!桂華院!
左を押さえる!!」
「とぉぉおう!!」
パンチングでボールを飛ばして何度めかのシュートを防ぐ。
DFの光也くんの指示を聞きながら、私は来たボールを弾き続ける。
キャッチについては取れるもの以外は最初から捨てていた。
「ボールを外に出せ!
リズムを切るんだ!!」
「押し込め!
相手を攻め続けて消耗させろ!!」
20分ハーフの試合なのだが、なまじチートスペックを持った私達を分散させた事が裏目に出た。
相手のパスサッカーに他の面子が崩され、栄一くんが遊兵化し、裕次郎くんが防戦に回らざるを得ないのでこちらのラインが下がる。
光也くんの守備も自分のいる場所は押さえるけど、相手がサイドなりで迂回すると私まで一直線。
そして、私も全てを弾く事は不可能だった。
私の手の先をボールが駆け抜けてゆく。
後ろのゴールネットに入り相手チームのFWがガッツポーズをするのを尻目に、膝を突いた私の頬から汗が落ちてゆく。
審判の笛が鳴り、初失点を喫する。
前半はなんとかこの一点に抑えたが、後半は更に攻めてくることが目に見えていた。
「このままじゃどうにもならないわね」
私が栄一くんにスポーツドリンクを手渡し、栄一くんはそれに口を付けながら同意した。
なお、私の手は次のスポーツドリンクを裕次郎くんと光也くんに手渡している。
「バランス配置が仇になったな。
俺が完全に浮いているから後退して中盤を裕次郎と押さえる」
タオルで汗を拭きながら栄一くんが答える。
「それだと、こちらの攻撃起点が下がるから、相手は更に攻めかかってくるよ。
無駄と分かっていても、カウンターの姿勢は残しておいた方がいい」
のど飴をなめながら裕次郎くんが口を開く。
防戦の司令塔として声を出し続けた彼は声が枯れかけていた。
「泉川の言うとおりだ。
カウンターの姿勢は残しておいたほうがいい。
とはいえ、帝亜を遊ばせるのももったいないから、帝亜がMFになるのがいいだろう。
それと桂華院。
お前、蹴るだけならどこまで飛ばせる?」
ゲームの攻略キャラになるぐらいだから、私以上にチートな連中達である。
即座に相手への対策を急場で組めるのだから凄いというかなんというか。
私が言える義理ではないが。
「中央までならぶっ飛ばせるけど?」
「わかった。
桂華院。
これからゴールキックは全部中央まで蹴り込め。
帝亜と泉川が居るから、どっちかが拾えるだろう。
それでカウンターを狙うぞ」
「了解」
後半開始。
大体こちらの技量を見抜いた相手チームは全面攻勢に移ろうとして、その出鼻をくじかれる。
栄一くんがMFに下がったことで、裕次郎くんと光也くんの三人が連携して動けるようになり、その間のゾーン突破が格段に難しくなったからだ。
もちろん、サイドからそのゾーンを回避する事はできるが、それは私への進入路が限定される事を意味する。
相手のシュートが枠を外す事が多くなった。
「行くわよっ!」
そして、私がゴールキックで高く蹴り上げたボールは中盤の栄一くんに届く。
こうなると彼が前半遊兵化して体力が残っていた事が効いてくる。
「いけぇぇっ!」
栄一くんの初シュートはゴール枠内に入っていたからこそ相手キーパーに弾かれた。
ただ、この一撃で相手チームははっきりと認識を切り替える。
無理な攻撃をせず、こちらを走らせて体力を消耗させながら、きっちりと勝ち切る戦略に。
つまり、相手もやっとこっちを敵と認識したのだ。
こうなると個々の才能ではなく、総合力がものを言ってくる。
栄一くんも裕次郎くんと光也くんも、体力まで無限にある訳ではなく、疲労からくる思考のミスを相手は容赦なく突いて更に体力を奪いにゆく。
その体力消耗の最前線に立たされたのが私だった。
「しまった!」
私が弾き続けたのを相手FWは理解していた。
つまり、ボールを弾く動体視力と体力はあるが、私が急に呼ばれた女子であり一対一の経験が無いだろうと踏んだのだ。
防衛ラインが崩され、FWとの一対一。
ほぼ詰みだが、私が伸ばした足を彼は軽くかわしてゴールにボールを押し込んだ。
これがとどめとなる。
私達は0-2で負けることになった。
「ナイスセーブ」
「ありがとうございます。
それでも止められませんでしたけどね」
試合終了後の握手で、相手FWはいい笑顔で私の手をにぎる。
私も笑顔を作っているとは思うが、悔しさは出ているのだろうなぁ。
「止められ続けたらこっちが困る。
これでもジュニアに誘われているんだ。
未来のワールドカップ選手のサインいるかい?」
「遠慮しておきますわ。
けど、その時には私が杯を渡してあげましょう」
私のことをこの場ではサッカー選手としか見ていないのも何だか好感が持てた。
サッカーをした仲だから友達。
小学生らしくて実に分かりやすい。
「いいね。それ。
楽しみにしているよ」
私の言葉を冗談と捉えた彼と別れた後、みんなの所に戻る。
負けた悔しさが顔に出ているのは私以外だと三人だけだった。
「悔しいなぁ。
もっと上手くできたと思っちまう」
「だね。
僕らは、チームに、戦術に負けた。
それに勝つにはこちらもそれを用意しないと駄目な訳だ」
「なるほどな。
この手の大会に俺達が出るようになった理由はそれか。
中等部から奨学生が入ってそのあたり、向こうのチームと同じになるからな。
俺達がこうして負ける事で、サッカークラブを持つ連中にサッカーのなんたるかがわかると」
私はぽんと手を打った。
サッカーについては少なくとも、底辺層の育成から始まってきちんと層の形成ができつつあった。
いずれワールドカップに優勝する逸材と組織ができるかもしれない。
前世の時にはそれを見ることは叶わなかったが。
「じゃあ、この悔しさを刻んで、サッカーを支援しますか」
あとで橘を呼んでサッカー協会に寄付を用意しておこう。
がんばれ。
未来のストライカー。
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なお、瑠奈は某サッカー漫画のGKのマネはできるらしい。
三角跳びするよりそのまま跳んだ方が弾けるので没になった。
瑠奈の叫び声
神戸生まれのおしゃれな重巡。
カワサキか……
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