2001年米国大統領就任式典
合衆国大統領就任式というのは1月に行われる。
当たり前だがアメリカ合衆国は北半球にある。
ついでに言うと、ワシントンD.C.の緯度は仙台と同じ辺りにある。
つまり寒い。
「お嬢様。
準備はできましたでしょうか?」
橘が用意してくれた装備はフワフワのモコモコファッションのコートである。
中にはカイロまで貼っての万全装備。
ちらりとワシントンD.C.の空を見る。
灰色の上に雪が舞っていた。
「失礼いたします。
周辺の警備情報を持ってまいりました」
勝敗を決めたフロリダ州の投票は史実と同じく最後までもめていたが、ついに民主党候補が敗北宣言を出して決着した。
とはいえ民主党支持者がそれに納得しているという訳でもなく、ワシントンD.C.周辺には抗議の民主党支持者が集まっていたのである。
その情報はシークレットサービスから私の護衛に伝えられていた。
何しろ私は、その揉めに揉めたフロリダ州の共和党主要運動者の一人と見なされていたのだから。
事実、フロリダ州の騒動がニュースになるとアメリカのマスコミは即座に私に気付いて『日本が大統領選挙に介入した』とスクープを出して、日本政府が外務省経由で抗議する外交問題に発展していた。
なお、私の容姿がメディアを賑わせてゆくと、『……ジャパニーズ?』と皆首をかしげる始末。
クォータージャパニーズだからね。私は。
ここから私の背景まで探られて、ロマノフ系貴族の日本の公爵令嬢というワケワカメの背景まで探られるともう疑惑よりスター扱いである。
『あ。これやばいやつだ』
『だから視聴者が食い付くんだろうが!!』
という米国マスコミ関係者のやり取りがあったとか無かったとか。
そんな訳で、私に付く護衛も自前だけでなくシークレットサービスからもやって来ていたり。
空港から待ち構えていたパパラッチどものすごいことと言ったら……
「お嬢様。
お客様がお見えになられましたが?」
「いいわ。
お通しして頂戴」
橘がドアを開けると、かつての英雄が私と握手をする。
前の戦争から引退した彼にエージェントを派遣し続けてやっと口説き落としたのだ。
「はじめまして。公爵令嬢。
私みたいな老兵が役に立つとは思えないけどね」
「ご謙遜を。砂漠の英雄。
少なくとも、私が提示しようとしている問題解決の協力はできると思っていますわ」
さずがに英雄だけあって、子供と侮ってくれない。
多国籍軍総司令官としてイラク軍を相手にしているかのように私を値踏みしている。
侮ってくれる方が楽なのだが。
「退役兵士のホームレス問題。
君が提示した解決策を聞きたくてね」
「職を与えるのは難しくありません。
問題は、彼ら退役兵士ができる職を用意できるかです」
「それで出してきたのがゲーテッド・コミュニティか。
何だかできの悪いSFでも見ているみたいだよ」
米国で密かな問題となり続けているのに、退役兵士のホームレス問題がある。
ベトナム戦争から始まって、湾岸戦争でも問題になったこの問題に米政府は未だ有効な解決策を見付け出していなかった。
そんな中、私が用意したのがゲーテッド・コミュニティで別名要塞都市とも呼ばれる。
買い取った土地に用意した街予定地の周りに空堀を掘って、その土を急角度に土盛りして上にコンクリート塀を設置、塀の上部には鉄条網を。
この空堀と土手は洪水時に水を速やかに排水、水の浸入を防ぐ意味もある。
樹を適当に植えて遠距離からの狙撃を防ぐとともに環境・景色を良くする。
道路は全てゲーテッド・コミュニティの『私有地』なので、黒人やヒスパニックが勝手に入ろうとすれば『私有地への不法侵入』名義でもれなく逮捕できるし、住人パスが無いと入れない根拠にも出来る。
住人からは毎月通行料の名目で警備費用負担金をもらえる。
後は土地を分譲して金持ちに自分の金で家を建ててもらうという訳。
壁に囲まれた住宅地でゲートで出入りを監視するこの都市は、病院や学校まで中にないと都市としてはいまいちなので学校法人や医療法人を購入。
水や電気の確保も必要なのでこっちの会社も株を確保。
お店も近くないとだめだよね、という事で小売業も買収。
電話一本で食材の配達をしてくれる地域密着型なのが絶対条件で、金持ちに店まで来させるなんてのは似合わない。
貧乏人の犯罪者や異教徒から街を守るために警備も必要なのでその城壁を守るスタッフは民間軍事会社に担ってもらう。
そしてこれらを総括的にまとめるシティ・コングロマリットを開設し、社員に『自治都市として認めてもらうために大統領選挙に協力して!』と動いてもらった。
こうやってできた『ムーンライト・フロリダ・リゾート』はITバブル絶頂期の裕福層がこぞって購入し、選挙が終わったので処分しようとしたら、次々と買い手が付くという成功例に苦笑したのは言うまでもない。
金持ちの、金持ちによる、金持ちのための自治体。
これが成功者が引退する地でもあるフロリダ州で大当たりしたのだ。
アメリカは多民族のモザイク国家だ。
つまり、汝の隣人が日本人である可能性の高い日本とは違って、黒人・ヒスパニック・イスラム・カトリック・アジア系など多種多様な隣人が隣にいる訳だ。
彼らをアメリカという国旗と国家によってアメリカ人とみなしているが、そこに真の同胞意識は芽生えにくい。
そして、そんな彼らのために自分たちの税金が使われる事を多くの白人系大金持ちは嫌ったのだ。
質の高い医療、高い城塞に囲まれた内部で営まれる快適な暮らし、上下水道完備に高品質で用意されるメイド達。
それを外から入る異物から護る為に必要なのは、そのコミュニティーに忠誠を誓う専属の警備部隊。
米国でのPMCの拡張は、基本このゲーテッド・コミュニティの警護人員として用意する予定であり、この手のゲーテッド・コミュニティは、フロリダ州を始めとしたリゾート地に急拡大しようとしており、アメリカの闇を垣間見た案件である。
「この施策が推進されると、この手の都市が増えると同時にスラムが急拡大すると分かっているのかい?」
「それは政治の問題でしょう。
そして政治は、退役兵士のホームレスについて手を打たなかった。
彼らの社会復帰は長い時間と莫大な予算が必要になります。
早急に彼らを救いたいのならば、彼らを兵士にするのが一番早いですよ」
私はちらりと窓の外を見た。
まだ雪は止まない。
「奴隷の平和であることは、私も理解しています。
ですが、これが進められれば、雪の降る中で寝る元兵士達は確実に減ります」
「最善ではなく最良を……か。
それで救われる兵士がいるという事が私には重要だ。
とはいえ、私は星条旗に忠誠を誓った人間だ。
それは退役した今でも変わらないつもりだ」
有益であるとは分かっているが、星条旗以外の旗のPMCの職に就くのは躊躇しているという訳だ。
そのあたりは米国と争うつもりは無いので、遠慮なく明言しておこう。
「もし、私の行動が合衆国の国益に反すると考えるときは合衆国軍人として行動していただいて構いません」「……」
「もっともその前にアドバイスしていただけると嬉しいのですけど♪」
彼の返事を待つ間少しだけ沈黙ができた。
決断したらしく、私を見詰めて彼が声を出す。
「分かった。
この会社のCEO職を受けよう」
米国内に私の影響力が行使できる大規模PMC設立の瞬間である。
これは日本にも持ち込む施策でもあったりする。
何しろ、今の日本はバブル崩壊で2000万もいるかつて北日本国民だった者達への経済的打撃が問題になっているのだから。
同じ問題を抱えたドイツではこの処遇からネオナチなどに人間が流れたので、彼らの処遇は日本でも政治問題になろうとしていた。
彼らの救済案の一つにはなるだろう。
それ以上に階層・階級・地域等で断絶するかもしれないが。
「お嬢様。
お客様がお会いしたいと」
はて?
今日の来客はこの砂漠の英雄しか居ないはすだが?
名前を聞くと、部屋に通すしかない名前だった。
しばらくすると、そのお客様がSPを連れて部屋に入ってくる。
「お久しぶりです。
最後に会ったのは退任式の時でしたか?」
「今はただの一市民ですよ。
国務長官就任おめでとうございます」
若干無作法ではあるが、統合参謀本部議長という米軍トップとその下で湾岸戦争の司令官として多国籍軍を勝利に導いた軍人二人は、私の前でがっちりと握手をする。
あくまでお忍びとして来たらしい、新国務長官はその最初の仕事として私を選んだらしい。
「公爵令嬢の多大な貢献については大統領も感謝しているよ。
ただ、我が国としては、今極東で事を起こしたくはないという事を理解してほしい」
たしかに大規模にPMC抱え込んでいる上に、北樺太問題を考えれば極東で火をなんて考えが出るわな。
外交に当たるのだから、こちらも外交で返すことにしよう。
「それは、日本政府に伝えてよろしいので?」
「……いや。
私はここにはあくまで旧友に会いに来た。
そういう事でね」
「……貴方を見ていると、辞めてよかったと思うよ。
ここの空気は私には合わない」
米政府の方にも砂漠の英雄から私の本意である退役兵士の救済としてのPMCについての話が行くだろう。
問題はその兵士を使わないと言っても誰も信用しない所なんだが。
おまけ
「すいません。
公爵令嬢。
発火物の持ち込みは禁止されていまして……」
カイロはNGだった。
おかげで寒いったらありゃしな………くしゅん!!
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砂漠の英雄と新国務長官
湾岸戦争の現場司令官と統合参謀会議議長(制服組トップ)のコンビ。
退役兵士のホームレス問題
有名なのだとベトナム帰還兵の悲哀を描いた映画『ランボー』。
湾岸戦争でもホームレス問題は続いていて、アフガンは未だ戦争状態。
完全な泥沼に陥っている。
ゲーテッドコミュニティ
ITバブルがまだ弾ける前だから、バブル紳士達の群がる事と言ったら。
2014年にこの問題がNHKで放映された時のtogetterのリンクを張っておく。
クロ現「“独立”する富裕層 ~深まるアメリカ社会の分断~」
https://togetter.com/li/658231
カイロ
何がまずいって熱を持っている四角い物体だから爆発物と勘違いされる所。
なお、席につく前のシークレットサービスのチェックで発覚してめでたく風邪を引いた。
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