『帝都護衛官』ドラマスペシャル『小さな女王様に捧げるアリア』

 ホールの舞台袖で主役であるアクション系俳優が私に語りかける。

 真顔で。

 演技だとしてもその表情は嘘ではなかった。


「なあ。小さな女王様。

 あんたを狙っている連中には格好のチャンスを与えている事は理解しているよな?」


「ええ。それでも私は歌いたいのよ。

 歌姫として。

 私の夢だから。

 だからお願いします。

 どうかこの歌を歌わせてください」


 ドレス姿の私はペコリと頭を下げた。

 そこで監督の声が周囲に響く。


「はい。カット!

 瑠奈ちゃんお疲れ様でした」


 何をやっているかといえば、ドラマの撮影である。

 何処かの都知事がノリノリで書いた本を原作とした大人気刑事ドラマ『帝都護衛官』シリーズ。

 帝都東京を舞台にやってくる要人を犯罪組織から守る警視庁警備部警護課警護第五係の日常のスペシャルドラマの撮影に駆り出された理由は、ちょっとだけ深い闇がある。


「じゃあ、次はテロ組織と護衛メイドの戦闘シーンを撮るので、エキストラの皆さんお願いします!」


 テロ組織の傭兵と護衛メイドたちはこちらが用意した本物なのだから。

 実は、私につける連中の採用試験を兼ねているそうだ。

 話に絡む所は俳優が、ペイント弾を食らって倒れる連中はスタントマンがするが、移動なり射撃なりの動作がガチなので、妙なリアリティーがある。

 はっきりわかるのがハンドサインで、敵味方黙って指示を出しあってるのがまた画面越しだとシュールに見える。


「一つは警告です。

 狙う連中が事前情報を集めない訳が無いですから

 こちらにはこれだけの戦力があるとわかれば、馬鹿は絞れます」


 こういう企画にGOサインを出した橘の説明にそういうものかと私はなんとなく思ったり。

 実際、今次の撮影を待っている私についていろいろしているのは採用予定の本物のメイド達である。


「もう一つはストーリーそのものに警告を入れさせていただきました」


「ああ。

 どうりで覚えがある話があるなと思ったら……」


 今回のドラマスペシャルのストーリーは、欧州王家の血を引く亡国の王女設定の私がロシアのテロ組織から狙われるという話。

 実際に物語序盤では私がクルーズフェリー内で誘拐されかかり、クライマックスではオペラの歌唱シーンで狙撃されかかるというシーンが用意されている。

 しかも、最初の誘拐は私が持つ巨万の富目当てのロシアの犯罪組織が相手であり、後半のシーンは王家復興の旗頭として使われることを危惧したロシア情報機関が最初の犯罪組織の名を使って狙うなんて凝った設定に。

 とはいえ、私の年と背景でロマンスは無理だから、話の軸は私についた護衛官と私付きのメイドとの絡みが物語のメインになっている。


「俺は北海道から帝都に憧れてここに来たってのに、帝都ではこんな小さな子どものお願いすら守れないのか!?

 歌いたいってその思いを無下にするのが俺たちの仕事なのかよ!!」


 新米護衛官として抜擢された北海道から来た俳優が頑張っている。

 この番宣の為にサイコロの旅をプレゼントして、1を出して札幌日帰りをさせてしまってごめんなさい。

 この『帝都護衛官』シリーズは、岩沢プロダクションと桂華歌劇団出身の俳優と北海道の地元タレントによって作られている。

 桂華グループ全面支援の深夜ドラマとして始まっているが、視聴率は上々でTV局や広告代理店からは『ゴールデンに移らない?』と誘いを受けているが全部断っている。

 深夜だからこその好き勝手ができなくなるし、広告代理店やTV局からの俳優の売り込みも面倒だからだ。

 なお、映画も既に制作が決定しているがそっちには私は出る予定はない。

 テロ組織から帝都を救うまでなので、そっちは引退した渕上元総理が都知事役で出るという事で話題を集めているからだ。


「私が言うのもおかしいけど、この時点でコンサート中止よね。

 本当ならば」


 撮影シーンが続けられてゆくが、クライマックスのコンサート会場でのテロ組織と護衛官達の静かな熱いバトル。

 最後が格闘になるのはこの手のドラマのお約束ではあるのだが、他の刑事ドラマと違うのはその格闘が軍隊格闘術だったりエキストラの数だったり。


「動くな!

 投降しろ!!」


 ドラマ内での人数ではコンサート警備に200人対テロ組織数人。

 どっちが敵だかわからないが、数で押す警察側を犯罪者側があの手この手でかいくぐるのもドラマの見どころとなっている。

 なお、こっちの人数が多くなるから組織間の軋轢もドラマの醍醐味だったり。

 今回はメイド隊と護衛官とテロ組織絡みで出張る公安との軋轢とか。

 そこをテロ組織に突かれるあたり、日本的に実に生々しい。


「すいません。

 瑠奈ちゃん出番お願い」


「はい!」


 監督に呼ばれたので私は立ち上がる。

 さてと出番だ。

 ちょっと歌ってくるとしよう。

 私が歌うと聞いて出張ってきた帝亜国際フィルハーモニー管弦楽団の演奏で歌うのは、『ミカエラのアリア』。




 この深夜スペシャル、週末深夜二時から朝の五時までの三時間スペシャルなのに視聴率平均7%。

 最高視聴率10%を超える大勝利に終わったが、おかげで本気になったTV局と広告代理店の『ゴールデンに移って』要請が洒落でなくうざい。

 その最高視聴率のシーンは私が歌っているシーンだったという。




────────────────────────────────


主役であるアクション系俳優

 あえてここは皆の想像におまかせしよう。


舞台での狙撃

 元ネタは『ルパン三世 次元大介の墓標』の序盤。

 あと、『踊る大捜査線 交渉人 真下正義』あたりもイメージに入っている。

 ユースケ・サンタマリアは大好きな俳優なのだ。


ハンドサイン

 これを見て最初ビックリしたのはアニメ版の『クローン・ウォーズ』。

 戦闘シーンでまったく喋らない。

 なお、このアニメ番の『クローン・ウォーズ』には銀河史上最高にシュールなビックリドッキリメカが出る。


北海道から来た俳優のサイコロの旅。

 札幌日帰りで唖然とする軍団、まさかの1出しでガチ泣きで謝罪する瑠奈、どんどん気温を下げてゆく橘とおつきのメイド達とまったく余すこと無く撮影し続けたカメラの人の奮闘でたった一話で神回と成り果てた伝説の回。

 なお、そこから深夜バスで函館、青函フェリーで青森、飛行機で東京ときて、深夜バスはかた号で博多で疲れ切った軍団はチャンスタイムを俳優が振って飛行機で札幌でゴール。

「おねがいですからいんちきしてください!」

の瑠奈の声はめでたく字幕になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る