図書館にいる先を生きる人

 帝都学習館学園共同図書館。

 初等部・中等部・高等部・大学と一貫教育されているこの学園にはそれぞれの学部に図書室はあるのだが、利用者は少ない。

 それは、この共同図書館を皆が使っているからである。


「お嬢さん。

 学生証を拝見」


「はーい♪」


 入り口の警備員に学生証を見せて、私は館内に入る。

 この図書館には莫大な本棚と地下にそれ以上の閉架本棚があり、研究室や読書室や複数のホールだけでなくちょっとした喫茶店まである巨大施設である。

 基本生徒の立ち入りは自由だが、土日祝日となると市民にもこの図書館は開放される。

 また、この図書館はゲーム内ではデートスポットやコミュイベントなどの舞台にもなっている。


「あら、いらっしゃい。

 お嬢さん。

 今日はどんな本をご所望かしら?」


 共同図書館館長。高宮晴香。

 老眼鏡を掛けて初老の女性は、ゲームが違っていたら魔女だと思う雰囲気のある人だったりする。

 悪い魔女ではなく良い魔女として。

 この図書館の主であり、ゲーム開始時から長く付き合うであろう人である。


「この本を探しているの」

「この本はどこだったかしら?

 ずいぶん懐かしい本を読むのね」


 この人の本ならば最新シリーズの方だったかなと思いながらも私はこの本を探す理由を告げた。

 偽らざる私の本心を。


「はい。

 図書館で見付けてから、もう一度読みたいと思って」


 多分、手元に置いておくならば買ったほうがいいやとも思ったが、図書館に置いてある本だからこそ読みたいというのがある。

 そのあたりの機微を知ってか知らずか、高宮先生は地図も見ずに本のある場所に私を連れてゆく。


「このあたりの本は閉架に移そうかと思っていたのよ。

 移す前に読む人が現れて良かったわね」


 そんな本達に語りかける高宮先生を見ていると、この人は本当に本が好きなのだと感じる。

 私はこんな人が現実に居たら良かったのにとゲームをしながら何度か思ったことがある。


「毎年たくさんの本が出て、たくさんの本が仕舞われてゆく。

 読まれない本は読まれるために少しお休みをするのよ。

 きっとこの本が必要だと思える誰かに会うためにね」


 学園の施設案内で小学生相手に笑顔でこんな事を言ってくれるこの人を皆魔法使いだの魔女だのいうのは当然だった。

 というか、そう呼ばれてはや十数年。

 そこからまったく顔姿が変わっていないという上級生情報もあり、本人もそんなあだ名を知ってか知らずかの風体を装っているので『図書館の魔女』と言えば学園内であの人かと察する程度の有名人となっている。

 なお、ゲームでは、その博識さから主人公の注意役としてよく登場し、主人公が何が足りないのかとかを教えてくれるお助けキャラクターの側面を持っている。


「はい。

 お探しの本は、この棚のここにありますわ。

 良かったわね。

 あなたに小さなお嬢様がお迎えに来たわよ」


「ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げて、私はその本を受け取った。

 この場で読むのではなく貸出を希望するので、高宮先生と共にカウンターへ。


「いっぱい色んな事を知りなさい。

 それはきっとあなたの人生を彩ってくれるわ。

 良いことも、悪いことも、過ぎれば愛おしく思えるものよ」


 高宮先生の時代はちょうど価値観の逆転が始まる時代だった。

 女性が学問なんてと言われる時代から、女性が社会に出る時代に。

 彼女はそんな時代の第一走者だった。

 名家高宮伯爵家の一人娘として生まれた彼女は、その美貌と才媛ぶりから華族の名家に嫁ぐ事が決まるが、『女は家にいればいい』という嫁ぎ先の方針に反発し離縁し家に帰る事に。

 嫁ぎ先から返されたという不名誉から高宮家でも飼い殺しが確定する所が、時代は戦争真っ只中で男手が圧倒的に足りない時代。

 その才能を社会にという時の政府のプロパガンダに乗り、色々な職に就き図書館司書としてこの学園に来たのは高度成長期の事。

 ゲームの設定資料集を読んで、こんな人になれたらなと思ったことがあったが、その時の私はこの人を目指してついにこの人になれなかったのを覚えている。

 なお、この人は最初の結婚からついに次の人を見付けず、お家は没落して潰れたのにこうして穏やかに図書館で微笑んでいるのは、時代に勝った事を確信していたからだろう。


「じゃあ、貸出しね。

 カードを拝借するわね」


 あと、この人のエピソードで忘れていけないのがこの貸出カード。

 昔の本は本にある貸出カードで貸し借りを管理していたのだが、図書館の全ての本の貸出カードに高宮晴香の名前が書かれていたという。

 つまり、この眼の前の御方は、この巨大図書館の本を全て読んだという訳で……

 それだけでもこの人を魔女呼ばわりしても間違ってはいないと思う。もちろん当人を目の前にして言うつもりはないが。

 図書委員になると、仕入れた新書を高宮先生より先に借りて高宮先生が悔しがるイベントもあったりする楽しい人なのだ。

 もちろん、この本の貸出カードにもちゃんと『高宮晴香』の名前が書かれていた。

 その名前の幾つか下に『桂華院瑠奈』の名前が付け加えられる。


「はい。

 返却は一週間後よ。

 あなたにとって、この本が掛け替えのないものになりますように」


 そう言って微笑みながら本を渡してくれる図書館の魔女に魅せられて、図書館に通っている人も多い。

 多分私もそんな一人なのだろうな。


「ん?

 瑠奈。

 何を読んでいるんだ?」


 そのまま帰るのがもったいないのでアヴァンティーで読んでいたら、栄一くんたちに見付かり話題になる。

 こういうのも本の面白いところだ。


「図書館から借りてきたのよ。

 なぞなぞの本かな?」

「へー。

 なぞなぞが、物語になっているのか。

 ちょっとおもしろそうだな」

「答え言わないでよ!」

「わかってる。

 しかし、このなぞなぞは聞いたことがないな……」


 後日、栄一くんたちもこの本を借りたのは言うまでもない。

 その時私は、この人の次の話を読んでいた。




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高宮先生のイメージ

 NHKドラマ『春よ、来い』。

 松任谷由実の同名の曲があまりに有名だけど、このドラマの主人公の波乱万丈の人生は結構心に残っている。

 連続テレビ小説を見ていると、人生の節目で太平洋戦争とバブル崩壊がどうしても出てくるのは、それだけ人の生涯が長くなったからなのだろうと悟ったのもこの番組からである。


図書館のイメージ

 東大安田講堂。

 なお館内設備は、市町村の最近の文化複合施設を参考にしている。

 それで気になったが、この学園学生運動時どういう対応を取ったのかな?

 たしか、炎上を避けるために、大学とそれ以外を分けたぐらいしか設定は作っていなかったけど……


瑠奈が借りた本

 『ぽっぺん先生の日曜日』(舟崎克彦 筑摩書房1973年)

 私は、このシリーズならば『ぽっぺん先生と帰らずの沼』を押すかな。

 アニメを見て衝撃を受けて、図書館で借りてはまった口である。

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