バレンタインは三倍返し 小学生編

 バレンタイン。

 お菓子業界の陰謀とか、乙女の決戦日とか言われるこのイベントだが、帝都学習館初等部でもそれは変わらない。

 というか、なまじ華族やエリートや財閥子息が通っているだけに、その競争は苛烈になる傾向がある。


「なあ。瑠奈……」

「あの、桂華院さん?」

「桂華院?」


 栄一くん、裕次郎くん、光也くん三人の手に乗っているのはチョコレート。

 価格は五円なり。

 なお、男女関係なくクラス全員にばらまいたものである。


「高いものをあげて、高いものを返すなんてつまらないでしょう?

 だから、ゲームをしましょう♪」


 私はいたずらっぽくウインクをする。

 この手の庶民感覚の話は、主人公が出てからが本番なのだが、いろいろと是正ぐらいはしてやろうという心積りである。

 何だかんだでこの三人とつるんでいる事も多いしね。


「私は、ホワイトデーにおいてお礼は三倍までしか受け取りません!」


 三人の顔から血の気が引いた。

 バレンタインデーでよく聞かれる三倍返しルールである。

 だけど、こういう形で元の価格を提示すると、なかなかスリリングな知的ゲームに変わる。


「まてまてまて。

 三倍って事は十五円か!?」

「また十五円ってのが憎たらしいよね。

 十円のお返しなら考え付くけど、五円余っちゃう」

「桂華院の事だ。

 十円で返しても問題はないだろうが……」


 互いをちらと確認する男子三人。

 ゲーム内でもよく出ていたが、この三人基本的に負けず嫌いである。

 そこで私は胸を張って挑発する。


「まぁ、気持ちの問題よ。

 正直お礼ならば何でもいいわよ♪」


 そこではいそうですかと行かないのが男の子である。

 負けず嫌いと女の子への見栄とロマンで構成されるのが男の子という生き物なのだ。

 三人の間に走った緊張を私は見逃さなかった。


「なるほどな。

 何を返すかという勝負という訳だ」

「で、桂華院さんが審判役と」

「十五円以内で桂華院を満足させるものを用意しろか」


 なお、橘や一条にも同じルールで五円チョコを渡したのだが、彼らは、


「大人で裕福な人がお金を使わないと誰が経済を回しましょうか?」


と私をたしなめた上で、感謝の言葉と高価なものを用意すると言い切った。

 できる大人である。

 ついでに言うと、仲麻呂お兄様は感謝の言葉を十五円と言って冗談ぽくこんな事を言うあたり、財閥の御曹司である。


「瑠奈。

 覚えておくといいよ。

 感謝の言葉と謝罪の言葉は基本タダなんだよ」


と。

 そんな感じで実に世知辛い大人の塩対応ではないものを期待しての事である。


「よし乗った!」

「ぼくもやる事にしよう。

 なかなか楽しそうだし」

「頭の体操にはなるな。

 一ヶ月後を楽しみにして待っていろ」


 そんな三人のやり取りを見て微笑ましく眺める私と、彼らから断罪される私の姿が重ならない。

 それでも、彼らとは断罪されるまでは良い関係を続けていけたらとは素直に思った。




 そんなやり取りをした一ヶ月後。

 みんなからやってきたホワイトデーのお礼は、ガムとか飴玉とかビスケットとかだった。

 なかなかみんなも考えるもので、三十円のビスケットを半分くれるなんて技で私にお返しをする人もいたり。

 あと、宝物と言ってセミの抜け殻はノーサンキュー。

 それとは別に、最初にやって来たのは光也くんだった。


「桂華院。これ」


 光也くんから渡されたのは一つの紙。

 多分ノートを切り取ったものなのだろう。

 見ると『十五円分何でもする券』というある意味期待していたものが返ってきた。


「うんうん。

 こういうのが欲しかったのよ。私は。

 ありがとうね♪」


 満面の笑みでその紙を受け取る。

 この手の紙を使用する場合、こっちが十五円の価値を考えないといけないというのがポイント。

 これで有効期限まで付いていたらなお良かったのだが、そこまで求めるのは酷だろう。


「桂華院さん。

 お返し。どうぞ」


 次にやって来たのは裕次郎くんで、用意してきたのは手にいっぱいのビー玉だった。

 美少年の笑顔がつくと、ビー玉でも宝石に変わろうというもの。


「うまい手よね。

 元の価格が分からないけど、確実に安いと分かるからやっぱりこっちで価値を決めないといけない訳だ」


 一個十円かな?二個でまけてもらって十五円かな?

 そんな事を考えながら、私はビー玉を二つ手にとった。


「ちなみに、その色を取った理由は?」


 裕次郎くんが笑顔のまま尋ねて、私はそのビー玉を光にかざして微笑む。


「なんとなく。

 それじゃだめ?」


「まさか」


 子供らしい宝物が手に入った。

 せっかくだから子供の宝箱の定番であるお菓子箱を用意して、その中に大切に保管しておこう。

 たとえ私が断罪されて破滅したとしても、見逃してもらえるような大事な大事な宝物たち。


「で、俺の番という訳だな!

 十五円という制約の中で、最高のものを用意したぞ!

 これだ!!」


 という訳で栄一くんが持ってきたのは一枚の紙。


「っ!?」

「うわ。

 栄一のやつ趣旨を理解してない」

「帝亜。

 間違ってはないが、間違っているぞ」


 その紙に書かれていたのは、彼のサイン入りでスケッチされた授業中の私の肖像画だった。

 もちろん、習い事もばっちしだった栄一くんだから、そのアール・ヌーヴォー風に装飾されて気だるそうに授業を受けている私の姿が実に見事に描かれていた。


「栄一くんのばかっ!」

「なんでだ!?」


 試しに鑑定してみたら、さらりと六桁提示されましたがどうしてくれよう……




────────────────────────────────


セミの抜け殻

 子供の頃はあれが宝物だった人はたしかにいた。


ビー玉

 子供の宝石。

 ラムネ玉と違うのがポイントだが両方宝物なのは間違いがない。


アール・ヌーヴォー

 アルフォンス・ミュシャなんかをはじめとした美術運動。

 私が好きなので作品にちょくちょく出している。

 ちなみに、前の話のポスターのポーズでドンピシャだったのが、ミュシャの『ヒヤシンス姫』だったりする。



6/20

週休二日制

 読者の指摘でカレンダーだと土曜休日になるらしいので、ひとまず私学という事でごまかします。

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