グレープジュース少女とコーラ少年

 帝亜グループは戦後にできた新興財閥であり、紡績業から自動車に手を出して成長した。いまやテイア自動車は世界トップクラスの自動車メーカーとして君臨している。

 財閥の位置付けとしては、戦前から続く大財閥二木グループの外様にあたるのだが、今やグループ内でもトップクラスの収益を誇っていた。

 昨今ではバブル崩壊のダメージから、グループ内で再編の噂が常に聞こえているという。

 たしか、帝亜秀一の祖父だったか曽祖父だったかが、二木家から嫁を貰っているはずである。

 同じく二木グループの外様である芝浦電気や石播造船、扶桑フィルム等と組んでグループ内の主導権を握ろうとしているとか。

 これに御三家と呼ばれる、二木本社・二木銀行・二木物産が対抗している、なんて噂もあるのでどこも内実は似たようなものなのだろう。


「お招きに預かり感謝しております。公爵」


「爵位などあってないようなものですが、こういう場にてそう呼ばれるのも悪くはないですな、総帥」


 なまじ華族制度が残ってしまった為に、戦後数度にわたる制度改変を経て叙爵による一代華族や、婚姻による青い血の受け入れ等で華族はうまく生き残ってきた。

 桂華院家はそういう意味では、実業を抱えている事で華族の中でも力がある家と言えるだろう。

 箔付けにせよ、実利にせよその血を欲しがる輩は結構居たのである。

 そんな事を考えていたら、帝亜秀一が私の方を見る。

 まぁ、日本人ばかりの中でこの金髪は珍しかろう。


「はじめまして。

 桂華院瑠奈と申しますわ。おじさま」


「おや、よくできたお嬢様だ。

 その制服は栄一と同じ学校かな」


 もちろんゲーム設定的に知っていたが、栄一くんも私と同じ小学校の制服である。

 なお、私達が通う帝都学習館学園は、東京の一等地にある名門校で、幼稚園から大学までの一貫教育が売りであると同時に、中高大のそれぞれに入試による外からの優秀者を入学させていた。


「栄一。

 私は少し公爵と話があるので、瑠奈さんと向こうで楽しんできなさい」


「あら?

 私でよろしいのですか?

 私、色々言われている少女ですのに」


 瞬間、時が凍る。

 桂華院家のスキャンダルに近い話だが、相手がこのクラスだと漏れていない方がおかしい。

 それでも、それを本人から堂々と暴露するのは大人たちにとって予想外だったに違いない。


「瑠奈。

 その話はどこから?」


 目が笑っていない清麻呂叔父様ににこやかに子供の笑みを返す。

 なお、清麻呂叔父様の笑みには、子供の私にこんな事を漏らすとは、と激情を押し隠しているのが透けて見えた。

  

「さぁ、忘れましたわ」


 と言いながら、一族分家およびその取り巻きの皆様がおられる場所をちらり。

 それで叔父様とお兄様は察してくれたらしい。


「わかった。

 この話はまた後で。

 とりあえず、栄一くんと一緒に向こうに行っていなさい」


「はーい」


 状況がよく飲み込めていない栄一くんの手を取ってさっさと端の方に。

 私が手を離すと、やっと彼が声をあげる。


「お前……変なやつだな」


「褒め言葉と受け取りますわ。

 さてと、難しい話は大人に任せて、ちょっと冒険と洒落込みませんか?」


 ゲームにおける帝亜栄一は、帝王教育を受けた結果、立派な万能系俺様キャラになっていた。

 さすがにこの頃はまだ俺様キャラではないらしい。


「え?ちょっと……おいっ!何処に行くんだ!?」


 私がパーティー会場から出た後を彼は付いて来る。

 もちろん、護衛が付いているので、その護衛を呼んで耳元でゴニョゴニョ。

 護衛が苦笑しながら口を開く。


「給仕の者を呼べば持ってこさせますのに」


「だめなの。

 体に悪いからって飲ませてくれないのよ!

 失礼だと思わない?」


「おいおい。

 一体何をしようとしているんだ?」


 子供らしい無茶振りに頭を抱える護衛に、何をする気なのかとだんだん心配になってきた栄一くん。

 彼らにとっての救いの手はほどなくやって来た。


「どうした?」


「はっ。

 瑠奈お嬢様が……」


 怪訝そうな顔の仲麻呂お兄様に、私はポケットから宝物のように500円硬貨を見せつける。

 そして腰に手を当ててどや顔で言ってのけた。


「お兄様。

 私、一階の売店の自販機でジュースを買いたいの!」


 改めて首をひねる男三人。

 三人を代表して仲麻呂お兄様が尋ねた。


「瑠奈。

 頼めば護衛がジュースを買ってくれるし、そもそもジュースは給仕に言えば持ってきてくれるよ」


「もぉ、お兄様まで分かっていないんだから!」


 私は大人ぶったしぐさで実に子供らしい理由を言う。

 なお、これはゲームの栄一くんのエピソードの一つで、主人公と買い物した時に支払い方が分からず苦労した話があるからだ。

 基本放置予定の栄一くんだがここではせめてもの情けとして、一般人の常識を教えてあげようと思ったのだ。

 ただ私が飲みたいだけとも言う。


「私が、自販機で、買うことに意味があるんですのよ!

 もう瑠奈はもうすぐ小学生なんですから!!」


 魂が体に魅かれるのか時々本当に子供になる自分がいる。

 純粋に子供である事が幸せだったという事を知っているからこそ、その時間が愛おしい。

 仲麻呂お兄様はため息をついて私の手を握った。


「仕方ないな。

 一緒に行こう。

 付いて来てくれ。

 栄一くん。

 すまないが、瑠奈のわがままを聞いてあげてくれないか?」


「はい」


 声はともかく顔が嫌嫌なのが丸分かりだぞ。栄一くん。

 仲麻呂お兄様は私の手を取りエレベーターに。

 その後栄一くんとその護衛が乗り込んでドアが閉じる。


「栄一くん」

「はい」


 仲麻呂お兄様は栄一くんに話しかける。

 私は外に映る新宿の夜景を堪能しているふりをして聞き耳をピクピク。


「瑠奈はこんな感じでね。

 家の中でも学校でも、少し浮いているんだ。

 君が友達になってくれるのならば、僕としてはすごく助かるんだけどね」


「……考えておきます」


 おい。

 そこは『はい』と答えろよ。

 せめて表向きは。

 もちろんそんな事は言わずに一階の売店エリアに到着。

 自販機コーナーに並べられた私のお目当てのジュースは、一番上の棚に鎮座していた。

 この時の私の身長は大体120センチ。



「とーどーかーなーいーーーー!!!

 きゃっ!」



 涙目でぴょんぴょん跳ねる私を見かねたのか、仲麻呂お兄様が抱きかかえてくれた。


「ほら。

 どれだい?」


「これっ!

 グレープジュース!」


 果汁100%ではなく果汁30%だからこそ甘くて美味しい。

 前世において庶民だった私は、その味が大好きだった。

 仲麻呂お兄様に抱きかかえられて、私はお目当てのグレープジュースのボタンを押す。


「やった!」


「よくやったね。

 じゃあ、次はお釣りを出そうか」


「あ!

 お兄様ちょっと待って!!」


 私はそのままボタンを三回押す。

 コーヒー二つにコーラ。

 お兄様に体を下ろしてもらうと、私はコーヒーを仲麻呂お兄様と護衛の人に。

 コーラを栄一くんに手渡す。

 付き合ってくれたお礼だ。栄一くんにコーラなのは、多分彼の家はコーラを飲まないだろうな、という私の憶測からである。


「お礼。

 みんなで飲みましょう。

 乾杯!」


「「「乾杯」」」


「うわっ!

 これ泡が出てくるぞ!」


「そのまま口を付けて飲むの!」


 勢いよく泡を吹き出すコーラに驚き、そのまま口を付けて炭酸に感動する栄一くんを見て私は満足して笑った。

 この味が気に入ったのか、コーラを飲む栄一くんの姿がちょくちょくと目撃されるようになる。




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帝亜グループ

 あの自動車メーカー。

 財閥が生き残るとあの立ち位置は無理だろうな。多分。


二木財閥

 江戸時代の呉服店から続くあの財閥。


一代華族

 元ネタは英国の一代貴族。

 日本は家に対しての爵位で土地持ちが基本居ないから、青い血と資本家の結合という形で生き残るという設定。


ジュースの値段

 この頃はまだ120円。

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