主人公は父子家庭で育って、大学に進学した。ところがその矢先、世界がパンデミックに陥った。謎のウィルスの蔓延によって、人々の生活は制限され、非日常はそれに慣れた人々の日常となっていく。
そんな静止した世界で、大学を中退した主人公たち、フードデリバリーの精鋭たちだけは忙しく動き回っていた。指定された食事を、指定された場所に届ける。時には、サービスとしてドリンクを付けて。
配達途中だった主人公は、同じバイトをする一人の女性に出会う。何度か顔を合わせる内に、二人の距離は縮まっていく。
ところが、主人公は配達途中に酔っ払いに絡まれて、サービスのドリンクをその酔っ払いにかけてしまう。女性と一緒に自宅に戻った主人公は、人との繋がりを求めていた自分に気付くのだが……。
一見、現代社会の風刺のようだが、ある仕掛けによって世界観はがらりと終末感を倍増させる。静止した世界と、動き回る主人公という、対立軸もブレがなく、機能していた。「動く・動かない」というお題に対して、ここまで完璧に応えられる御作は、見事の一言に尽きる。
是非、御一読下さい!
パンデミックと化した現在。この世界は政府によって管理されている。謎の組織の回し者と化した死神と言われる存在。その死神の振るう大鎌は、デリバリーとして配る謎のドリンク類とは誰も思わないだろう。
生きていくのも、理不尽過ぎるこの世界。希望の見いだせない中で、果たして生きていく意味を、見いだせられるのだろうか?リアルに描かれた背景に、ただの創作上の話ではなく近未来にこの世界が待っているのではないだろうかと、疑心暗鬼になってしまいます。
タイトルにある終末のラッパとは、黙示録にある「天使が降りてラッパを吹いた。そして天変地異を引き起こした」とあるような、世紀末すら感じてしまいます。
なんとも遣り切れない悲劇的な結末に、心の奥をチクリと刺すような複雑な気持が湧いて来ます。
感染症蔓延により、出歩く人のほとんど絶えた街。家族を失い、大学もやめた主人公は、デリバリーのバイトを始める。時にウィルスそのものであるかのように罵倒されながら、時折秘密のドリンクを添えて。いろいろな心情を片付ける暇もないまま、地獄のような世界で右往左往する主人公は、ひとつの出会いによって、固く封じていた心の結び目をほどかれていく…。だが彼らを取り巻く現実はあまりにも無情だった…。
「あの頃」、ニュースで報じられる感染者数は増え続け、ステイホームは自粛はリモートはいつまで続くのか、治療薬はワクチンはできないのか、営業できなくなってしまった店はどうなるのか、などなど、先の見えない感はすさまじかった。今でこそ、さまざまな行事が再開されたりマスクを外す人が増えてきたりもしているとはいえ、感染者はまた増加しつつある。あんな時期を繰り返すことはもうないと思いたいが、こんな息苦しさに塗りつぶされた日々があったことを、本作で思い返すのは、大きな意味があると思う。
僭越ながら、名作、と言わせていただきたい。