009 ウォルター、双子たちのパパになる
「じゃあ、おじいさんは村長さんなんだ?」
「そうなりますね。ちなみに、私とも古くからの知り合いなんですよ」
ニッコリと笑うアルファーディに対し、ウォルターはきょとんとしていた。
どう反応していいか分からないというのが一番大きい。古くから、というのも少しだけ気にはなったが、どうしても聞きたいかと言われればそうでもない。
むしろ、どうでもいいとすら言えた。
その理由は当然――
「きゃー♪」
「あう」
二人の赤子の存在である。ウォルターの傍らに、二人並べて寝かせているのだが、揃ってウォルターに興味津々らしく、必死に手を伸ばしてきている。
流石に無視することもできずに手を伸ばしてみると、赤子たちは率先してその手を掴み、軽い引っ張り合いが始まってしまう。
「あーこらこら。少し落ち着け!」
赤子特有の力強さに、早くも少し参りそうになっていたが、ウォルターはさほど嫌な感情は抱いていなかった。
むしろ、ないがしろにしたくない。自然と目が離せなくなりつつある。
そんな不思議な気持ちを抱きながらも、改めてアルファーディと村長から、事情を聴くことにした。
「――で? 俺は一体、何から聞けばいいんだ?」
「そうですねぇ。ひとまずその赤子についてお話しをしましょうか」
アルファーディは淹れられた紅茶を飲み、そして赤子たちに視線を落とす。
「まず最初に申し上げておきます。その二人の赤子は――私と同じ精霊なんです」
「精霊?」
「はい。ちなみにこの子たちは双子ですよ」
「それはなんとなく分かる」
二人一緒にいるのだから、最初からそうなのだろうとは思っていた。顔も瓜二つであるため、尚更だと。
しかしウォルターからしてみれば、それは些細なことだった。
気になることは別にある。
「精霊、って言ってたよな? 見た目は、俺と同じ人間にしか見えないけど……」
「あくまで『種族』の一つみたいなものです。この世界にも、人間の他に『魔族』というものがいるでしょう?」
「あー……そういえば、なんか聞いたことあるな」
幼い頃に聞かされた内容を、ウォルターは思い出した。
「遠い海を渡ったところに『魔界』って呼ばれている大陸があって、そこには人間とは別の種族が住んでいる……みたいな?」
「えぇ。それとは別に、精霊という種族が暮らす世界もあるということです。もっともそれを知る者は、こちらではごく限られた人のみですけどね」
穏やかな口調で語りながら、アルファーディは村長に視線を向ける。古くからの知り合いともなれば、当然知っているということだ。
「精霊という種族故に、能力の面で人間とは多少の違いこそありますが、今は普通の赤ちゃんだと思っていただければ、それで大丈夫ですよ」
「そっか……でも、なんでその赤ちゃんがここに?」
「色々あったんですよ。簡単に言えばワケアリってことです。あなたと同じで」
「俺と?」
どういうことだという疑問を込めて、軽く睨みを利かせるウォルターだったが、アルファーディは涼しげに微笑むばかりであった。
それ以上語るつもりはない――それを示すかのように、ピッと人差し指を立てて、爽やかに話題を切り替えるのだった。
「先にも申し上げましたが、この子たちは双子――お姉ちゃんと弟になります。生後一ヶ月を迎えて、病気などもなく健康そのものなんですけど……」
「けど?」
「諸事情により精霊界では暮らせなくなり、こちらの村に置くことが決まりました。そこでこの子たちを育てる存在が、必要不可欠ということになります」
「はぁ……」
そりゃそうだろうなぁ、とウォルターは思う。赤子が自分の力で生き抜くなど、不可能や無茶ぶりを通り越している。誰かが守ってやらなければ、すぐに命は燃え尽きてしまうだろう。
それ自体は、彼も理解できるのだが――
「で、なんでそこで、俺をジーッと見つめてくるんですかね?」
尋ねはしたが、ウォルターは殆ど、ある程度の予感はしていた。アルファーディがわざわざ追放された自分を助けてここに連れてきた。そしてこの赤子たちを紹介してきたとなれば――自ずと言われそうな内容は想像できる。
「ウォルター君。あなたには、この子たちの『パパ』をやってもらいます」
「――やっぱりか」
「想定していたみたいですね」
「なんとなくな」
もはや強がったりする気力も失せたウォルターは、素直に認める。しかしながら、それでも聞き逃せない部分はあった。
「てゆーか、なんでパパ? お兄ちゃんじゃダメなのか?」
「子供を育てるからには、兄よりも『親』のほうがいいでしょう。それが、この子たちのためでもあります」
言っていることは分からなくもない。むしろそのとおりだとすら思えてはいた。
しかしウォルターは、あくまでまだ十歳の少年。流石にパパというのは、いささか無理があるように思えてならない。
と、ここで一つ、ウォルターの中にある予感が過ぎった。
「……あんたが面白がってるだけじゃないのか?」
「それも否定はできませんがね」
「アッサリ認めやがったな、この王様」
流れるようにツッコミを入れるウォルター。しかし怒ってはいない。むしろ呆れのほうが大きかった。アルファーディもそれには反応せず、どこか困ったような笑みを浮かべながら肩をすくめる。
「別に、特別なことをしろと言うつもりはありません。この子たちが元気に明るく、そして優しくて逞しい子に育ってくれれば、それでいいんですよ。ちなみに、これを引き受けることが、あなたがこの村で暮らす条件となります」
「キミ一人に全てを任せるつもりはない。ワシらも力を貸すことを約束しよう」
村長も胸をとんと叩きながら、力強く頷いてきた。後はウォルターの返事のみということだったが――
(ったく……そんなの、選択の余地なんかないも同然じゃないか……)
ここで拒否しようものなら、即座に放り出されるだろう。そうなれば今度こそ、先がどうなるかなんて分かったものではない。
それくらいのことは、ウォルターも分かっているつもりだった。
「……分かったよ。この双子の赤ん坊は、俺が育てる」
「はい。キミなら必ずそう言ってくれるだろうと、私は信じてましたよ♪」
「どの口が言ってんだか」
飄々としているアルファーディに、ため息をつくウォルター。そんな二人の姿を、村長は目を丸くして見ていた。
精霊王――すなわち精霊界のトップと対等に話している。年端もいかぬ少年だからとかではなく、精霊王本人がそれを認めているのだ。
この少年はそれほどの逸材なのかと、改めて驚きを隠せなくなる。
そしてウォルターは、そんな村長の様子に気づかずに――
「あうあー」
「うー」
目を輝かせながら手を伸ばしてくる双子たちに、思わず表情を綻ばせていた。
心が鷲掴みにされていた。こんなにも嬉しそうな笑顔を向けられたのは、実に久しぶりだった、というのも大きいだろう。
「そうそう。一つ言い忘れてましたが――」
アルファーディが人差し指を立てる。
「その子たちの名前を、是非ともキミが付けてあげてください」
「えっ? まだ付けてないの?」
「そう捉えてくれて構いません。この子たちの人生は、ここから始まるんです。それこそキミと同じく……だからお願いしますね?」
「はぁ……」
微妙にはぐらかされた感じはしたが、ウォルターは追及しなかった。それよりもしなければならないことができた。
ウォルターの表情は真剣さを帯びていた。殆ど無意識であり、視線を双子たちに集中させたうえで、思考を巡らせる。
そして――自然と二つの名前が浮かんできたのだった。
「お姉ちゃんのアニーと、弟のノア――うん、これで行こう!」
ウォルターが笑いかけると、双子たちも揃って満面の笑みを浮かべる。そんな小さな親子たちの物語は、ここから幕を開けるのだった――
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