第3話 オロロックという男
木箱の中の男がフタを開けてゆっくりと上半身を起こした。
その顔を見た吾作とおサエは、声の感じから想像した顔とあまりにかけ離れていたので、驚いて固まってしまった。
その顔は異常に青白く痩せ細っているため、頬がこけ、目の周りはくぼんで、まるで死体のよう。
しかしその目はギョロとしていて、野生の狼のような鋭さと心の奥底まで覗かれているような不気味さが混ざっている。
そして上前歯二本がまるでねずみのような出っ歯なのだが、その歯は二本の真ん中に向けてとがっていた。それになぜか耳が上にとがっていた。
この顔を見れば普通は、
『バケモノ!』
そうすぐに思うのだが、先ほどまでの間抜けな会話のせいもあって、二人はこの男がバケモノとは考えられなかった。
そしてこの男は日本の着物ではなく、黒いコートに黒のスカーフを首に巻いていた。
これは西洋の格好なのだが、二人はそのことまで気が回らなかったし、そもそも二人とも外国人を見た事がなかったので、そんな考えには至らない。
そしてその袖口から出た手首は骨と皮しかないくらいに細く、手のひらが妙に大きく、指も妙に長く、さらに爪が獣のように鋭く長かった。
吾作とおサエは固まったままだったが、そんな態度はお構いなしにその男は壁の三面しかない小屋を見渡し、目を細め、何やら考え込んでいるのか、
「フ~ム……」
と、ため息をついた。
すると男は吾作とおサエがまじまじと自分を見ているのに気が付いた。
「オ! オウ! スイマセーン! アリガトウゴザイマース! ワタシはー、オロロックとイイマース! ニホンゴ、スコシだけ、ナライましたネー」
男はやはり片言のへんな日本語で不気味な顔に似合わず社交的で明るく話してきた。
でも二人は状況を把握出来ず、混乱気味だったので言葉が出ない。
「あ、は、はい」
吾作もおサエもこれだけ答えるのが精いっぱいだった。
「ア、エ……オ~……」
その男ニコニコしながらも日本語をあまり覚えていないせいか、言葉に詰まってしまう。吾作とおサエも、何を話たらいいのか分からない。しかし何者かも分からないし、何か話さないといけないと思った吾作はとりあえず声をかけた。
「あ、あのどこから来たん?」
「エ~……ナニ?」
その男はほぼ言葉が通じないことが判明した。
こりゃ困ったぞ。
吾作とおサエはどうしようか? と、顔を見合わせた。男も困っている。するとおサエが、あ! と、思いついたように聞いてみた。
「お名前は何? な・ま・え」
「オオ! ナマエ! オロロックデース! オロロッーク!」
男は答えた。しかし二人は、
「おろ~……?」
「おろろ?」
と、上手く聞き取れない。上手く発音も出来ない。その様子に尽かさずオロロックはもう一度言った。
「オロロック!」
「おろろ~……」
「オロロック!」
こういうやり取りが十分間続いた。そして二人は名前を言うことをあきらめた。
この時間はとても楽しく、二人はこのオロロックと名乗る男に親近感を覚えた。
しかしオロロックは具合が悪くなってきたのか、少し木箱に片ひじをついて、うなだれてしまった。
「だ、大丈夫?」
おサエは心配し、吾作はオロロックの背中をさすったりした。
するとオロロックは、
「ダ、ダイジョブデース。ダイジョブデース……」
力なく答えながらも、頭をうなだれて意識ももうろうとなったようだった。
こりゃいかん!
心配になった吾作は、
「一度この箱から出りん!」
と、オロロックの肩を担いだ。
オロロックは意識を失ったようで、完全に吾作に身を委ねた。その大きいが細い身体を担いだ吾作は、その身体が非常に軽い事に驚いた。しかし今はそれどころではない。
「おりゃ!」
吾作は大きくかけ声を出すと、オロロックを木箱からズルズルと出し始めた。その長い体を木箱から半分以上出したところでオロロックが意識を取り戻した。
「オオ! オオ! ダメデース!」
「ええ? なんで~っっ」
オロロックのその慌てっぷりに、吾作は仕方がないのでオロロックを抱きかかえて木箱に戻そうとした。
その瞬間、吾作の首筋がオロロックの顔に近づいた。するとオロロックは何を思ったか目を見開き、大きく口を開け、
ガブっ!
吾作の首筋に噛みついた。吾作は首筋に強烈な痛みを感じた。
「イターーーーーーーーー!」
横で見てたおサエは急に目の前で起こった出来事にびっくりして固まってしまった。
オロロックは目が真っ赤に充血し、吾作の両肩をその長い腕でがっしり掴むと、木箱から足を出して背の低い吾作に覆いかぶさるように、中腰で首筋を噛み続けている。
吾作は血が吸われている感覚があり、だんだんと意識がもうろうとなってきた。
全身の力が抜けて、立っているのもやっとな感じになった時、わなわなと震えている顔面蒼白になったおサエが目に入った。
するとそこで吾作は我に返った。
(親切にしてあげたのに何で血を吸われなきゃいかんだん!)
吾作の脳裏に怒りがこみ上げてきた。
「いっったいだらああああーーー!」
吾作は渾身の力を込めると、大声を出しながらオロロックを突き飛ばした。
血を飲むことに集中していて完全に油断していたオロロックは、吾作の小さいけれど普段から畑仕事などをしている農民のクソヂカラをモロに受け、スゴい勢いで吹っ飛ばされた。
そして背中からゴロゴロと転がって小屋から飛び出し、お日様がガンガン照らしている砂浜まで転がっていった。
するとオロロックは大慌てで立ち上がり、お日様に顔を向けると、
「タ! タイヨウーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
と、叫んだ。
すると、身体中から炎が噴き出し、またたく間に全身が炎に包まれ、赤や青や黄色や緑といったいろんな色の炎柱を出しながら、あっという間に燃えきってしまった。
「え? なんで?」
吾作は困惑したが、だいぶ血を吸われたのか、その場で膝から崩れ、倒れてしまった。
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