ジェレミー様の執務室を出て、植物園でいつもの作業を行っていましたが、またすぐに会議室に呼ばれたのは午前中のことです。


 昨夜の事かなと、思い返していました。


 私の初めての実戦自体は問題無かったと言えばそうなのですが、頭を悩ませる事は起きてしまっています。


 それは私個人の問題なのだけど、これからどうすればいいのか、考えがまとまらなければ、植物園から一歩外に出たらビクビクしてしまいます。


 御守りのようにフードを深く被って、使い魔の猫に視覚を委ねました。


 会議室へと歩いていると、その途中で資料を抱えて前を歩くエレンさんの背中が見えました。


 エレンさんは、美少女から美女改めて、美青年へと成長されています。


 細身の長身はスラリとした体型で、長い髪も相まって、やはり綺麗な女性と間違ってしまいそうです。


 というか、女性にしか見えません。


「エレンさん。今朝はわざわざありがとうございました」


 声をかけると、振り返ったエレンさんは見惚れる笑顔を浮かべていました。


「いいのよー。可愛いステラちゃんの為なら。傷が残ったら大変だもの。ところでステラちゃん、怖い男に怖い目に遭わされたそうじゃない?大丈夫だった?」


 エレンさんのその言葉に、すぐ様ディランさんの顔が浮かんでしまったので、それはちょっと失礼かなと、自分を戒めます。


「いえいえ、ご心配なく。特に問題はありませんでした」


「そう?男のあしらいに困った時はいつでも言ってね」


 “はい”と、苦笑いで応じました。


 殺気を纏って迫ってくる悪魔をどうあしらえばいいか、指南を受けた方がいいでしょうか。


 エレンさんと並んで会議室に入ると、それぞれの場所に派遣されていた方々が集い、情報交換が行われていました。


 みなさんが揃ったところで、ジェレミー様からのお話です。


 各所から聞いた事をまとめて話してくださいましたが、そもそも、あんな町中に魔物が出没することが異常事態だという事は、私でもわかります。


「第五部隊が向かった先も、同じような状況だった」


 ギデオン様が珍しく難しい顔をされています。


「自然発生じゃなければ、召喚されたとも考えられるかしらと思って」


 普段は魔法研究をされているエレンさんが、資料を添えてくれました。


「禁術の召喚魔法ですか…?」


 説明書きとともに複雑な紋様が描かれたものを見て、思わず聞き返しました。


 何で、わざわざ魔物を?と、思うのは当然です。


「その可能性があるという事よ」


「めんどくせぇことしてくれやがる」


 ちっと、舌打ちをしたギデオン様がお怒りです。


「本来なら、魔物が生息しないような場所に多発的に現れた。それは、これからも起きる可能性はある。今、騎士団の第二部隊が総力をあげて調査してくれてるよ。もし何か協力が必要なら惜しむつもりはないから、皆もそのつもりでいてね」


 最後に穏やかな声でジェレミー様が締めました。


 騎士団第二部隊は、捜査・諜報活動を専門とする部隊でもあります。


 一刻も早い事態の収束を願います。


 でも、ふと、唐突にあの魔女の姿が頭をよぎって、まさか今さらとは思っていました。


 また、大きな不安に襲われます。


 あの時、何も企んではいないと言っていた魔女は、10年経った今はどこでどうしているのか。


 ロット男爵家と未だに関わりがあるのか。


 お姉様には影響はないのか。


 …………深刻な事を考えているのに、意識は部屋の隅に向いてしまいます。


 水属性の使い手であるロクサス様は、終始床で寝てしまっていて、起きる気配がありませんでした。


 それは、魔法士団の日常のひとつです。





「おい、ステラ。俺に何か言うことはないか?」


 会議室を出て食堂に向かっている途中で、寝不足が原因の欠伸を噛み殺していると、前を歩いていたギデオン様が振り返って言いました。


 首を傾げます。


 思い当たる事を探しています。


「第三部隊と一緒だったんだろ?ディランのやつに何かされたんじゃないだろうな。あいつは口が悪いし、強引な上に血気盛んだ」


 それはギデオン様のことでは?と思いながら、ジェレミー様の所を訪れたディランさんの事を思い出していました。


 私を探している。私に気付いている。“ステラ”とまで呼ばれた。


 あの時のお兄ちゃん……


「ギデオン様は、ディランさんとお知り合いなのですね」


「ああ。一年前にあいつが隊長に任命された時は、何回か集中して派遣されたしな」


 昨日のあの様子を見る限りは、お二人とも似たようなタイプなので、一緒にいると現場は収拾がつかなくなるのでは?


 何をどう言えばいいのか、言葉を濁しながら食堂に入ると、食事の乗ったプレートを受け取って、ギデオン様の向かい側に座りましたが、ギデオン様からの視線はずーっと浴びていました。


 頭に乗せていた猫を掴んだギデオン様は、その子に向かってさらに問い詰めたりしていますが、視覚を自分に戻して、素知らぬフリをしてフードの隙間からスプーンを運んでモグモグと口を動かしていました。


 ギデオン様の声が子守唄になり、食事の最中に睡魔のピークが襲って来て、ちょっとカクンと頭が落ちたりと、そんな時でした。


 バンっと、大きな音がして、食堂の扉が開け放たれたのは。


 入り口を塞ぐように立っていたのは、魔法士団専用食堂には似つかわしくない、一人の騎士の姿です。


 その人は、すぐに私に視線を向けてきました。


 またあの、獲物を狙うかのような鋭い視線をです。


 ギデオン様に掴まれた使い魔の視覚を通して睨まれているのが見えて、その威圧に、ひっと椅子からお尻が浮き上がりました。


「あいつ、こんな所に何しに来た……」


 ギデオン様のその声が合図になったかのように、大股でこちらに近付いてきたディランさんは、真っ直ぐに私の所に向かって来て……


 ターゲットが私だと確信して、食べかけの食事もそのままにガタンと立ち上がると、使い魔の猫を引っ掴んで、ディランさんの足元に影を纏わりつかせて足止めし、その横を通り抜けて一目散に扉の外に飛び出していました。


 不意打ちの魔法に、ディランさんは完全に置いてけぼりにされています。


 背後から待てと聞こえましたが、振り返らずに走りました。


 騎士に魔法を向けて、後で何か処罰を受けるかもしれませんが、今はそんな事よりも、あの人から離れたくて、逃げていました。






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