「失礼します。オーラム団長」


 団長、ジェレミー・オーラム様からの入室の許可と同時に扉を開け放ったのは、騎士団第三部隊長ディランさん。


 入室の時に、そう名乗っていました。


「やぁ、ディラン。活躍は聞いてるよ。さすがだね」


「貴方に褒められても、自分の小ささを思い知るだけです」


「うん。相変わらずで嬉しいよ。ところで、どうしたんだい?君は今朝、帰ってきたばかりだろう?疲れもあるだろうに。例の件の調査は報告を受けているよ?」


「個人的にお尋ねしたいことがあります」


「へぇ?」


 なんだか、ジェレミー様の声がいつもよりも弾んだものになった気がします。


 少し視線を上げると、口元を緩めてディランさんを見ていました。


「昨日派遣された魔法使いの事を教えていただきたいのですが。怪我をしたと聞きました。大丈夫だったでしょうか?」


「もう、痕も残らずに綺麗に治っているよ」


 朝になって、部屋を訪れてくれたエレンさんが、傷を治してくれました。


 たいした怪我ではなかったので、魔法を使ってもらうのは心苦しかったのですが、わざわざ足を運んでくれたエレンさんの御厚意には感謝を伝えて、甘えることにしました。


「安心しました。怪我を負わせて申し訳ありません。それで、その魔法使いは今どこに?」


「うん、それはどうして?」


「確認したい事があります」


 ヒヤヒヤしながら、ディランさんの言葉を聞いていました。


「黒曜石は恥ずかしがり屋さんだからね。どこにいるとは教えてあげられないんだ。縁があるなら、必ずまた会えるよ」


「………わかりました。お忙しい中、お時間を割いていただきありがとうございます。あと、もう一つだけよろしいでしょうか?」


「なにかな?」


「女子供を前線に派遣するのを止めていただきたい!あいつはまだ、せいぜい15,6でしょう!!騎士ですら前線に出るのは18になってからです」


 バンと机を叩く音がして、その音に驚いて体が少し浮きました。


「君の気持ちもわかるけど、魔法士団も人手不足でね。騎士団と上手く連携すれば、あの子は後方で支援するだけで済むから」


「また送り出す気ですか!?」


「平民ばかりの魔法使いは税金泥棒って言われる前に、存在意義を示さなければならない。場合によってはそうなるかな。君は10歳の頃から剣を握って、魔物の討伐部隊にいたそうだね」


「俺とあいつを一緒にしないでください!!そもそも、何であの子がこんな所に紛れ込んでいるんだ!!」


 ああ、もう、それ以上何かを、ジェレミー様に言わないでください。


「君が隊長の部隊だから、信頼して送り出せたってのもあるんだよ。そうやって、いつも周りを気遣ってくれるからね」


 ディランさんは気持ちを落ち着かせるように、ハッと息を吐いたようです。


「騒いで、申し訳ありませんでした」


「いいよ。君の想いはわかった」


「俺が直接あの子と話します。その許可はいただけますか?」


「個人的な事には口出しないよ。むしろ、私よりもギデオンの許可がいるんじゃないかな」


 私は話す事などありません!


 なので、ギデオン様の許可などいりません!


「わかりました」


 最後に挨拶を告げると、ディランさんが動く気配が感じられ、扉が開閉される音が続いていました。


「それで、ステラはいつまでそこに隠れているつもりなんだい?」


 そう言われ、びくーっと体を強張らせていましたが、ジェレミー様は楽しげな様子の微笑を浮かべたままでした。


 私がディランさんの突撃訪問の間どこにいたかというと、ジェレミー様の執務机の後ろ、ほぼ、ジェレミー様の足元に小さくなって隠れていました。


 ソロソロと、机の影から抜け出します。


 昨夜できなかった報告を、朝イチでジェレミー様にしている最中にディランさんが来たから、思わず隠れていたのです。


 派遣されていた町はここから数時間ほど要する距離にあります。


 そこの状況が落ち着いて、今朝方帰還した直後にここに足を運んだのでしょうか。


「ディランさんは、何故、私を気にかけてくれるのでしょうか」


「彼は、ミナージュ辺境伯の三男。国境を守る一族の出身で、責任感はとても強いからね」


 ミナージュ……


 やはりあのお兄ちゃんなのかと、今まで身を潜めて生きてこられたのに、まさかこんな所で……


 でも、無事な姿を確認できた事には安堵していました。


 たくさんの血を流していたあのお兄ちゃんの姿は、今でも鮮明に思い出せます。


 怖いくらいに大きく成長されてて、あのお兄ちゃんの面影は言われてみれば……目つきが悪いのはそのままでした。


 迫力が段違いに増していました。


 だいたい、あのテントの中で迫って来た時のアレは、気遣っている態度ではなかったです。


 殺気出していましたよ。殺気。


 私は魔物ですか。獲物ですか。ヤル気だったのですかと問い詰めたいです。


 思うだけで、そんな事は怖くてできませんが。


「ステラからの報告もだいたいは聞けたから、もう戻っていいよ」


「はい。では、失礼しますね」


 ジェレミー様に促されてドアの取っ手に手をかけると、


「ステラ。前後左右はよく確認するんだよ」


 ん?と首を傾げて、


「はい、わかりました」


 よくわからないながらも、返事をしてから部屋を出ました。





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