その日はいつものように、引きこもっている植物園で土に魔力を流して状態を確かめたり、収穫できる物をカゴの中に入れたりしていました。


 ここには、食べられる物食べられない物、観賞用の花から薬草毒草まで色々なものが混在しています。


 前任の方が引退されてしばらく放置されていた場所でしたが、私が任されてから、今日までの数年でちょっとした森のような場所になっていました。


 一応屋内なのですが、入り口に壁と扉と、入って少しだけ煉瓦が敷き詰められている所を通り抜けると、植物の種類ごとに仕切られている花壇があって、それを取り囲むように背の高い木々があります。


 建物の外側に面している部分から天井にかけてはガラス張りで、閉ざされている空間なのに風も感じられるから、管理者であってもここの設備には驚く事ばかりでした。


 中身がいっぱいになったカゴを抱えると、ちょうど、呼び出し用の魔道具が光っているのが見えました。


 魔鉱石を使用した物で、魔法士団団長のジェレミー様からの呼び出しの際に、光るようになっています。


 何かあったのかなと、急いでジェレミー様の執務室に向かいます。


 私のその日は、突然にやってきました。


「応援に……?」


 ジェレミー様より告げられたことは、夕暮れ時の雰囲気も相まって、私の不安を煽りました。


「同時多発的に町中に魔物が現れて暴れている。すでに、ギデオンやロクサス、他の団員も別の場所に派遣しているよ」


 ギデオン様や、ロクサス様。


 彼らはベテランですが、私は初めての実戦です。


 騎士団と共に行動する実戦を経験するのは、もう少し先だと思っていました。


 それだけ人手が足りないのも初めての事です。


 魔物被害はたびたびありますが、今回は随分と特異な事態のようです。


「共闘する第三部隊は一番若い隊でもあるけど、優秀である事にはかわりないから。隊長はとても信頼できる子だよ。だから、ステラは最前線には立たずに、サポートに徹するんだよ。ステラが怪我するのは本意ではない」


「気をつけます」


「うん。ギデオンがね、ステラならできると言っていた」


「はい。期待に沿えるように頑張ります。行って参ります」


 上位魔法使いのローブを着ると、私の異質な容姿を覆い隠すためにフードを首元まで深く被る。


 それから、視覚の役割を果たす使い魔の猫を頭に乗せると、ジェレミー様に見送られて、魔法で構成された転移ゲートから移動しました。


 ゲートの出口は、先行した騎士団がすでに設置してくれています。


 この移動手段はジェレミー様が開発した魔法で、格段に効率が上がったと言われています。


 私がギデオン様の後を追って初めて王都に来た時の移動魔法も、ジェレミー様が考案したものだそうです。


 ドキドキしながら光る道を通り抜け、


「お前が派遣された魔法使いか?」


 最後にゲートをくぐって目的地に出た途端に、視界を遮る背の高い男の人に声をかけられて、地面に足を付けたと同時に驚いて飛び上がってしまいました。


 騎士の見本のような体躯の男の人です。


 私の視覚は、使い魔の猫を通して周りを見ていますが、目の前のこの人は仁王立ちで、待ち構えるように立っていたのは、ゲートを設置するためにここを任された方だからでしょうか。


 私よりは年上のようですが、まだ若い人で、銀色の髪を短く切り、紫色の瞳が上から見下ろしています。


 威圧感が半端なく、随分と鋭い目つきです。


 正直、怖いです。


 人見知りと引きこもりにとっては、初っ端から試練です。


 銀色の髪を見ると、思い出さずにはいられない人がいますが……


 あの時の事が頭に浮かんだ瞬間、盛大な舌打ちが聞こえて、目の前の人に意識を戻しました。


「初めての実戦だからって来てみれば、あの人は何を考えていやがる!いくら玉持ちだからって、なんでこんな子供をこんな所に放り込んできたんだ!」


 “玉持ち”とは“宝玉の位”の事なのですが、やはり、私では不服のようです。


 なんだか申し訳ないです。


「お前はこっちだ。周りは危険な場所だらけだから、とにかく、こっちに来い」


 騎士は私の腕を掴むと、有無を言わさず何処かへと連れて行きます。


「もう、大型の魔物が町中に何匹も入り込んでいる。お前は危ないから指揮所を離れるな」


 そう言って大型のテント内に連れて行くと、そこに置き去りにして、その人はさっさと剣を抜いて走って行ってしまいました。


 指揮所は救護所も兼ねているのか、怪我をした騎士や住民が運び込まれてきます。


 ここを離れるなと言われても、騎士団を支援するように言われているので、でも、状況を知りたくても、皆、目の前のことに集中している様子でした。


 大きなテントからソロソロと外に出ると、できるだけ高い建物を探して、地面から蔓のような植物を生やし、それを伝って屋根の上によじ登りました。


 慣れないことに、出っぱっていた釘にローブの端っこを引っ掛けて破ってしまいましたが、屋根の上に立つと周りをよく見渡せました。


 遮る物が少ない場所は、広範囲への魔力コントロールが行いやすいです。


 陽が完全に沈む直前の薄暗い中、あちらこちらから騎士のものと思われる怒声が聞こえていました。


 すぐそこに、巨大な犬のような姿をした魔物がいるのも見えました。


 黄色の双眸が私の姿を捉え、身構えますが、まるで憂さ晴らしをするように周囲の魔物を殲滅していく騎士の姿があり、私を狙っていた魔物も、その騎士に斬り伏せられていました。


 さっき、別れたばかりのあの人です。


 あの人の周りだけ空気が違いました。


 おそらく、あの人の周りが一番安全なのではないでしょうか。


 ギデオン様が言っていた銀髪の狂戦士とは、あの人のことかもしれません。


「バカ!!何でこんな所まで出てきた!!」


 その人がクルリと私の方を向くと、ビリビリと鼓膜を震わす怒鳴り声が響きました。


 それから、


「お前、子供の上に、女か」


 さらに私を見上げて言いました。


 足下を見ると、破れたローブの隙間からスカートの裾が覗いていました。


 私の近くで、辺りを警戒するように立つ銀髪の騎士を横目に、ロッドを両手に持ち、集中します。


 頭に乗せていた黒猫の使い魔を、空を飛ぶ夜鳥に変え、町の様子を把握すると、混沌とした様子がよくわかりました。


 何体もの魔物の姿も。


 幸いと言っていいのか、相性の悪いものはいないようですが、いくら王都から離れているとはいえ、町中でこの数は異常です。


 もうすでに、住人の中にも犠牲者が出ているかもしれません……


 不安と焦りが混在する気持ちをなだめて、点在している多くの魔物の場所を、夜鳥の視覚を通して確認すると、夜空の月に捧げるようにロッドの先端を高く掲げました。


 ロッドが無くても魔法は使えるのですが、ギデオン様が用意してくれたこれは、私の手によく馴染み、集中力を高めてくれます。


 私が命じるがまま、全ての場所で同時に地面から這い上がってきた影が、魔物を締め上げていきます。


 動きを止められた魔物の討伐は、これで容易になるはずです。


 これ以上の怪我人は出なくてすみます。


 すぐ近くで、黒い影に足止めされた魔物を見て、銀髪の騎士が息を呑むのが見えました。


 でも、すぐに自らがするべき事を思い出したと言うように、駆け出していました。


 それからは騎士の皆さんも慣れたもので、短時間で鎮圧がなされました。


 脅威が去ると、住人や騎士達による負傷者の確認や搬送の指示が飛び交いだしました。


 ふぅっと小さなため息が出ます。


 緊張で、思ったよりもたくさんの魔力を使って、少し足下がふらつきましたが、収束は時間の問題のようで安堵しました。


 屋根からゆっくりと降りると、救護所に戻り、私も怪我人の手当てにあたりました。


 そんな私の所へ、一人の騎士さんが近付いてきます。


「手伝ってくれて、ありがとう。でも、君も怪我をしているようだけど」


 その人は、救護所の責任者のような立場の方のようでした。


 言われて気付いたのですが、裂けたローブの隙間から膝が見えており、血が滲んでいました。


 衣服だけじゃなくて、膝もひっかけてしまったようです。


 線状に赤い血が滲んでいて、意識を向ければピリピリとした痛みはありました。


 それに気付かないくらいには緊張していたようです。


 でもそれよりも、褐色の肌が見えていたので、できる限り裾を引っ張って隠しました。


「これくらいなら大丈夫です」


 ワンピースの裾やブーツに血が付いてしまっていますが、些細なものでした。


「女の子に傷が残るのも、俺達責任を感じるよ。先に手当てするといいよ。幸い、命の危険がある奴はいないし」


 血をポタポタと垂らしながら歩くわけにもいかないので、布を簡単に巻いて、他の人の手当てを再開しました。


 そこでどれくらいの時間が過ぎたのか、そろそろ引き上げても大丈夫そうだと思っていると、


「ステラ!!」


 その名前を呼ばれて、驚いて思わず声の方を振り向いていました。


 悪魔のような形相でテントの入り口に立っていたのは、銀髪の騎士。


「なんでお前が、魔法士団にいるんだ!!」


 どうして、この人は私の事を“ステラ”と呼ぶの?


 怖いくらいに殺気立っていて、こちらに近付いてきて、オロオロと周りを見回しても、他の騎士は皆、驚いた様子でこちらを見ているばかりで止めに入ろうとする人はいません。


 何をされるのか怖くなって、その人が向かって来ている反対側の出入り口から外に出て、ゲートに飛び込んで、魔法士団に逃げ帰ってしまったのは仕方のない事で、わけが分からず動揺した私は、ジェレミー様に報告する事も忘れて、自分の部屋で朝になるまで閉じこもっていました。









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