第44話 触手令嬢、欲求不満

 

「ストップ、ストップ!

 そこまでじゃ、ルウラリア!!」


 頭にガンガン響く、おじい様の声。

 気がつくとわたくしたちは、元の大広間に戻っておりました。

 うぅ……電撃を浴びながら悲鳴をあげるヒロ様のお姿、最高でしたのに。

 特に、衝撃で引きちぎられ焼け焦げていくワンピースの裾が本当に――


 いや。さすがにこれを今のおじい様の前で言うわけにはいきませんね。

 おじい様は厳しい表情で、わたくしとヒロ様を交互に眺めておられます。


「ヒロへのダメージが規定値を超えたようなのでな。

 装置による強制中断が作動した。修行は一時中止じゃ」


 そのヒロ様は、高等部の制服姿のまま、苦しげに呻きながら起き上がっていました。

 あぁ。今度はこの制服に触手を這わせてみたい……ではなくて。


「う、うぅ……アッタマ痛ぇ……

 って、う、うわっ!!?」


 な、なんということでしょう。

 わたくしの姿を見た途端、ヒロ様は思いきりのけぞってしまいました。

 その瞳には恐怖がいっぱいに漲っています。


「ひ、ヒロ様?」

「え?

 あ、あ……ルウ。その……ごめん!

 違うんだ。俺……その……!」


 わたくしを見てのけぞった自分に自分で驚いたのか、ヒロ様はすぐに謝ってくれました。

 しかし謝りながらも、その身体は小刻みに震えています。

 あぁ……ひょっとすると、これは。


 おじい様はお髭を伸ばしつつ、説明してくれました。


「気にするでないぞ、ヒロ。初めて強大な魔物と戦った時は、誰しもそうなるものじゃ。

 特に電撃魔法は炎や氷魔法と違い、普段直接触れる機会が殆どない性質のもの。

 得体の知れないものを初めて体験すれば、誰しもそうなる」

「そ、そうなのか……でも」


 おずおずとわたくしを見つめるヒロ様。

 申し訳なさと恐怖が入り混じり、震える瞳が可愛いです。

 そんなヒロ様の背中に、わたくしは遠慮なく髪を――触手を伸ばしました。

 勿論戦闘モードではなく、普段のやわらかーい触手です。

 反射的にヒロ様はぶるっと震えてしまいました。恐らく思わず叩き落そうとしたのか、ちょっと腕が動いたようですが、反対の手で慌ててそれを押さえています。


「やっぱりヒロ様は優しいかたですね」

「そ……そんなことないよ。

 ごめん。俺、駄目だな……

 今、ルウのこと、怖いと思っちまったんだ」


 ふふ。そう言ってくださる時点で、本当に強くて優しいかたです。


「ヒロ様、おじい様の仰るとおりです。

 わたくしなんて、文字通りの雷を父上から初めて喰らった時は、父上どころか他の触手族とも、しばらくまともに口がきけなくなってしまいましたから。

 自らの恐怖と弱さを自覚して謝ることが出来るだけで、素晴らしいですわ」

「そう……なのか?

 凄いんだな、ルウの父さんって」


 そうしてわたくしがヒロ様を慰めているうちに――

 彼は次第に、いつもの調子を取り戻してきました。


「……っていうか!

 いきなり電気ショックはないだろ! しかも俺、あんなカッコだったんだぞ!?」

「えっ?

 いや……ほんのちょっとのつもりだったんですけれど~」


 おじい様も若干厳しい顔で、わたくしを見つめています。


「ルウラリアよ。もう少し力を抑えるわけにはいかんか?

 ヒロが一方的にやられてばかりでは、さすがに修行にならんぞ」


 というか、おじい様はどこまで見ていらっしゃったのでしょう。

 わたくしが電撃を使用したというところまでは間違いなく把握しておられるでしょうけれど、二人でどんな格好をしていたかは……いや、聞かない方が吉かも知れませんね。


「そ、そう言われましても……

 これ以上力をセーブするのは、わたくしもちょっと厳しいですわぁ~」


 ヒロ様がものすごいジト目でわたくしを睨みます。


「マジか……あれで最大限セーブしてたのかよ」


 あぁ、これはいけません。

 ヒロ様のジト目も可愛らしいですが、あまりに怖がられてはわたくし自身が避けられてしまいます!


「うーむ……困りましたね。

 わたくしが幼き頃父上から受けた修行は、もっともっと激しかったのですが」

「時代が違うのじゃ」

「ほんの10年ほど前ですよ? 父上が御祖父様から受けた修行はさらに殺人的、いえ殺触的でして」

「それでもじゃ。今同じことをやればDVと言われ通報喰らうのがオチじゃぞ」

「そうは言っても、わたくし他に修行の方法なんて……」

「ルウラリア。ヒロの修行をすると同時に、お前さんの修行もしてみるというのはどうじゃ?

 つまり、力をセーブする修行じゃな」


 なるほど……

 考え方を変えてみろということですか。


「闇雲に振るうばかりが力ではないぞ?

 普段は可能な限り力を抑えておくことで、いざという時に爆発的な力が出るということもある。また、敵の目をまんまと欺くことも可能だ」


 むぅ……さすが、おじい様の言葉。一理も二理もあります。


「とりあえず、ヒロもルウラリアも疲れたじゃろう?

 今日のところはこれでおしまいじゃ。また明日も頑張るのじゃぞ!」

「えぇ? 明日、休日だけど……」

「修行に休みはないぞ、ヒロ。

 明日に備え、今日はゆるりと風呂に入って休むがいい」


 おじい様はそう仰ってくださいました。

 明日も明後日もその次の日も、ヒロ様を思うままにお着替えさせられて思う存分……

 という、夢のような状況でしたが。


 何故か、わたくしの心は少々曇り気味でした。

 勿論、わたくし自身も力をセーブしなければならないという事情もありますが――


 それだけではなく、何かが不満でたまらない。

 何やらとてつもない不満が、わたくしの中でくすぶっているのです。


「はぁ……

 本当に最高だったのですが。

 何故か、何かが物足りませんわね……」

「? る、ルウ?」


 少し戸惑ったようにわたくしを見上げるヒロ様。

 わたくしの中で蠢く謎の欲求不満。どうも、彼に原因がある気がしてなりませんが――

 考えていても仕方がありませんね。ともかくおじい様の仰る通り、修行に邁進することにいたしましょう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る