第24話 可愛いざかり
蓮のことを気にせず、誠一のことだけに集中する。そうやって生活していけば、思い出すことも減った。
それよりも、どんどん成長していく誠一の姿を目に焼きつける方が重要だった。写真や映像でも残しているが、生で見る破壊力とは比べ物にならない。
一瞬一瞬も見逃せない、大事な思い出だった。寝返りをうったり、ハイハイするようになったり、全てが愛おしい。
そこに彩りをくれるように、辻藤の腕がうなった。
辻藤が作れるのは洋服だけではなかった。手先を使うようなものは何でも得意なようで、手芸全般を網羅している。
その全てが素人が作ったとは思えないほどの出来栄えなので、ベビーシッターだけではなく、専属のデザイナーとしても契約することとなった。そういう仕事を前々からやりたかったらしく、とても喜んでくれた。
こちらとしても誠一の可愛い姿を見られるので、願ったり叶ったりである。父が特に張り切っていて、色々な写真館のホームページを見ては、誠一に似合いそうな服を探している。
あれから、今のところ蓮沼家から人が送られることは無いらしい。お灸を据えて帰ったから、諦めてくれるといいが。
俺と華崎に対する誤解も、早く解いて欲しい。その勘違い話が世間に広まったら、多方面に迷惑がかかる。噂を収束させるために、華崎を解雇しなくてはならなくなるかもしれない。それは絶対に駄目だ。
凛の子供だって、産まれたばかりで手がかかるはずだ。一人で世話をするなんて大変だから、支えるべき時期である。まさか、放ったらかしとは言わないだろう。
もしそうだとしたら、血は繋がっていないとは言えども、父親としてどうかと思う。
「あー。だっ」
「どうした? 誠一?」
蓮のことを考えると、たまにでも落ち込む。そんな俺の気持ちが漏れているのか、すぐに誠一が近づいてきた。
ハイハイをして移動するのが楽しいらしく、疲れないのかと心配になるぐらい、いつも動いていた。
基本的には好き勝手なところに行くのだが、こうやって膝の上に乗ろうとしている時は、甘えたいか励しているのかのどちらかだ。そして今は後者である。
「誠一はエスパーなのか? 蓮のことを考えていると、いつも来てくれるな」
「ぅば。あぅっ、むっ!」
「そうだな。悲しい顔ばかりしていたら良くない」
まだはっきりした言葉を話せないから、単語すらない。しかし、何を伝えたいのかは分かる。
俺は誠一の体を抱き上げて、そしてふくふくしたほっぺにキスをする。そうすればご機嫌になり、お返しとばかりに俺のほっぺにキスをしてくれた。小さいけど、ものすごく柔らかい。
ほっぺがヨダレまみれになったが、全く気にならなかった。むしろ嬉しい。愛おしい。
「誠一はいい子だな。……もしお父さんに会えるとしたら会いたいか?」
「あぶ」
「格好良い人だし、一般的に言えばいい人でも?」
「あぶぶ」
もしも蓮に会いたいのなら、いつかは機会を設けたいと思っていた。しかし俺の問いかけに対して、内容が分かっているのかいないのか、誠一は顔をしかめた。
くしゃくしゃの顔も面白可愛いが、これは会いたくないという意味でいいのか。
蓮の話をしたのは初めてのはずなのに、好感度が低い。まさか父や華崎が、俺のいないところでネガティブキャンペーンをしているんじゃないだろうな。ありえそうな話だ。
「誠一。お父さんのことを憎まないでくれ。お父さんはお父さんで守りたいものがあったんだ。俺だって悪かったところがあって、お父さんに苦労をかけてしまった。邪魔をしてしまった。だから、な?」
「うぶぶ」
怒らないように庇ったのに、余計に怒らせてしまった。嫌そうな表情を浮かべて、俺の胸に顔をうずめる。もう話がしたくないという意思表示だ。
「よしよし。お父さんのことは、また今度話をしような」
「ぶぅ」
顔をうずめたまま首を振った。まだこの話は早かったか。俺は優しく背中を叩きながら、苦笑する。
しかし少しだけ嬉しいと思ったのは、俺だけの秘密だ。
◇◇◇
「はじめ様、少しお話があるのですが」
「どうした?」
侵入者事件があってから少しして、顔色悪く華崎が話しかけてきた。今にも倒れそうなので心配になる。
「俺は……俺は、この屋敷にいるべきではないのかもしれません」
「……は?」
膝から崩れ落ちて目の前で土下座をする華崎に、俺は突然過ぎて思考が停止した。どうすればいいのだろう。一体どういうことだろう。
屋敷にいるべきじゃない?
もしかして、屋敷で働くのに嫌気が差したのか。
「ど……して、そんなこと……」
信じられないが、何も言わなかったら辞めてしまう。そう思って、とにかく話を聞く。絶対に辞めてほしくないから、その理由をなんとかなくしたい。
「俺に嫌なことがあったのか? それとも仕事をさせすぎたか? 仕事が大変なら量を少なくさせる。俺が嫌なら……本館の方に移ってもらうから。だから辞めるなんて」
華崎に辞められたら、精神的に生活が出来なくなる。その確信があったから、とにかく必死だった。
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