第23話 侵入者発見






 辻藤にかけられた容疑は、きれいさっぱり晴れた。疑っていたことは言っていないが、その代わり色々な面での優遇措置をはかった。


 華崎にもきちんと説明して、誠一の洋服の件も話した。彼からしても、洋服の出来栄えは素晴らしいようで、完成したミツバチをモチーフのものを見た時は悶えていた。

 その洋服を誠一に着させて、すぐに撮影会を始めたぐらいである。それぐらい可愛かった。親馬鹿だと言われようが事実だ。

 さらに誠一の可愛さがレベルアップし、屋敷内のファンが増えた。


 辻藤がスパイではないと分かり、屋敷に平穏が戻った。かのように思われたが、実はそうではなかった。




 ◇◇◇




「どうやらネズミが潜んでいたらしい」


 突然父に呼び出されたかと思えば、第一声がこうだった。驚いた俺は、父に辻藤の件を伝えていなかったことに気がつく。


「それは誤解です。辻藤さんは、別にスパイではありませんでした」


 俺と違って、父は容赦がない。誤解を解かないと、辻藤の身が危険である。だから強い口調ではっきりと言った。

 しかし、父の表情は険しいままだった。


「そちらの話は、すでに報告を受けている。もう一度調べ直したが、彼に不審な点はなかった」


「それならどうして?」


「侵入者は彼じゃなく他にいた」


「他に? 一体誰ですか?」


「それが……元からいた使用人達ではなく、新たに食材を配達するようになった人だった。こちらの情報を得ようとしていたから、怪しいと思った。そして調べたら、ネズミだったわけだ」


「……何を調べようとしていたんでしょう」


「それが……はじめのことについてだった」


「俺の?」


 俺のことを調べていた人間。一体、俺の何を知りたかったのだろう。


「……もしかして、誠一のことを?」


「いや。話を聞く限りだと、そこまでの情報は掴んでいないようだった」


 それはまだ良かったが、しかしバレていた可能性もある。


「どこの家のスパイだったんですか?」


 声が自然と震えた。答えは何となく予想が出来た。それでも確定させたかった。


「……蓮沼家だ」


「やっぱり……そうでしたか」


 分かっていたことだけど、ショックを受けなかったわけではない。初めにどうしてという疑問が湧いて、その次に怒りが湧いてきた。

 何を考えているんだ。どうして俺のことを調べようとしたんだ。信じられない。


「俺の何を調べようとしていたんでしょう。わざわざ人を送ってまで」


「私もそこが気になったのだが、はじめと華崎の関係について調べろと言われていたらしい」


「俺と華崎の?」


 どうして。そう考えた時に、思い出すものがあった。

 華崎と蓮が、初めて会った日のこと。あの時、蓮は俺と華崎の関係を疑っていた。


「まさか、俺と華崎が特別な関係だと思っているんでしょうか。そんな……まさか、信じられない」


 何を考えているんだ。あの時も否定したのに、まだそんな馬鹿な話を信じているのだろうか。

 頭が痛い。その痛みを抑えるため、こめかみを強く押した。しかし痛みは消えない。


「私もだ。どうして、そんなことを考えたのか。まったく。まだ拘束しているが、これからどうしたい? 口を塞いでおくか?」


「いえ、そうしたら騒ぎになるかもしれません。泳がすのもリスクが高いですからね……大した情報を得ていないですし、穏便に帰すのはどうでしょう?」


「そうだな。トラブルは避けた方がいい。こんなことは二度とさせないために、釘をさしておこう」


「お願いします」


 もう二度と蓮沼家とは関わりたくない。そう思った。特に蓮とは会いたくない。

 今回は運が良かったけど、誠一の存在が知られていたかと思うと怖かった。あんなにも可愛い子の存在を失うなんて、もしもそうなったら死んでしまうかもしれない。


「誠一は絶対に守るから、そんな顔をするな」


「そんな顔とは?」


「心配で死にそうな顔だ。大丈夫だから、もう二度とこんなことをさせない。誠一もはじめも、どっちも大事な存在なんだ」


 俺のことも大事と言ってくれた。誠一のおまけかもしれないが、それでも胸に広がったのは大きな喜びだった。

 父に任せれば、きっと大丈夫だ。そう確信した。


「父さんに全て任せますね。……ああ、そうだ。この写真を見てください。辻藤さんが作ってくれた洋服なんです」


 悲しい気持ちでいたら、せっかく楽しかった時間が台無しになる。そんな気持ちを吹っ飛ばすために、俺は特別な写真を父に披露することにした。

 スマホを取り出し、俺はとっておきの写真を見せることにする。


「こ、これは……」


 スマホを見た瞬間、父の目が見開いた。そして俺からスマホを取り上げ、写真を凝視する。

 そうなる気持ちはよく分かる。


「それはミツバチです。そして、これからさらに作る予定です。もしもなにか着させたいものがあれば、候補を出してください。辻藤さんに作ってもらいます」


「それは本当か? 待っていてくれ。すぐにリストを作るから」


 写真を見せたことで、気持ちを切り替えるいいきっかけになった。

 父の作るリストは膨大なものになりそうだが、きっと辻藤なら喜んで作ってくれるだろう。


 蓮のことを考えないように、俺も誠一の写真を一緒に見ることにした。





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