第22話 裏切り者……
辻藤が裏切っているのかどうか、確認しなくては。そして本当に蓮沼家と関係していたら……。
確かに怪しい動きはしているが、全て説明出来るものだと信じたい。誠一のお世話をしている時や、俺を励ましてくれた姿が偽りのものだったとは、どうしても思えないのだ。
なにか事情があるのではないか。それを遠回しに尋ねるのは苦手だ。さりげなく聞こうとしたところで、どうせ顔に出てしまう。それなら、最初から本題を単刀直入に聞いた方が早い。
そういうわけで、俺は辻藤との話し合いの場を設けた。
「えっと……お話とは?」
突然話をしたいと言われて戸惑っているらしく、とても緊張した表情をしていた。これが演技だとしたら、なかなかのものだ。俺ではとうてい見破れないだろう。変なところで感心しつつ、さっそく本題に入る。
「誠一の件で話がある。なにか自分でも心当たりがあるんじゃないか?」
直接的な問いかけに、辻藤の体がはねた。明らかに動揺している。後ろめたいことがあると、白状しているようなものだ。
まさか本当に……。俺は失望が広がって、大きなため息を吐いた。
「やっぱり隠し事があったんだな。どうしてそんなことを……」
「それは……申し訳ありません。言おう言おうとは思っていたのですが、タイミングが掴めなくて。それに、言った時に受け入れてもらえなかったと考えたら、怖くて二の足を踏んでしまいました。はじめさんは優しい人だから、早く言った方がいいと分かっていたのに」
拳を握りしめて、唇を噛みしめている姿は、本気で反省しているように見えた。しかし反省しているように見せかけて、罪を軽くしてもらおうとしているだけかもしれない。今は信じられなくなっていた。
「過ぎてしまったことは仕方がない。正直に話してくれ。どうしてこんなことを? 頼まれたから仕方なくか?」
甘いと言われるかもしれないが、それでも断罪するつもりはなかった。話を聞いて、あとはこの家から出て行ってもらうだけだ。
しばらくベビーシッターや、その類を雇うのは止めておこう。あんなに調べたのにも関わらず、簡単に騙されてしまった。
人を増やそうとすると、こういった危険がある。いい勉強になったと思おう。
誠一がとても懐いていたのに残念だ。しかし、このまま雇い続けるわけにもいかないので、抵抗せずに出て行ってもらおうとした。とても残念だけど。
「すみませんでした。どうしても、誠一君に似合うと思って」
似合う? 何の話だ?
出ていってくれと言おうとした口を閉ざし、辻藤の次の言葉を待った。
落ち込んだ様子で肩を落としながら、カバンの中を探り始める。
そして何かを取り出した。
「これは?」
布だ。とてもカラフルで、片手で持てるぐらいには小さい。何か分からなくて、俺は首を傾げるしかなかった。そんな俺の反応に対して、辻藤も首を傾げる。
「えっと、このことで話をしていたのでは無いんですか?」
「いや。えっと、違う。あれ? 辻藤さんは、蓮沼家から送られてきた人間なんじゃ」
「蓮沼家?」
とぼけているわけではなく、本気で分かっていない。そこで俺は、とんでもない勘違いをしていたことに気がつく。
「これは、誠一君に着てもらおうと思って作ったんです」
「作った? 辻藤さんがですか?」
広げて見て見た俺は驚いた。とても精巧で、店で販売されていても遜色ない。
「これは、ミツバチ?」
「はい!」
黄色と白の縞模様に、透ける素材で作られた小さい羽。モチーフはミツバチなのかと聞くと、辻藤の顔が輝いた。
「可愛さを出すのももちろんですが、素材にもこだわっていて、肌に優しく作っています。一番は、このおしりの部分の針です。フェルト生地なので柔らかく、でも針だと分かるように立たせるのに苦労しました」
「は、はあ」
ノンストップで話し始める姿に、圧倒されて引いてしまう。熱意があるのはいいが、今までの大人な態度がどこかへ吹っ飛んでいる。
「あ、すみません。話しすぎですよね。服の話になると、どうしても止まらなくなってしまって」
興奮しながら話していた辻藤は、俺が引いていることに気がついたようで、急にトーンダウンする。
「いや。いいんだ。でも、どうして秘密にしていたんだ?」
こんなにも精巧なのだから、初めから話してくれれば、手を貸すことも出来たのに。
「実は、前職の保育園の時に、それでトラブルになりまして……完成したら話そうと思いながら、ズルズルと後回しに……」
そうか。だから、あと少しで終わりだと呟いていたのか。
辻褄が合った。そして、そのおかげで力が抜けた。
「良かった……本当に良かった」
辻藤は裏切ってなんかいなかった。もっと、ちゃんと信じれば良かった。
何故脱力しているのか分かっていない彼に、俺は微笑んだ。
「その服、完成したらぜひ誠一に着させて欲しい。それと、もし良かったら他にも作ってくれないか? 材料費やその他諸々を払うから」
この提案を、辻藤はすぐに受け入れた。そこから俺達は、どんな服が誠一に似合うかの話し合いを始めた。
辻藤は熱意もあるし、そしてセンスも持ち合わせていることが分かった。
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