第21話 出来すぎるベビーシッター






 辻藤は、とてもよく出来たベビーシッターだった。出来すぎているぐらいだ。

 もちろん主に俺が世話をして、辻藤はサポートなのだが、そのサポートが上手い。

 痒いところに手が届くというか、俺の考えが伝わっているかのように、言う前に動いてくれている。


 そのおかげで、誠一もすくすくと育っていた。いつもご機嫌で、ニコニコと笑っていて、ほとんど手がかかることがない。しかし泣く時は思い切り泣くから、赤ん坊らしいところはあるので安心だ。これで全く泣かなかったら、本当に子供だろうかと疑ってしまう。


「誠一君は、僕が出会った中で一番お母さんのことが好きみたいですね。いつもいい子ですが、お母さんと一緒にいる時がとてもリラックスしています」


「そうだといいけど……いや自信を無くすのは良くないよな。この子以上に、好きを与えてあげられればいいと思う」


「愛情をたくさん与えてあげてください。赤ん坊だと言っても、ちゃんと気持ちは伝わっていますから。愛情が一番大事なことです」


「……ああ。俺に与えられるものは、全部与えるつもりだ。辻藤さんには感謝している。あなたのおかげで、心に余裕が出来た」


「僕の力なんて……少しお手伝いしているだけです。心配しなくても、はじめさんは頑張っていますよ」


 初めてのことだから、いつも自信が無い。その自信のなさがバレていたようで、慰められてしまった。気を遣わせて申し訳ない。


「ありがとう。まだまだ分からないことばかりだから、これからも頼ったりするがよろしくな」


「はい。どんどん聞いてください」


 本当にいい人だ。誠一のことに関して言えば、一番頼りになる。

 出会ってからまだ数ヶ月だけど、だいぶ心を許していた。



 ◇◇◇



「はじめ様……相談がございます」


「相談?」


 困った様子で華崎が相談を持ちかけた時、俺は嫌な予感がした。しかし、聞かなくてはいけないのも分かっていた。


「何を相談したいんだ?」


 わざわざ辻藤がいないところで話そうとするなんて、その相談が辻藤のことだと言っているようなものだ。

 華崎も気に入っていたはずだし、どんな話があるのだろう。表情の険しさが、良くない話だと伝えてきている。


「辻藤さんの件ですが……」


「よくやってくれているが、何かあったか?」


「それが……」


 華崎の話は、とても信じられるものではなかった。


「……つまり、辻藤さんがスパイのようなことをしていると言っているのか?」


「はい。その可能性は高いと」


 辻藤が怪しい行動をしていると、しかもそれは誠一に関することらしい。俺がトイレなどで席を外している際に、紙とペンを取り出してこっそり何かを書いている。しかし、誰かの気配を感じるとすぐに止めてしまう。

 一度、何をしているのか聞いたらしいが、上手くかわして教えなかった。


 そこから怪しいと感じ、辻藤に注意を向けるようになったらしい。そうすると、小さなことではあるが不審に思う点が何個も見つかった。

 誠一のことを、他の使用人にしつこいぐらいに聞き出そうとしていたり。誠一の全てを調べるかのように、メジャーを使って測っていたり。

 極めつけは、独り言として漏らしていた言葉だった。


「……もう少しですね。もう少しで終わらせられる」


 一体、何を終わらせようと言うのか。

 終わらせて何をしようと言うのか。


「……考えたくはないが、誠一が俺の本当の息子だとバレているのか」


「……残念ですが、その可能性は高いです」


「しかし、一体誰がスパイなんかを送りこんで来るんだ。そんなことをして何の得が……」


 そこで、俺の頭に一つの考えが浮かんだ。いや、まさかそんな。さすがにありえない。それに信じたくない。


「……まさか、蓮が……」


 ありえる話だ。もしかしたら、凛との件を聞いて俺に怒っているのかもしれない。

 しかし俺は関わらないという書状を出し、まったく家から出ないでいた。だから様子を探るために、スパイを潜り込ませた。


「でも、辻藤さんの経歴は確認したし、特に怪しい点は無かっただろう」


「そういった人間を探し出して、潜り込ませることぐらい簡単に出来ると思います」


 悔しいが、華崎の言う通りだった。

 俺が警戒しているのを予想して、完璧な人間を用意した。俺はおろか、父まで騙されたのだから凄い。感心している場合じゃないが。


「いや。でもまだ、辻藤さんがスパイだと確定したわけじゃ」


 それでも信じられなくて、俺は往生際悪く認めなかった。


「お気持ちは分かります。しかし、もしもスパイだった場合、誠一お坊ちゃまの身が危険です。早めに対応をするべきです」


 そうだ。スパイであれば、蓮に誠一の存在がバレてしまっている。とても最悪な状況だ。

 誠一の顔を見たら、蓮との共通点に気づく可能性が高い。そうなったら、向こうの家が誠一を引き取ると要求してくるかもしれない。

 渡すわけないが、それでも面倒なことになるのは確実である。


「分かった。しかし、まずは本当に辻藤さんがスパイなのか確認して、そうだった場合は早急に対処しよう」


 いい人だと思っていたのに、まさかこんな裏切り方をされるなんて。気を許していた分、俺は大きなダメージを受けていた。





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