第20話 侵入者はしのびよる
当初の予定では、誠一が産まれたらすぐに、父の養子にするはずだったのだが、ここで待ったをかけられた。他でもない父によってだ。
「戸籍上も、はじめの子供にするんだ」
「何を言ってるんですか。それでは隠すものも隠せなくなるでしょう」
「世間には、親戚筋の子供を養子にしたという話にすればいい。色々なことを加味した結果、はじめの子供にするのが一番都合が良かったと」
「……しかし」
「分かっているのか。私の養子として戸籍を登録したら、もう変えられないんだぞ。お前の子供として、証明する手立てが無くなるんだ。それでも、本当にいいのか?」
「それは……」
いいか悪いかで聞かれたら、悪いに決まっている。俺の子供なのだから。
「役所の職員には口止めをするし、信頼している人間にしか伝えない。お前の子供として、届けを出すのがいい」
本当に、それでいいのだろうか。俺はよくても、誠一の将来を邪魔してしまうのではないか。
どうしても決めきれずに迷っている俺に、父が優しく語りかける。
「誠一は、はじめの子供だ。私の可愛い孫だ。それの何が悪い。武内家の力を持って、絶対にお前達親子のことは守る。だから、安心しなさい」
「はい。……ありがとうございます」
まさか、こんなことが許されるなんて。
無事に出産出来たことだってありがたい話だったのに、俺の子供として戸籍に入れてあげられる。なんて幸運なのだろう。
誠一を抱きしめて、俺はこの大きな幸運を噛み締める。
「誠一……誠一」
正真正銘俺の子だ。養子として紹介する時もあるかもしれないが、本当のことを分かっている人がいるから、それで十分だ。
◇◇◇
誠一が産まれたことによって、別館の人手が足りなくなってきた。
今までは最低限の人数で、俺の世話をする人だけがいれば良かったのだが、誠一が産まれてからそうも言っていられなくなった。
予防接種をするのにも、まだ外に出るのは色々な面から考えて良くないだろうと屋敷に呼んでいる。
今のところは診察を、ずっと世話になっているお抱えの医者にしてもらっているが、子供が専門ではない。出来れば、小児科専門の人に診てもらえた方が安心する。
それに食事や風呂やその他もろもろ、大変なことが多い。自分のことは雑でもいいけど、誠一にはそんな扱いをしたくない。
たくさんの使用人を増やすつもりはなかった。絶対に誠一の存在をバラしたくはないから。とにかく、今の状態では十分な対応を望めない。
本館の方で働いている人を使うのも考えてみた。しかし、みんな赤ん坊の世話をしたのなんて、二十年以上前のことである。頼りにならないとは言わない。ただ心もとないのだ。
そういうわけで、ベビーシッターを雇うことになった。もちろん面談に面談を重ねて、経歴などは産まれた時から現在までを詳細に調べる。
誠一に害を与えないか、きちんと確認する。審査をするのは俺だけではなく、父も、そして華崎もだった。二人は俺以上に、人を見る目がある。特に父は、仕事柄そういうのを見分けるのが上手い。
大々的には発表しなかったので、候補は少なかった。しかし、その中で俺も含めてみんなが気に入った人が一人だけいた。
年齢は三十二歳。前職は保育士で、驚いたことにその前は小児科の病院で働いていた。医師免許も持っている。
「とにかく子供が好きで。だから、子供とたくさん関われるような仕事がしたいんです。お金とか、キャリアとか関係なく」
三十二歳にしては若々しく、俺と同い年といっても信じられる。
顎にかかるぐらいの柔らかそうな髪は、光に当たると明るい茶色に輝き、いつも笑顔を浮かべていて、それが全く作り笑いに見えない。
子供が好きというのは本当らしく、そのために色々と職種を変えてきた。自分にあった形を見つけるために。
経歴にも不審な点はなく、協議を重ねた結果、彼にベビーシッターを頼むことになった。最終面接では、誠一と対面してもらった。どんなにいい人でも、誠一が懐かなければ意味が無い。
大丈夫だろうかと多少の心配はあったが、その心配をはねとばすように、すぐに二人は打ち解けた。誠一は人見知りはしないけど、警戒心の強い子だったから驚いた。
「誠一君は、とても聡明ですね。よく周りを見ている」
「ありがとうございます」
まだ一歳の子供を説明する言葉としては、少し固い表現だったが、納得出来てお礼を言った。自分の子を褒められるのは、とてつもなく嬉しいことだ。
誠一を泣かせずに抱っこするのも成功し、ベビーシッターは辻藤以外にありえないという結論が出た。やはり最大の理由としては、誠一が懐いて、そして誠一に対する辻藤の丁寧な所作だった。
彼のような人材が、偶然この家と縁があったのは、信じられないぐらいの幸運である。もしかしたら誠一が引き寄せてくれたのかもしれない。幸せを運ぶ天使だから。
トントン拍子に決まったことで行かれていた俺は、屋敷に、そして誠一に忍び寄る存在にまったく気がついていなかった。穏やかな日々を送るうちに、警戒心が段々と薄れてしまっていたのだ。
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