第10話 話し合いの前に





 蓮と話をする前に、俺は父に相談することにした。

 あの時の態度を見て、俺一人では解決出来る問題ではないと思ったからだ。


「正式に、離婚の申し出をしてもらえませんか?」


「急にどうしたんだ」


 さすがに第一声でこれでは、父が戸惑うのも当たり前か。

 俺は事細かに話をした。蓮が突然来たこと。離婚をして欲しいと伝えたのに、拒否されてしまったこと。


「妊娠はまだバレていないですけど、このまま離婚出来なかったら、それも時間の問題です」


「……それはまずいな」


「はい、とてもまずいです」


 蓮にバレれば、蓮沼家にも伝わる。そうすれば、世間にまで伝わってしまう。

 どんな結果になるかは、火を見るよりも明らかだ。


「家から正式に申し出をすれば、さすがに蓮も受け入れざるを得ないでしょう。俺の瑕疵にしてもらうつもりです」


「こっちとしては、慰謝料を請求したいぐらいだがな。浮気の件を突きつけて、責めることも出来るぞ」


「そんなことをしたら、蓮沼家はおろか小宮山家とも仲違いすることになりますよ。さすがにまずいでしょう」


 公私共に仲良くしているのだ。

 俺なんかのいざこざで、仲が悪くなってしまうのは、さすがに家のためにも申し訳ない。


 そう考えてやんわりと断れば、父が額に手を当てて大きく息を吐いた。


「勘違いしているようだが、一番大事なのはお前だからな」


「……え?」


 すぐには、その言葉の意味が理解出来なかった。俺の中での父は、家を第一優先としていて、そのためならなんでもする人だった。

 それに、よくよく考えたら蓮と結婚したきっかけを作ったのも父だ。


「……大事なら、どうして俺と蓮を結婚させたんですか?」


 勝手に言葉に恨みがこもる。責める権利がないのに、信じられないという意味を込めて聞いた。


「だって、ずっと蓮君のことが好きだったんだろう?」


「は……」


「見ていれば分かる。家のこと多少はあったが、お前が蓮君を好きだから結婚の話を進めたんだ」


 今日は驚かされてばかりだ。

 まさか、ずっとひた隠しにしていた想いが、予想もしていなかった相手にバレていたなんて。驚きすぎて、空いた口が塞がらない。


「……私達の前では仲良く振舞っていたから、上手くいっているのかと思っていた。しかし、事実に気づいてやれないなんて、親としては失格だな」


 父は、そこで頭を下げた。


「辛い思いをさせて、悪かった」


 俺は後頭部を見ながら、色々なことを考えた。

 蓮と結婚すると聞いた時、確かに俺の中に宿ったのは喜びだった。

 ずっと好きだった人と結婚出来たのだ。


 たとえ偽装結婚だったとしても、その事実は変わらない。きっと時間が巻き戻っても、俺はまた同じ選択をする。


 この子に会うために。

 俺はお腹に手を当てた。

 まだ膨らみはなくても、命が宿っている。それだけで十分じゃないか。


「顔をあげてください。謝るのは俺の方です。……もっと早く相談していれば……こうなる前に言えば良かったんです。そうすれば、ここまで拗れずに済んだでしょう」


「お前は何も悪くない。そんな顔をするな」


 俺は一体どんな顔をしているのだろう。

 顔を上げた父の方が、辛そうに歪んでいる。


「ちゃんとこちらから、 武内家として正式な文書を送る。それでもごねるようだったら……」


「その時には、あまりやりたくはないのですが、手はあります」


「そうか。とりあえずは、文書を送ってからの反応次第だな。家のセキュリティは上げておくから、それまでしっかり休んでいなさい。何度も言われているだろうが、ストレスはお腹の子にとっても良くない」


「ありがとうございます」


「いいんだ。遅いかもしれないが、親らしいことをさせてくれ。面倒ごとは全て私に任せろ」


 父は軽く手を振った。その顔は苦悩に満ち溢れていて、俺が随分と心配をかけてしまったことを知る。


「この子が生まれた時は、ぜひ名前を付けてください」


 父も苦しんでいる。そう考えたら、自然と提案が口からこぼれ落ちる。

 俺も驚いたけど、それ以上に父の方が驚いていた。最近は驚かせてばかりだ。


「本気で言っているのか? 私に気を遣っているのなら、別にそういうことをする必要は無い」


「違います。俺が名前をつけて欲しいんです。……無理にとは言いませんが。嫌なら断ってください」


「いや。させてくれるのなら、ぜひ付けたい。……しかし本当に?」


 前までだったら、俺もこんな頼み事はしていなかった。もっと前なら、蓮に付けてもらおうとしていたはずだ。

 しかし今となっては、父が最適だと思う。


「はい。この子は、武内家を背負うかもしれませんから。見合う名前をつけてあげてください。よろしくお願いします」


「ああ、そうだな。……分かった。考えておく」


 表情を緩ませた父の姿に、頼み事をして良かったと嬉しくなる。

 望まれて産まれてくるのだと、みんなに愛されているのだと、この子に実感してほしい。

 それが俺の願いだ。


 蓮の愛は、もう望めそうにない。どうなろうと俺と蓮は離婚する。これは、決定している未来だ。








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