第115話 くれ、頼む

9月2日。楽しげな会話が飛び交う昼休み。


「ふふっ……ふふふふふっ……!!」


 そんな何気ない日々の中に、1つの艶美な笑い声。


「きっしょぉ……」


 そう言って一蹴する優也に、ことの大事さを教えてやる。


「ふっ……俺とて好きで笑ってるんじゃない。自然とこぼれ落ちてしまうのだよ……なんたって、とうとう……! とうとう……!! ポスターができたんだからな!!」


 溜めに溜めて、握った拳を空高く突き上げる。


「言うほど待ってねぇだろ、お前」


「……よく知ってんな」


 っち! 面白くねぇやつだ。


「……で?」


「あ?」


「ポスター。出来たんだろ? 見せてくれよ」


「……しょうがねぇなぁ!!」


 なんだよやっぱりこいつも興味津々じゃねぇか!! 楽しいやつだぜ、まったく!!


 昨日頑張って手伝ってきたかいあったぜ。しかも昼休みまで待ったし。


 満足感に浸りながら、ほくほく顔で鞄からレイアウトしたポスターを出す。


「おぉ……いいじゃねぇか、これ」


 俺の手渡したポスターを手に珍しく感情をあらわに手元を見つめる優也。


 その手・元・には、満面の笑顔を浮かべながら、小さめのダンベルを持ち、肘を軽く曲げながら立っている明里と笹森さんが映っていた。


 効果音をつけるなら、きゃぴっ!!

 

 文字をつけるなら、「私たちと筋トレ、しよ?」だ。間違いない。


 色々撮ったが、父さんと相談した結果、この写真に落ち着いた。


 もちろん、それだけではなく、背景にはアッシュっぽく加工した、明里と笹森さんのフレッシュな筋トレ模様が散りばめられている。我ながら会心の出来だ。


「だろ? やっぱり素材がいいと、ジムとかいう一見ジャンルが違いそうなものにもちゃんと合うんだよな」


「なんでお前が自慢げなんだよ……でもまぁ、分かる」


 力強く頷く優也を見て、更に満足感に浸る。


 まるで我が子の成長を喜ぶかのような思いだ。子供がいたらこんな気持ちになるんだろうなぁ。


「……ところでこれは、何枚もあるのか?」


「ん? おぉ、あるぞ。色んなとこに貼ってもらえないか交渉――」


「くれ、頼む」

 

 言い終わる前に、優也が頼み込んできた。


 こいつがこんなふうにものを頼むなんて……言葉は偉そうだが。


「頼む。なんなら、なんか奢るから」


 おぉ……!! そんなにか……すげーな、このポスターの需要。


 いや、これは明里も映ってるからか? 絶対そうだろ。よく見たらこいつの目、両目にLOVE明里って書いてる。


 ったく……


「いいって。無料ただでやるよ。別にそんな費用もかかってな――」


 そう言いかけた時。その時になって、ようやく気づいてしまった。


 ……いや、気付かされたのか。


 いつの間にか、たくさんの会話で賑わっていた教室は、女子の声しか聞こえなくなっていたこと。

 男どもが、昼飯を食べているようでいてそのじつ、箸は全く進んでいなかったこと。


 その原因が……俺にあったこと。


「「「俺にもよこせぇぇぇぇ!!」」」


 獲物を喰らう、その時を待っていたハイエナどもの目が一斉にギラッと光り、一心不乱に俺の席へと駆けてきた。


「お前ら聞いてやがったのか……!!」


「聞くどころか、チラチラポスター見てたわ!!」


 きれいに開き直ったな、田中のやつ。もはや清々しい。


「で? もちろんそれ、俺らにも譲ってくれるんだよなぁ?」


 肩に手を回しながら言われても……もう脅迫じみてきたな。


 斉藤の気迫に押されながらも、群がる男どもに大切な事を告げる。


「一枚200円だ」


 クラスの男全員で、25人。ここにいる男が、俺を含めて25人。ちゃんと全員群がってやがる。


 これは儲かるぜぇ……!!


「てめぇ!! さっき無料ただでいいって言ったろうが!!」


「だまれぇぇ!! 紙だって大事な資源だぞ!? 無料ただなわけあるかぁぁ!!!!」


 なめんな非モテ男子どもぉぉ!! 


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