第108話 何をさせられるんですか!?
「じゃあ2人には、このスポーツウェアに着替えてきてもらおう!」
そう言って父さんは両手に、黒と白のよくある普通のスポーツウェアを掲げる。
ど真ん中にでっかく蛍光色で"あだちジム"と書かれていること以外は。
「なんだ? それ?」
「これはうちのオリジナルなイカした筋トレのユニホームだ!」
「へ、へ〜……な、なんかいい感じですね!」
「で、ですね! なんか、こう……いい感じ!」
優しいなぁ……2人とも。こんなセンス皆無な脳筋を傷つけまいと……顔に浮かべた笑みは引き攣ってるが。
「着替えるとこが風呂の脱衣所しかなくて申し訳ないが……頼む!!」
そう言って、父さんの着ていた"あだちジムウェア"がポージングと共に破ける。
この服耐久性に問題あるんじゃないのか? ってかいつの間にか着替えた?
◆
「おぉ! 2人ともよく似合ってるじゃないか!」
「あんな服でも着る人が違うとこんなに変わるんだな」
ジムウェアに着替えて帰ってきた明里と笹森さんは、さっき見たダサいウェアからは想像もつかないほど様になっていた。
「そ、そうですかね? 確かに着てみると案外……あっ、いや、思った通りいい感じです!」
「結構動きやすいしね。薄いけど透けることもないし、案外人気出るかも……あっ、想像以上にっていう意味で……」
やっぱり2人とも期待してなかったな? その気持ちは痛いほど分かるが。
しかしこうしてみると……2人ともスポーツ女子って感じで新鮮だ。
元々髪がそんなに長くない笹森さんはそのままだが、明里は肩下まで伸びていた髪を結んで、ショートポニーのような髪型になっている。
それだけでも雰囲気が一気に変わる。こりゃほんとにお客さん増えるかもしれないな。
「……雄二? やっぱり……変?」
「ん? いや、似合ってるぞ。ただなんか、こうしてみると新鮮でいいなー、って」
不安そうに服の裾を掴んでそう問いかける明里に、今思ったことをそのまま伝える。
「新鮮……普段の私も見てくれてるんだ……」
「……ふむ」
「なんだよその意味ありげな"……ふむ"は?」
「こうやると何か分かったように見えるだろう?」
あ、そうだ。うちの親父は脳筋だった。
顎に手を当てながらドヤ顔をする筋肉を見て、なんとも悲しい事実を再確認してしまった。
「まぁ、そんなことより、そろそろ撮り始めるか。あんまり遅くまで拘束するのは良くないからな」
そう口にしながら、うちのどこにあったのか、高そうなカメラを取り出した。
◆
「さて……じゃあまず最初のポーズだが……」
今度は真剣に考え込むそぶりを見せ、なんかのカタログを睨み出した。
筋肉モデルかなんかのカタログか? それを参考にするとか……
「これなんか二の腕が綺麗に見えるな……でもこっちは笑顔が際立ってこれまた……」
「……」
いやあれアイドルの写真集だな。筋肉モデルのことをあんなニヤニヤしてみたりしないわな。
「……よし!」
「よし! じゃねぇよ。何させようとしてんだ」
ばちーん! という良い音が父さんの頭から響き渡る。いい音色だ。
「このポーズをしてもらおうかと……」
父さんは衝撃の走った頭を手で撫でながら、もう片方の手で写真集の開いていたページを俺に向ける。
「……」
そこには、可愛らしい今どきのアイドルが、魅惑的なポーズをとっている姿が……
「…………よし」
「"よし"じゃないですよ先輩!? なんなんですか!? 何をさせられるんですか!?」
不安と不満の入り混じった声を右から左へと流しながら、俺は撮影が始まるまで食い入るように写真集を覗き込んだのだった。
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