第106話 あ・る・で・しょ?

 8月も終わりの近づく週末の午前。


 父さんの仕事の手伝いとして、ホームページや宣伝に使うポスターを作るべく、俺は俺の役目を果たしていた。


「おう! よく来てくれた!! ゆっくりしてってくれ!!」


 そう言ってジムの入り口から顔を出し、玄関に向けて豪快に笑う筋肉親父の正面には……


「「お、お邪魔します!」」


 少し緊張したような面持ちの笹森さんと明里が背筋をピシッと伸ばして立っている。


 俺の役目とは、ポスターのモデルとなる美少女をかき集めてくること。


 こうして、2人の美少女を連れてきたわけなのだから、俺の役目は見事達成されたと言って差し支えないだろう。


 この役目を果たすにあたっては、紆余曲折あった……




 

「――というわけで、できれば2人にはポスターのモデルになってもらえたらなー、って」


 まぁ、いきなりモデルなんて言われても、戸惑うだろうけど……


「やるやる!! 面白そう!!」


「……」


 まじかよ。そんなあっさり。


「奏ちゃんもやろうよ!! ジムのモデルなんて、滅多にできることじゃないよ!?」


「たしかに……先輩のとこなら行きやすいですし……モデル……ってのもちょっと憧れちゃいます」


「でしょでしょ。じゃあ、今度の週末ね!! ちゃんと行くから!!」


「……わ、分かった……ありがとな」


 まじかよ。会話初めてまだ2分くらいなんだけど。もっと、こう……熱い説得みたいなのが必要なもんかと。





 ……あれ? 紆余曲折してなくね? 一直線にゴールを駆け抜けてやがる。


 先日のことを思い出し、そんな複雑な思いに駆られるが……


 まぁ……とりあえず緊張で固まってる2人を何とかしないとな……


「2人とも、そんなにかしこまらなくていいよ。手伝ってもらうのはこっちだし」


「はっはっは! そうだぞ!!」


「何で父さんが得意げなんだよ……あとそのポーズやめろよ」


 はち切れんばかりの上腕三頭筋を誇張するようなポージングをとってるせいか、依然として2人とも怯えてる。


「あはは……すごいですね。先輩のお父さん……」


「だよね……なんかほんとにジム来たって感じ……」


 世の中のジムがみんなこんなんではないと思うけど……まぁいいか。


 感心する2人を連れて、俺はジムのある方へと2人を案内する。





「じゃあ父さん、何か飲み物持ってくるから、みんなゆっくりしててくれ!!」


 父さんが居間に向かっていくのを3人で見送る。


「先輩のジムってこんな感じなんですね……すごい……」


 ラックにかけられたいろいろな重さのダンベルやスミスマシンと呼ばれる大きな機械に、ベンチプレスとかに使うトレーニングベンチ……


 外からの見た目に反してかなり広々とした空間を見回して、笹森さんはそんな声をあげる。


「そういえば、笹森さんはこっち見るの初めてだったっけ」


 俺の部屋には来てくれたけど……


 そう、あれは俺が風邪をひいて寝込んでいた日のこと……


「……あっ」


 かつての幸せな回想に耽ろうとしたところで、じとっ……と俺を睨みつける一つの視線に気づく。


「あっ、て何? 初めてって……他の所は奏ちゃんに見せたことがあるってこと?」


 やべぇ……そういや明里にはあのこと言ってなかった……視線に殺されそう。


「いや、その……見せたっていうか……来てくれたっていうか……」


「あ、明里さん! その、何にもないですよ!? 何にもないですけど、一回だけ先輩のお家にお邪魔させてもらったことが……」


「あるの!? やっぱりあるの!? 奏ちゃん!!」


 笹森さんの肩をぶんぶん揺らしながら涙ながらに訴える明里。


 なんだ……この申し訳ない気持ちは……


 自意識過剰かもしれないが、やっぱり面と向かって「好き」だと告げられた相手の前で他の女の子を家に連れ込んだって話をするのは……


「お、落ち着いてください、明里さん! 先輩が風邪ひいた時にお見舞いに来ただけですから!」


「……お見舞い? あっ……あの時……」


 明里は、納得したように笹森さんの肩から手を離して向き直る。


「……雄二」


 ……俺に。


「は、はい……」


「……奏ちゃんになんかしてないよね?」


「してません」


 笹森さんの嫌がることを率先してするわけがない。


 顔をほのかに赤く染めている笹森さんの前で、俺ははっきりそう答える。


「……風邪なのをいいことに、変なことさせたり……そんなこともないよね?」


「…………ないです」


 ふと、風邪なのをいいことに笹森さんに食べさせてもらったことを思い出す。


 この時ばかりはこう思う。



 ――思い出さなきゃ良かった――



「……その間はなに?」


 焦る気持ちが全身を支配していくのを肌で感じる。

 隠していたテストが見つかった時のようだ。こんなふうな思いはまさに小学生ぶり。


「なんでもない」


「あるでしょ」


「ない」


「あ・る・で・しょ?」


「……ちょっとだけ」


 くぅっ! 明里の迫力に負けた……!!


 俺が死を覚悟したその時。救いの手が差し伸べられることとなる……思いもしなかった人物によって。


「あ、あの! 明里さん、私は何にもされてないですし、先輩も風邪で寝込んでたから記憶が曖昧なんだと思います……!!」


「……まぁ、そうだよね。雄二が学校休むくらいだし……」


 明里は笹森さんの言葉に納得したように頷いた。


 なんとか乗り切ったか……


 ありがとぉぉ!! 笹森さん!!


 心の中で笹森神に手を合わるのと同時に、外からのっしのっしと筋肉の歩く音が聞こえてきた。


 これから……筋肉ポスターモデル撮影会が始まる!!

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