第36話 これはデート
「……あ、やっと来ましたね。遅いですよ、せんぱい。」
「すまん、すまん。」
現在、煌めく太陽が空高くに位置している時間。
梅雨入り前だというのに、なんだか梅雨なんて来ずに、そのまま夏に入ってしまうんじゃないかと思ってしまう程に暑い日差しの元、俺は銀髪碧眼の少女、白雲心音と待ち合わせをしていた場所に辿り着いた。
場所は、うちの高校から近くの駅。偶然にも、昨日、幼馴染の貴音と買い物に来た場所だ。
今日は夜の食事の誘いだった筈だが、その前に、買い物に付き合って欲しいと言われたので、ちょっと早めに集まった次第である。
俺みたいな底辺野郎が、昨日と今日で、別の女子の買い物に付き合わさせられるとは、人生何があるかは分からないものだ。
「……何で遅かったんですか?」
心音は、むっと頬を膨らませながら不満そうにそう言葉を垂れる。
恋愛対象として見ていないと言えど、心音は誰もが認める程の美少女。
そんな心音のいちいちの仕草が妙に保護欲を駆り立たせるため、俺の理性は殺されそうになったのだが、そこはぐっと抑えて、あくまでポーカーフェイスを貫きながら先程の心音の質問に答える。
「いや、ただ単純に寝てたから、お前の連絡に気付けなかっただけだ。」
どうやら、父さんと電話で話したあの後、俺はぐっすりと眠ってしまっていたらしく、起きた時には、心音からのメールが数十件に及ぶ程届いていた。
……そうやって考えてみれば、数十件って凄いな。
起きてからは焦って準備していた為、あまり気にはならなかったが、よくよく思い出してみると、5分置きくらいにメッセージが送られてきていたようだったので、こいつは随分と心配症なのだろうか。
メッセージの中には、俺の事故を心配する文もあったので、もしかしたら心音には要らぬ心配を掛けたかもしれない。
……まぁ、夕食の誘いだったので、この時間帯に呼び出されると思っていなかったから寝てしまっていた訳だが。
「お前、じゃなくて心音ですよ?……それにしても寝てたんですか?せんぱいは随分と寝坊助さんなんですね。」
心音のことをお前呼ばわりしたことを指摘されつつも、そんな俺の回答に、心音はふふっと優しく微笑みながらそう言った。
「……あー。で、何を買いに来たんだっけ?」
そんな心音から目を逸らしつつ、俺はそう疑問を投げ掛ける。
「……えーとですね。実は新作のコスメが昨日から販売されてまして、発売日当日に買いに来たかったのですが、どうも予定が合わず、買いに来るのを1日ずらしたんですよ。」
心音は、あはは……と笑いながらそう答える。
……新作のコスメ。多分、昨日貴音が買ってたやつだよな?
俺は、昨日貴音と共に買いに行った化粧品を思い出しながら、心の中でそう呟く。
しかし、俺は化粧品の相場はあまり詳しくないが、結構良心的な値段だったので、いつも高い物を付けているお嬢様がお気に召す物かどうか。
そんなことを考えていた俺だったが、心音は早速新作のコスメとやらを買いに、その場から歩き出す。
俺も、それに遅れずに心音に着いて行こうと足を進めたが、心音が化粧品売り場から全く真逆の方向へと進んでいることに気が付いた。
そこで思わず俺は、
「……おい、化粧品売り場は、向こうだぞ。」
と、心音の肩を叩きながら後ろに指を差す。
肩を叩かれた心音は、こちらを振り向き、一瞬、呆けたような表情を浮かべたが、「……あぁ、そうでした。」と呟きながら俺の指差す方へと歩き出した。
今度こそ、俺も心音の隣に並び、化粧品売り場への道を歩く。
道中は、心音から話題を振ってくれたおかげで話も尽きなかったが、その間、心音がずっと浮かべていた笑みの奥に、隠れた陰があるのを、俺が気付くことはなかった。
「良かったー。ちゃんと買えましたー。」
そう背伸びをしながら言葉を発したのは、化粧品屋から出たすぐ後の心音であった。
高校生にしては小柄な体躯をぐっと伸ばし、はぁと息を吐く彼女の隣で、俺も外の暑さで額に汗を浮かばせながら、ため息を1つ零した。
……ほぼ昨日と一緒の時間じゃねぇか。
現場時刻は、午後1時を回った頃。
昨日もこれくらいの時間に化粧品屋から出て、駅前の喫茶店に入ったのだ。
まるで昨日の追体験をしているかのような錯覚に陥ってしまう。
違いがあるとすれば横にいる人物と、異常なまでに少ない俺の手荷物くらいである。
いや、異常だったのは昨日なのか?
「……それにしても、私が買った物がラストの1個だったということには驚きました。」
心音はそう言いながら、カバンの中から例の化粧品を出してじっくりと見つめる。
……確かに、それは凄いとは思うが。
どうやらその化粧品、相当の人気ブランドの品のようで、今回の新作は格安で売りに出された限定品らしい。
物をあまり欲しがらない貴音でも、絶対に欲しいと言っていたくらいなので、そりゃ相当の物なのだろう。
「……それにしても、せんぱいって意外とこの辺のこと知ってるんですね?」
そんなことを考えながら、これから夕食までどうするのかと思っていると、唐突に、心音がそんなことを言い出した。
「ん?な、なんでだ?」
いきなりそう言われたので、俺も少々戸惑っていると、目の前の少女は、大きな目を少し細め、悪戯っぽい笑みを俺に向けると、こう言葉を零した。
「……いえ、私が道を間違えてた時、せんぱいは化粧品売り場の場所をバッチしと示してくれたじゃないですか。……まるで初めから知ってたみたいに。」
……確かに。昨日散々と貴音に連れ回された俺はこの辺の店はだいたい網羅してしまったので、心音が道を間違えた時に、口をついて言葉が出てきてしまった。
「……まぁ、そのおかげで、私も欲しかった化粧品を買えたわけなので、せんぱいにはとても感謝しているのですが……あんまり買い物とかしなさそうなせんぱいが、お店がどこにあるのかを知っているのは意外でしたので、ちょっと不思議に思っただけです。」
ふふっと笑いながら、心音は先程買った化粧品をカバンの中へ仕舞って、再び俺をじっと見つめる。
「ま、まぁ、こんなこともあろうかと、この辺の店の全容はインターネットで予習しておいたのさ。」
もちろんそんなことはして無いし、なんだが
「……へぇ、そうなんですね。ふふっ面白いですね?」
すると、俺のその様子を見ていた心音は急に笑いだし、面白いと言い出した。
……面白い?何が?
俺の今の現状に、面白いところなど1つも無く、何故いきなり心音が笑ったのかは分からず終いだったが、何となく、心音が見ていたのは俺の左手だったような気がしなくもなかった。
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